十三話 交差
「アルヴの事はは前に話したことがあるじゃろう。……八年前に、この冒険者ギルドでSランクとなった者じゃ。その頃、奴はまだ少年じゃった」
現在も行方不明捜索依頼の出ているSランク冒険者。それこそが、アルヴだった。
「そして、急にギルドマスターの地位をよこせと言ってきおった。冒険者を恐怖で支配し、職員さえも彼の顔色をうかがった。じゃから、わしは奴を追い出したのじゃ。まぁ、追い出すことしか出来なかったのが現状じゃったがな」
「その時は、どうやって彼を倒したんですか?」
「うむ。わしはダンジョン五十階層にて『確率のサイコロ』を得ておる。一発当たれば深傷を負わせることができたのじゃ」
「なるほど。……ですが、アルヴもSランクになったということは、彼もダンジョンでアイテムを手に入れたはず」
「そうじゃ。アルヴが手に入れたアイテム。それは『魔力の器』じゃ」
「……魔力の器」
『魔力の器』。それは、自身の魔力最大値を倍にするアイテムだった。
「なるほど。……『雷』使いに『魔力の器』ですか」
『雷』の最大の特性は、魔法形成が他よりも格段に速いというところにある。これは魔力の流れが他とは圧倒的に違うことが理由なのだが、難点もあり、制御が難しいのだ。だが、アルヴの動きはそれを完全に使いこなしているように思えた。なにせ、同じ『雷』を使える俺が視認できなかったのだから。
「俺が戦った感じだと、アルヴは圧倒的な近接戦闘型でした。魔法よりも、魔力制御による戦いをしていました」
「うむ。それは、当時から変わっておらんな。アルヴは速い。目では追えぬほどにな。じゃから、タイミングやリズムを掴むことで対抗するしかあるまい」
「そうですね。……ただ、彼は素手でした。動きがある程度予測できる武器を使っていません」
「そうか……冒険者時代は剣を使っておった。剣は今までに使ったことがなかったそうじゃ。だからこそ、隙もあったのじゃが……捨てたか」
バリザスは腕組をして考え、やがて口を開く。
「奴だけ闘技大会に参加させないというのはどうじゃろうか?」
「それは逆効果です。彼はおそらく……やろうと思えば何だって出来てしまうかもしれません。ここに恨みがあらのなら、この建物ごと壊すことも可能でしょう。それほどの魔力を感じました。であれば、ある程度泳がせなければいけません。こちらに、彼を止める力がないのなら」
「そっ、そうか。……というより、お主は優勝を目的として闘技大会に参加するのじゃろう? 勝つための修行をしなくて良いのか?」
「修行? もう、大会まで一ヶ月ほどしかありません。今さら出来ることなんてありまーー」
その時、とある考えが頭をよぎる。それは、彼に勝てるかもしれない方法。だが、すぐにその考えを取り消した。引き換えに多くのデメリットを伴う方法だったからだ。
「どうしたのじゃ?」
「いえ、なんでも」
今は、そのデメリットの方が大きすぎる。
「……今できることは、アルヴを知ることです。そこから、対策を考えます」
「アルヴは、人間的感情を確かめるためだと言っておった」
「人間的感情? それは一体」
「わしにも分からん。多くを語らんかった」
人間的感情……だが、考えても答えは出ない。そもそも、それが本当だという確証もない。
結局、どんなに話しても、このタウーレン冒険者ギルドに恨みを持っているかもしれない危険な人物が、闘技大会に参加するのを黙って見ているしかない、という結論にいたる。彼の言葉が本当だとしたら、あまり危険はないように思える。だが、疑問な点がいくつかあった。
なぜ、八年間も姿を消していたのに、今になって現れたのか。
目的はなんなのか。
彼は何者なのか。
これらの事が引っ掛かり、スッキリしない。
(直接聞いてみるしか……ないよな)
スキルを発動させるが、反応はない。いや、もしかしたら彼が俺のスキルに気づき、なんらかの対策を施したせいかもしれないが……。
結局、バリザスとの話し合いはウヤムヤのままに終わった。俺が敗北を喫したことはバリザスしか知らない。
ーーはずだったのだが。
闘技大会まで残り二週間ほどのこと。その日は稽古に参加しているセリエさんと町で鉢合わせた。
「テプトくん」
「こんにちは、セリエさん。今は休憩ですか?」
「うん。そうだよ」
「稽古の方はどうです?」
「もう大変。台詞をやっと覚えたと思ったら、今度は演技の練習……覚える方が難しいと思っていたけど、実は演技の方が大変なのよ」
「ははっ、順調そうですね」
「冒険者ギルドは? 変わりない?」
「まぁ」
「あぁ、当日までに仕上がるのかしら!? そこだけ心配だわ」
そんな話をしていると、不意に服のそでを引っ張られた。なにかと思い顔を向けると、そこにはソカがいた。
「……ソカちゃん。久しぶり」
セリエさんが言ったが、ソカは視線をチラリとだけ向けただけで、すぐに俺へと戻す。
「ユナから聞いたわ。何があったの?」
前ふりもなにもない唐突な言葉。それにセリエさんはきょとんとしたが、俺にはわかった。
「そのことか。……ちょっとやられたんだ」
「誰に?」
