五話 町にやってきた一団
闘技大会の話し合いは相変わらず苦労しているらしい。ミーネさんを中心に様々なアイディアやそれに対する議論が行われている。最近は領主様が作ったという運営チームも冒険者ギルドに顔を出すようになった。皆、髭を生やしていてあまり若くない印象で、最初見たときは、何事かと思ってしまった。彼らも話し合いに参加したりして、苦労はあるものの、闘技大会に向けて順調と言って良いのではないだろうか。
そして開催日程は、三ヶ月後とに決まった。
そんなある日のことである。冒険者ギルドに、とある一団がやってきた。通りに大きな馬車を停め、小綺麗な服を身に纏う男が、笑顔を浮かべて受付の前で帽子を取る。
「おそれいります」
「依頼ですか?」
セリエが笑顔で対応すると、男はゆっくりと首を振る。
「いえ、この冒険者ギルドのギルドマスターに用事があって参りました。名前はランドールと申します」
「あ……はい。少しお待ちください」
ランドールという男は、待つ間ずっと笑顔でセリエを見ている。
「あの……なにか?」
「いえいえ。ただ、華があるな……と、そう思っただけです」
「……はぁ」
彼はギルドマスターの部屋へ通されると、懐から一通の手紙を取りだしバリザスの机に置く。そこには、『冒険者ギルド本部』の文字があり、ランドールという男が冒険者ギルド本部から来たことが分かる。
バリザスはその手紙を受け取り、目を通す。その間もランドールは笑顔を絶やすことなく佇んでいた。
「……なるほど。承知した」
「では、町の広場を少しの期間お借りします。あぁ、こちらの領主様には承諾を得ていますのでご心配なさらず。領主様もたいへん喜んでおられました。是非、バリザス様にも来てもらいたいところです」
「うむ。時間があれば是非見てみたいものじゃ」
「それと、バリザス様には個人的なお願いがあります」
「むっ? なんじゃ?」
「はい。先程受付にいた女性ですが、よろしければ私どもの一団に迎えたいのです」
「迎えたい? いや、それは……」
「あぁ、申しわけありません。迎えたいというのは、私の希望でした。そうではなく、闘技大会が終わるまでお借りしたいのです。彼女はとても美しい。ぜひとも、私どもランドール一座の舞台に立ってもらいたいのです」
ランドールのお願いに、バリザスは面食らった。
「もちろん、出演料はこちらが出します。それに彼女が出演すれば、この冒険者ギルドにとっても良い宣伝になるのでは?」
「それは、本人次第じゃが……」
「分かっております。では、彼女に直接交渉してもよろしいですかな?」
「むぅ……まぁ、本人が承諾をすれば」
「ありがとうございます」
その後、ランドールという男はギルドマスターの部屋を出て一階に向かうとセリエに直接交渉をし、冒険者ギルドを去っていった。
ーーーー
「私、舞台に出演することになるかも」
その話をセリエさんから聞いたのは、昼過ぎのことだった。俺は、一緒に帰った夜の事が気まずくて話しかけづらかったのだが、彼女から話しかけてきてくれてことに安堵する。
「舞台ですか?」
「うん。今日の朝冒険者ギルドに来た人が演劇の団長さんだったの。闘技大会が開催される期間、町の広場で演劇をやるらしいんたけど、その舞台に私も出て欲しいんだって!」
「……はぁ」
いまいち話についていけず、微妙な返事をしてしまう。
「もう! 舞台よ? たくさんの人たちが見ているなか、私が誰かを演じるの。その言葉一つ一つに、動きの一つ一つに皆が注目する。……あぁ、どうしよう私そんなことやったことない」
「本当に出るんですか?」
「まだ決めてない」
その答えに呆れてしまった。いや、心はもう出演する気まんまんじゃねーか。
「団長さんが言うには、私には舞台の灯りにも負けない輝きがあるんだって!」
両手を頬に当てて照れるセリエさん。その姿に笑いそうになった。
「役は何なんですか?」
まさか通りすがりの村人とかじゃないよな? いや、それは前世での俺か。
「演目が『冒険者ギルドとアスカレア王国』らしいの。私には、初代国王のお姫様をやって欲しいんだって!」
お姫様……だと。
「お姫様よ? どうしよう。最近食べ過ぎて太りぎみなんだけど、やっぱりお姫様って痩せてる方が良いよね? テプトくんはどう思う?」
太った?
「いえ……太ってはいないと思いますけど」
「うそ! なんかお腹回りが最近プニプニしてきたのよ。あぁ、抑えておけば良かった」
「いや、だから普通ですって。というか、それで太ってるなんて言ったら、世の中の人のほとんどを敵に回しますよ」
「……本当に?」
「太ってません。安心してください」
「……わかったわ。で、テプトくんはどう思うの? 私、舞台に出た方が良いかな?」
「……ギルドマスターはなんて?」
「私が良いなら出演しても良いって」
「なら、出演しても良いんじゃないですか?」
「でも、こっちでの仕事がしばらく出来なくなっちゃうわ。お稽古とかやったことないし」
俺はため息を吐いてから、セリエさんの肩に手を置く。
「演劇のプロが出演してほしいと言ってきたんですから、自信を持ってください。俺は、セリエさんなら間違いなくお姫様の役を演じれると思います」
「……テプトくん」
それから、セリエさんは小さく深呼吸をする。
「わかった。この話、受けるね」
その顔は、いつものセリエさんだった。
「頑張ってください。絶対見に行きますから」
「うん。頑張るね」
(まったく……何事かと思えば)
俺は、嬉しそうに笑うセリエさんに微笑する。彼女はその後、そのことを町の宿屋に泊まっているというランドールに伝えに行き、正式に出演することが決まった。バリザスに聞いてみると、この演劇は、本部がランドール一座に依頼したものらしい。闘技大会での噂を聞いて、この機会に冒険者ギルドの株を上げておこうというのが、本部の意図らしかった。
稽古は一週間後から始まる。なぜ一週間も間が空くのか疑問に思ったが、どうやら舞台の建設にそのくらいの時間がかかるらしい。冒険者ギルドにも、建設を手伝う依頼が来ていた。この冒険者ギルド人気No.1のセリエさんが出演するという話は冒険者たちの間にも伝わって、依頼を受けようとする男の冒険者たちの依頼争奪戦がしばしば起きた。
「あなたのために!」
そう言って依頼書をセリエさんに出す冒険者たちは、前日の夜からギルドの前に並んでいた。朝、出勤してきた時その光景を見て唖然としてしまった。
冒険者ギルドは、依頼人専用の時間帯から始まるため、冒険者の受付時間になるまで彼らはギルドには入れない。俺は、彼等がちゃんと並んでいるか確認するため、依頼人の時間が終わるまで整列員として監視していなければならなかった。これも『冒険者管理部』の仕事だ。
……いや、こんな仕事は今後一切ないだろうが。
「これは一体なんですか?」
冒険者ギルドに訪れた町の人が、ギルドの外に並ぶ男冒険者たちを見て、俺にそう聞いてきた。
それに、俺は笑みを浮かべて返してやる。
「儚い夢を追い続ける男たちの宿命ですよ」
「……はぁ」
町の人は、分かったような分からないような表情を浮かべて、どうでも良さそうに冒険者ギルドへと入っていった。