十二話 GO HOMO
走って冒険者ギルドに戻る。やがて、ギルドの建物を目にすると少しだけホッとした。見た感じは、何も起きてはいないようだったからだ。
なんだか、冒険者ギルドは俺の『わが家』みたくなりつつある。
中に入ると、バリザスが目の前にいた。
「うおっ」
「なっ、なんじゃ! ……テプト!」
鉢合わせである。バリザスは俺だと分かってから、肩をいきなり掴んでくる。その勢いは強く、思わず後ろによろめいてしまった。
「おぬし……無事だったのか!」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
「わしはてっきり……今から診療所に向かおうと思っていたところじゃった」
その言葉から、どうやら一足遅かったことに気づく。
「来たんですね?」
「ということは……やはり、奴が言っておったのはテプトじゃったか」
「はい。町に入る前に止めようとしたんですが……」
「やられたのか」
バリザスに言い逃れは出来なかった。
「……はい」
「そうか。じゃが、無事で何よりじゃ」
その言葉に、胸が熱くなる。
「すいません。その……奴は何者なんですか? ここの冒険者だと言っていましたが」
「その話は部屋でするべきじゃな」
そう言ってバリザスは、踵を返し部屋に戻り始める。それに俺も従った。バリザスは階段を上がる際に、受付の女性たちに声をかける。
「わしはこれからテプトと大事な話がある。わしに用がある者が来ても、通さぬように」
「……心得ました。どれくらい……その話はかかりますか?」
その言葉に、バリザスは俺の方を向いた。
「テプトよ。少し顔色が悪いぞ。長期戦になるが、大丈夫かの?」
傷は治ったといっても、確かに体調は万全ではない。それが顔色に出ていたのだろう。だが、奴のことを早く知りたいという気持ちが勝っていた。
「問題ありません。俺のことは気になさらず」
「そうか。……では、三時間ほどじゃ」
ブッシュ!!
突然、奥の方でそんな音がした。なんだ? 見れば、鼻血を出して倒れている受付の女性が見える。
「どうした!?」
バリザスの言葉に、倒れた女性に駆け寄った別の受付員が頭を下げる。
「申しわけありません。どうやら、発作が起きたようです」
「発作じゃと!? すぐに診療所に」
「俺が診ます」
そう言って女性に駆け寄る。
「バリザス様と……テプト部長……うひ、うひひ」
なにやら、幸せそうな笑みを浮かべて倒れていた。俺はとりあえず、彼女に回復魔法をかける。その時、少し頭がクラクラした。
「テプト部長、この子は大丈夫です。それよりもご自分の心配をなさってください」
別の受付員はそう言ってくる。どうやら、俺の顔色は相当悪いらしい。
「わかりました。本当に大丈夫なんですね?」
「はい。むしろ、彼女は今幸せを噛み締めている最中だと思います」
幸せを噛み締める? どういうことだよ。
「じゃあ、頼みますね」
それから、バリザスの元に戻った。
「……また顔色が悪くなったな」
「ちょっと、回復魔法で無茶をしたもので」
「横になっていた方が良いのではないかの? そうじゃ。ベッドが置いてある休憩室を使わせてもらおう」
ブッシュ!
見れば、今度は別の受付員が倒れていた。
「大丈夫です! この子も発作ですから!」
また別の受付員が駆けつけてそう叫ぶ。気になったが、大丈夫だというので今度は駆け寄らなかった。
「いえ、休憩室を使うのは止めましょう。俺は大丈夫ですから」
「……そうか」
バリザスは残念そうな表情をする。
「そういえば……テプトは初めてかの?」
唐突に、バリザスはそんなことを聞いてくる。初めて? なにがだ?
「なんのことですか?」
「いや、その……わしは信じられなくてな。お主がそのーー」
それから、バリザスは俺に顔を近づけて耳打ちしてきた。
『負けたことじゃ』
ブシュッ!
「……はい。初めてです」
ブシュッ!
「そうか。……わしは何度も経験がある。お主もあると思っておったぞ」
ブシュッ!
「そうですか。……あまり、良い気はしないですね」
「大丈夫じゃ。経験を重ねればすぐに切り替えられるようになる」
ブシュッ!
「善処します」
「うむ。では、行くかの」
「はい」
そうして、階段を上がる。直後、冒険者ギルドはしばらく受付を停止していたらしい。なんでも、受付担当の者がいなくなったからだそうだ。その事実を知るのは、ギルドマスターの部屋で話を終えた後なのだが、理由については不明であった。