八話 冒険者の参加
闘技大会まで二ヶ月を切った。タウーレンは闘技大会に向けて活気だっている。そんな中でも、日々の業務はあるわけで、俺はいつもと変わらない日々を送っていた。
「テプト部長」
管理部に入ってきたヒルが、一枚の手紙を持って駆け寄ってきた。最近、ヒルは真面目に仕事をこなしている。その変貌ぶりには驚きを隠せない。
「闘技大会ですけど、ウィル王子も来ます。今朝、着いた手紙に書いてありました」
ウィル王子とは、ヒルを冒険者ギルドへと潜り込ませた人である。
「そうか。なら、ギルド解体を考え直してもらうためにも頑張らないとな」
「……はい」
ヒルは少しだけ微妙な表情をする。彼はウィル王子のギルド解体を最終目的として冒険者ギルドに入っている。故に、手のひらを返すような真似は出来ないだろう。だが、願わくば今の形を残したまま改革を進めてほしいと思う。それは、俺の一方的な願いに過ぎないが。
ーーコンコン。
不意に扉がノックされた。ヒルが手紙をしまうのを見届けてから返事をすると扉が開く。
「テプトくんはいる?」
入ってきたのはミーネさんだった。瞬時になんの用事かと考えを巡らせるも、思い当たることはない。
「どうしたんですか?」
「闘技大会の件なんだけど。冒険者が一人もエントリーしていないのよ。理由を聞いたら『テプト部長が出るから』って答えるのたけれど……それを領主様に伝えたら、あなたを屋敷に連れてくるよう返ってきたの」
俺が出るから、大会には出ない?
「おかしいな? 皆、下に貼ってある貼り紙を見てないのか?」
「見たから、テプト部長が出場するのを知っているのでは?」
ヒルが頬を掻きながら答えた。
「そう、だよな」
「……まぁ、こうなることは予想できましたが」
苦笑いをしながら、ヒルはそう付け足した。
「……わかりました。取り合えず、屋敷に行きます」
「お願いね」
その後、管理部の部屋を出て一階に降りる。それから依頼書を貼ってある掲示板に歩み寄ってから、その隣に貼ってある貼り紙を見つめる。
『闘技大会開催決定! 冒険者も参加可能! 管理部の部長も出場するから、日頃から怨み辛みの在る者は、受付でエントリーをしよう! 集え、最強を求める猛者たちよ!』
うん。太字で大きく書かれているから、すぐに目に留まる。なぜ、この貼り紙を見て参加しようと思わないのか? 予想ではすぐにエントリー続出するかと思ったんだが。
「……何してる?」
後ろから声をかけられた。振り返ると、レイカがいた。
ちょうど良かった。
「なぁ、レイカは闘技大会に出ないのか?」
「……最強を決める戦い?」
「そうだ。お前はAランクだし氷魔法が使える。最強を目指してもおかしくないと思うが」
「……最強は既に決まってる」
そう言って、彼女は俺を指差した。
「無駄な戦いには参加しない。それはダンジョンにおいても同じ」
「つまり、俺に負けると分かってるから参加しないのか?」
「そう。……最強はテプト。おめでとう」
そう言って、レイカはパチパチと拍手をした。それは純粋な誉め言葉なのか、皮肉なのか判断に迷う。
「だが、もう一度戦えば今度は勝てるかもしれないぞ?」
「……テプトは負けるつもりがある?」
「ない。あったら参加しないな」
「同じ。勝てる要因を見つけられない。だから参加しない」
「リベンジしたいとか思わないのか?」
「したいとは思う。出来るかは別問題」
「……まじかよ」
まさか、こんなことになるとは。俺は、重い足取りで領主様の屋敷へと向かった。
「どういうことかな? テプト・セッテン。冒険者が大会に参加しないのは、君が大会に参加するせいだと聞いたが」
タウーレンの領主、ヘルスタイン様は眉間にシワを寄せて聞いてきた。屋敷の門番に名前を告げると、すぐに部屋にまで通してもらえたのだ。
「……そのようですね」
「なぜ君が原因なんだね? 君が大会に出ると、冒険者にとって不都合なことでもあるのかね?」
「実は……俺が冒険者よりも強いので、皆諦めたらしいです」
ヘルスタイン様は、俺を見つめたまま固まる。その口は半開きになっていた。
「すいません。まさかこんなことになるとは思わなくて」
「待て待て! 少し待て!」
ヘルスタイン様は眉間に人指し指を押し当てて、何かを考えている。それから、その指を俺に向けた。
「もう一度聞く。なぜ、君が出場すると冒険者が参加しないんだね?」
「いや、だから、俺の方が強いからなんです」
再び沈黙が続き、ヘルスタイン様はフッと笑った。
「君はギルド職員だな?」
「はい」
「冒険者ギルド職員である君が、冒険者よりも強いのかね?」
「はい」
「それを、この町の冒険者全員がそう思っている……と?」
「参加しないのは、そういうことだと思います」
「……頭がおかしくなったのは君か? それとも私か?」
「その問いに対する答えはありません。俺の頭は正常ですよ」
「……うーむ」
ヘルスタイン様は額を押さえる。
「この闘技大会の目玉は冒険者だ。普段、魔物と戦っている彼らの姿を私たちは見ていない。そして、そんな者たちよりも強い者がいるのか? それが興味の引くところだ。だが、冒険者が参加しないのでは、その興味がなくなってしまう。優勝した者も、冒険者を差し置いては最強を名乗れないだろう」
「確かにそうです。では、準優勝者に賞金をを出してはどうです?」
「賞金で冒険者を釣るというのか」
「そうです」
「妥当な案だが……一介のギルド職員が、冒険者よりも強いという前提をもとにしているのが信じられない。もしもその話が本当なら、テプト・セッテン、君は何者なんだ? なぜギルド職員などしている?」
「成り行きです」
その答えに、ヘルスタイン様は少しだけ不満気な表情を見せた。
「まぁ、いい。そこは今関係ないからな。冒険者が参加するなら賞金などいくらでも出そう。そうだな……金貨百枚はどうだ?」
それに俺は驚くしかなかった。
金貨百枚だと?
「ヘルスタイン様。お言葉ですが、それだと優勝者と準優勝者の価値が逆転しかねません。優勝者は最強を手に入れ、準優勝者は金貨百枚を手にする……見る人にとっては、最強の称号よりも、金貨百枚の方が魅力的に見えてしまいます」
「そうか。……なるほどな」
あくまでもこの大会は『称号制度』を世に知らしめるためのものなのだ。そちらが霞んでしまっては意味がない。だから、『最強』という名誉が魅力的に見える金額まで賞金を引き下げなければならない。
金貨十枚くらいか? いや、二十枚でも……。
そう考えていると、ヘルスタイン様は予想もしなかった言葉を口にした。
「では、こうしよう。優勝者には『最強』の称号と金貨二百枚。準優勝者には金貨百枚。三位には金貨五十枚でどうだ?」
「……なっ!?」
びっくりした。
「そんなに出しても良いんですか?」
「む? あぁ、問題ない。私の見立てでは、闘技大会を開催した場合、この倍の利益を出せる計算だからな」
「……そっ、そうですか」
こうして、闘技大会には賞金が加わった。後日、冒険者ギルドの貼り紙にその事を追記すると、参加者はみるみるうちに増えていった。