十一話 アルヴとバリザス
バリザスはギルドマスターの部屋にいた。ここには彼しかいない。ミーネは、闘技大会の準備に追われていて忙しいからだ。
「よっ……と」
不意に窓から声が聞こえた。そちらの方に顔を向けると、黒い格好をした男が、今まさに部屋えと侵入をしてくる。咄嗟に立ち上がり距離を取る。それから、壁にかけてあった剣に手を伸ばした。
「何者じゃ」
男は窓から侵入すると、バリザスを無視して部屋を見回した。
「なんだよ。変わってねーなぁ」
それからようやくバリザスを見やる。
「あんたも……まだギルドマスターをしてたのか」
「何者じゃと聞いておる。ギルドマスターの部屋に侵入してくるとは……良い度胸じゃな」
「なんだよ? 昔はよくこうして忍び込んだじゃねーか。それとも忘れちまったのか?」
その言葉にバリザスは目を細めた。
全身黒い男。眼帯も黒い。ただ、その黒い髪と瞳には見覚えがあった。そしてなにより、窓からの侵入。それは、バリザスが知る限り一人しかいない。
途端に表情が強ばる。
「まさか……アルヴか」
その言葉に、男はニヤリと笑う。
アルヴは、このタウーレン冒険者ギルドの冒険者だった。その頃の容姿は幼い少年であった。しかし、内に秘める魔力は凄まじく、瞬く間にSランクへと登り詰める。そして、恐怖によって冒険者たちを支配し、反乱を起こそうとした者であった。
「まだボケちゃいないようだな? バリザス」
「何しに戻ってきた! お前は追放したはずじゃ!」
バリザスは吠える。その当時、バリザスは彼を追放している。力によって彼を抑え込んだのである。それが、彼をーーバリザスをギルドマスターの道から外れさせたキッカケともなる事件だった。
「……そう熱くなるなよ。体に障るぞ?」
「お前は……わしがーー」
「追い出したってか? あぁ、そんなこともあったな?」
アルヴは気にした様子もなく、軽い口調でそう語った。
「また同じ思いをせねば気がすまぬか?」
バリザスは剣を引き抜いて、その切っ先をアルヴに向ける。
「はっ! やめとけよ。今のあんたじゃ俺には敵わない。感じるよ。あんた……随分と衰えたな。俺がこの部屋に侵入するまで気づかないとは」
「まだ、お前に負けるわけにはいかん」
「俺はあんたの手の内を知ってる。あの頃は油断してたからな。それに……俺によくしてくれたあんたに対して、人間的感情を抱いてた」
「まるで、今は人間ではないと言いたげじゃな」
アルヴはくっくっと、堪えるように笑った。
「あぁ。そうかもな。……あの時、あんたにもあったんだろ? 人間的感情が。だから、俺を殺さなかった」
それにバリザスは答えない。対して、アルヴは再び笑う。
「違うよなぁ? 本当な殺せなかったんだろ? 俺を追い出すので精一杯だったんだ。違うか?」
「だとしたらどうだと言うのじゃ」
「だから、俺に勝つことは無理だと言っている。あの時よりあんたの力は衰えた。俺はあの時よりも強くなってる。もう力の差なんて図ること自体が無意味に等しい。……分かったら剣を降ろせよ、バリザス。心の虚勢が透けて見えるぞ?」
「たわけが……今さら何をしに来たのじゃ」
「歓迎されてないねぇ、俺。……安心しろよ。別に取って食おうなんて思っちゃいない。もうギルドマスターにも興味はない。俺は、俺にまだ残っている人間的感情って奴を確かめにきただけだ」
「人間的感情じゃと?」
「あぁ、この町でやるんだろ? 闘技大会を。俺はそれに参加しに来ただけだ」
「闘技大会に……参加してどうするのじゃ? 目的はなんじゃ?」
「目的? そんなの優勝に決まってんだろ? 『最強』の称号ってやつを取りにきたんだよ」
そんなはずはないとバリザスは思った。
「……お前が、そんなものに興味を持つとは思えんな」
「持っちゃ悪いのか? 男なら最強を目指すものだろ?」
「分からんな。なぜ今さらそんなものを欲しがる?」
「言っただろ。人間的感情を確かめるためだって」
「意味がわからぬ」
「分からなくていいんだよ。……あんたにゃ関係のない話だ」
「では、事件を起こす気もないというのか」
「あぁ。別に誰を殺す気もない。全てに飽きた。人にも、この世界にも。俺は俺だけを追求するためだけにやってきた。ここに来たのは、ただの挨拶だよ。だが、こうも歓迎されてないとはねぇ。普通は苦労話の一つぐらいするもんじゃないのか?」
「苦労ばかりじゃ。特に……お前が去ってからはな」
「俺のせいみたいに言うなよ。足りないのはあんたの力量だろ?」
「随分と喋るようになったようじゃな。……あの頃の面影など、もはや顔つきしかないぞ」
「くっくっ……そうか? そりゃよかった」
「さっき闘技大会に出ると言ったな。じゃが、お前の力を持ってしても、それは困難じゃろう」
「……どうして?」
「このギルドには、冒険者よりも強いギルド職員がいるからじゃ。そやつも参加する」
アルヴは意味がわからないという表情を見せるも、すぐにつまらなそうな表情を見せる。
「あぁ、そいつなら倒したよ。町の外でな。やっぱあいつが今のところの最強か」
「なんじゃと?」
「……ってことは、苦戦する相手はいなさそうだなぁ? まぁ、他に期待するか」
「町の外で倒したじゃと? どういうことじゃ! まさか、殺したのではあるまいな!」
「安心しろって。今ごろは診療所でおねんねしてるだろうよ。殺しちゃいねーよ」
(テプトが倒された?)
それを信じたわけではなかった。しかし、もしもそれが事実だというのなら、とんでもないことになる。バリザスの中で、テプト・セッテンという男は既に最強の称号を欲しいがままにしていた。何でもでき、誰も勝てない。彼の才能は底知れない。そんな彼をアルヴが倒したのだとしたら、革命にも似た衝撃を受けることになる。
(そんなはずはなかろう)
「まぁ、そういうことだ。じゃあな、じいさん。長生きしろよ」
そう言って、アルヴへ窓に歩み寄る。
「待て!」
しかし、彼はその声を気にすることもなく窓の外へ飛び出す。バリザスが窓に駆け寄った時には、既に彼の姿はどこにもなかった。
・アルヴ
タウーレン冒険者ギルドのSランク冒険者。登録時はまだ少年であった。その後、ギルドマスターの地位を奪うため反乱を起こした。また、その事件の火消しがキッカケで、バリザスは堕落していく。
二章 五話 ギルドの方針(中編) 参照。