「昔タウーレン冒険者ギルドで冒険者をしていた者にだ。今度の大会に参加するらしい。そいつは、今タウーレンにはいないが」
「……そう。大丈夫だったの?」
「問題ない。これで気は済んだか?」
それに対して、ソカはムッとした表情をみせる。
「なんで怒ってるわけ?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃない」
その言い方に、本当に怒りそうになった。その感情をため息と共に吐き出す。
「いや、本当に怒ってないから」
なるべく笑顔で言った。
「あのー、何の話?」
セリエさんが申し訳ないなさそうに、ひょっこりと聞いてくる。
「俺が負けた話ですよ」
「テプトくんが負けたの? うそ」
「……ほんとです」
「そう、なんだ? さっき、その人も闘技大会に参加するって言ってたよね? ……じゃあ、優勝はその人が筆頭だね?」
「いえ、優勝は俺がします」
「え? 闘技大会にテプトくんも出るの?」
そこで、セリエさんには闘技大会に出場することを言ってなかったことに気づいた。
「あぁ、そうです。そこで俺は、優勝しなければいけません」
「……どうして?」
セリエさんは首を傾げた。ソカも黙って聞いている。
良い機会だと思った。
「俺が冒険者ギルドの本部に行くためです」
そして、二人に冒険者ギルドが抱えている問題、それを解決するには本部から変えなければならないことを話した。話終えると、二人はしばらく黙ったままだった。
「……この前、あなたが言ってた『やらなきゃいけないこと』って、そのことだったの?」
ようやくソカが口を開いた。
「あぁ、そうだ」
「それって、本部に行かなきゃ出来ないの?」
「そうだ」
「じゃあ、タウーレンはいずれ出ていくってこと?」
「そうなる」
「テプトは、それで良いの?」
「俺だって行きたくない。だが、そうしないと冒険者ギルドの抱える問題は解決しないんだ」
彼女は、不機嫌な表情をみせる。
「そんなの……おかしくない? なんで、やりたくもないことをわざわざやる必要があるの?」
「その先にあるのが、俺のやりたいことだからだ」
「ってことは、やりたいことのために、やりたくないことをやるわけ? 矛盾してない?」
「してない。世の中っていうのはそういう風に出来てるんだ。やりたいことだけやってたら、大変なことになってしまう」
「違う! そういうことじゃない。あなたなら、そんな方法をとらなくたって、冒険者ギルドくらい変えられるって言ってるの。馬鹿なの?」
「あのなぁ、馬鹿はーー」
「ちょっと、ストップ!」
間に、セリエさんが割り込んできた。そして、彼女はソカの方を向く。
「ソカちゃん。気持ちは分かるけど、テプトくんのことも考えてあげて? 彼も彼なりに考えて出した結論だと思うの。それに私たちがとやかく言う権利はないわ」
「あなたは黙ってて。私はテプトと話をしてるの!」
「ソカちゃん! ……本当は、テプトくんにタウーレンを出ていって欲しくないだけじゃないの? その気持ちから、彼を否定してるだけじゃないの?」
「……そんなことない」
「私の目を見て答えて」
「うっ」
「どうなの? そうなんでしょ?」
「私は……それも……ある、わ。でも、テプトの言ってることは間違ってる! 『やりたいこと』のために『やらなきゃいけないこと』は、『やりたくないこと』と同じじゃない! もっと、テプトなりのやり方があるはずよ!」
「たとえば?」
セリエさんは冷徹に聞く。
「具体的には、ないけど」
「なら、ただ否定するだけなのは違うんじゃない?」
尚も迫るセリエさん。
「私は、ただ……」
ソカは、すがるような目で俺を見上げた。だが、それに俺は答えられない。冒険者ギルドを変えるためには本部に行くしかない。これは、決まった答えだからだ。
やがて、ソカは唇を噛み締めてうつ向いた。
「……わかったわ、ごめんなさい。今の私は、それに対しての答えを持ってない」
「分かってくれたのね」
セリエさんが胸を撫で下ろす。
「……ただ、ユナから怪我のことを聞いて、その事を知りたかっただけなの。邪魔したわ」
そう言うと、ソカは踵を返して去ってしまった。その後ろ姿は痛々しく思えて追いかけそうになったが、それをセリエさんが止めた。
「今はそっとしておきましょう」
「……セリエさん」
「でも、テプトくんも悪いのよ? 急にそんなことを言い出すから」
「すいません。いつかは言わなければいけないと思ってたんです」
「それに、ソカちゃんの気持ち、私すごく良く分かるなぁ」
それから、セリエさんは、俺の目をまっすぐに見据える。
「私も、テプトくんには出ていって欲しくないから」
「……それは」
「ねぇ、本当に出ていくってなったとき、誰かを連れていこうとか、考えてる?」
「……いえ、一人でいくつもりです」
一瞬だけ、セリエさんは悲しそうな表情をする。
「そう……わかったわ。もうすぐ休憩が終わるし戻るわね?」
「あっ、はい」
「舞台、絶対見に来てね?」
「もちろんです」
最後に彼女は笑みを浮かべて走り去っていった。
俺はその姿を送る。闘技大会の日は、すぐそこまで迫っていた。