七話 『冒険者ギルドとアスカレア王国』
ーーーーその昔、まだ人が古代語で会話をしていた頃のことです。人の住まう領域は小さく、魔物と呼ばれる驚異に怯えながら人々は日々を送っていました。魔物は、その当時大地の怒りとして認識されていたため、彼らは一年に一回、生け贄を大地に捧げることにより、その怒りを鎮めていました。
そんな風習が何百年も続きました。そしてその年、とある村で、一人の女性が、その年の生け贄として選ばれます。女性の名前はアスカレア。アスカレアはそれを受け入れましたが、彼女と親しかった男性はそれに猛反発をしました。
その男の名前はエノール。エノールは、アスカレアを救うために神様と交渉をします。「どうか、彼女を救う力をください」と。すると、エノールを不憫に思った神様は、それを受け入れ、エノールに魔力を与えました。魔力を貰ったエノールは魔法を使えるようになり、魔物を次々に倒していきます。そして、エノールはアスカレアを救って村を出ました。その時にエノールに付いてきた女性がもう一人。
彼女の名前はライアルト。彼女は、エノールと親しかった女性の一人でした。
エノールが魔物を倒し、ライアルトとアスカレアが彼を支えました。エノールは、魔力を貰った代償として、スキルを使えなくなっていたのです。
そして、彼らが辿り着いた開けた地。そこは、ダンジョンと呼ばれる地下施設が眠る地でした。その地を人が住めるようにすべく、エノールたちはダンジョンに潜ることを決意します。ライアルトとアスカレアは、エノールの力になるため近くの精霊の住まう森へ行き、精霊魔法を授かりました。ダンジョンは困難ばかりで、なかなか進みませんでしたが、彼らは協力して魔物を倒していきました。アスカレアとライアルトは、エノールに好意を寄せていたため、彼を巡ってよく喧嘩をしていました。
そして、数多の魔物を倒し、とうとうエノールたちはダンジョン踏破を成し遂げます。
しかし、エノールは長い戦いに疲れ、死んでしまいました。
アスカレアは、彼の偉業を多くの人に広めるために、村へと戻って人を連れてきました。
ライアルトは、彼の偉業を無駄にしないために、魔物を倒す組織を立ち上げ、魔物の倒し方を広めました。
アスカレアは人々を導く指導者となりました。
ライアルトも人々に教え指導者となりました。
やがてそこには国が生まれ、アスカレア王国となりました。
魔物を倒す人々は冒険者と呼ばれ、人の住む領域を広げていきました。
これがアスカレア王国と冒険者ギルドの始まりです。
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「どう?」
「いや、どうって言われてもですね」
俺は、台本を広げるセリエさんを見つめる。
「なんか事実と違いません?」
「あー。……まぁ、確かに」
「まず、エノールが魔法を使えるようになったところ。人が魔法を使えるようになったのは、この地の魔素が体に宿ったからでは?」
「これは、お客さんに分かりやすく見せるためだって。神様から貰った方が都合良いみたい」
確かに、魔素が宿って魔法使える! よりは、神様を登場させた方が演劇っぽいよな。
「じゃあ、ライアルトって誰ですか? まさか、冒険者ギルド創設者の『ライマルト』の事じゃないですよね?」
「いや、そのまさか。私も間違いだと思ったんだけど、これでいくんだって」
「それに、ライマルトは男ですよ?」
「なんか、恋愛要素があった方が良いみたいよ? だからライマルトを女性にして、名前をライアルトにしたんだって」
なんでもアリかよ。人を楽しませるためとはいえ、演劇って怖い。
「このシナリオ、本部はよく承諾しましたね?」
「シナリオは本部から提案してきたらしいわよ? それをランドール団長が少し脚色しただけみたい」
……本部は何を考えているんだ。
「じゃあ、セリエさんの役はアスカレア王女なんですね?」
「そうなの。なんだかシナリオ読んだら不安になっちゃって……本当に私で良いのかしら?」
「良いんじゃないんですか? それよりも、結局アスカレアとライアルトの恋は実らない設定なんですね?」
「うん。エノールが死んだあと、私の出演がすごく多くなるのよ。死んだエノールのために! って感じの台詞がたくさんあって、台詞を覚えるのが大変。アスカレアは前半献身的な女の子なんたけど、最後の方はたくましい女性に変わるの」
「好いた男の死で強くなる女性……ですか。それで国まで起こしてしまったんですからアスカレアは凄いですね」
「ランドール団長の話では、そんな所が女性の尊敬を集めて、男性の心を掴む……とか、なんとか言ってたわ」
それ……話しちゃっていいんですか。
「ライアルトは逆で、前半はすごく強気な女の子なの。でも、エノールの死で、しおらしい女の子に変わるのよ。アスカレアは国を起こすために他の男性と結婚したけれど、ライアルトは生涯独身を貫くって設定。ランドール団長が言うには、そういう一途な所が男性にグッときて、女性の共感を得るとかなんとか」
だからそれ……俺に話しちゃっていいんですか。
「なんというか、かなり壮大な演劇ですね」
「うん。明日から稽古なんだけど昨日から眠れなくて」
「セリエさんなら大丈夫ですって。やってみると案外ハマるかもしれないじゃないですか」
「そうか……な?」
とはいえ、俺はセリエさんの持つ台本の厚さに、少しビビっていた。シナリオが書かれているのは、その最初の数ページのみだ。ということは、そこからは全て、動きや台詞がビッシリ書かれているのだろう。考えただけでも寒気がする。
だが、「セリエさんなら大丈夫」という言葉は嘘じゃない。なぜなら、その台本は、既に何度もページをめくられたのか、紙の端がヨレヨレになっていた。それを見ただけで彼女の努力が垣間見える。だから、大丈夫だと言ったのだ。
「分かった。頑張るね」
セリエさんはそう言って笑った。それに俺も笑みを返した。
町の広場では舞台が出来上がり、テントのように黒い暗幕が掛けられていた。大きさから考えると、かなりの人数が収容できると思われる。最近では、町にある宿屋が急ピッチで改築を行っている。闘技大会期間中に、一人でも多くの人を泊めるためだろう。古い建物は壊されて、新しい店がてきるという話もチラホラ聞いた。会場となる闘技場は、耐久性を上げるための工事が行われている。
気づかない間に、タウーレンの町は活気に満ち始めていた。多くの職人たちが忙しく仕事をして、多くの冒険者がいたるところで依頼をこなしている。
領主様が開催を決めた闘技大会。これまでは実感などなかったが、改めて見ていると、その影響をありありと感じることができた。