十六話 管理部が嫌われる理由
さぁ、鬼が出るか蛇がでるか。
俺は、気絶している様子の犯人から、ローブをめくる。そこには、厳つい男の顔があった。
あちゃー最悪だ。その男の顔には見覚えがある。冒険者ギルドで、俺が順番を譲ってやった男だった。間違いなく冒険者だ。
「見ろよ!あの男、今一瞬で窃盗犯を捕まえたぞ?」
「なに?アイツが窃盗犯だったのか?」
「というか警備兵なのか?物凄かったが」
なんだか人の目も集まってきている。これはやり過ごせそうにないな。
そう思っていると、エルドさんと、被害者の男が走ってきた。
「テプト。お前速すぎ、どこ行ったのか分からなかったじゃねーか」
「はぁ……はぁ……よく……づがまえで……はぁ…くれだな」
被害者の男は満身創痍だ。よく見ればお坊っちゃんなんだろう、きらびやかな服を着ている。狙われるわけだ。
「うぉっ!?お前まさか本当に犯人捕まえたのか?」
エルドさんがロープで縛った犯人を見て驚いた。俺は彼に耳打ちをする。
「どうやら、本当に冒険者らしいです。どうしましょう?」
「えっ?冒険者だったのか?……それはやっちまったな」
「警備兵に引き渡すしかないですよね?」
「うーん……それ、しか…ないな。というか、周りを見ろよ。それしか出来ないだろ」
「……ですよね」
その後、駆けつけた警備兵に、俺達二人は複雑な心境で男を引き渡した。
「ご協力ありがとうございます。いやはや、世間を騒がす犯人を捕まえるとは。……お名前をお聞きしても?」
「いや、俺達は当たり前の事をしたまでです。では急ぎの用事があるので」
咄嗟に、警備兵の話をエルドさんが遮る。
「今時珍しい。ますます興味が出てきました」
「そんなことないですから。ほら、行くぞ」
エルドさんに促されて俺も場を離れようとする。
「お前達、私からも礼を言うぞ」
休憩して復活したらしく、被害者の男が迫ってきたが、俺達はそれもかわして足早に逃げた。
「とんだ逮捕劇だったな?」
走りながらエルドさんが言う。
「まさか冒険者だとは、本気で思わなかったです。何せお金ならダンジョンで稼げるんですから」
「まぁ、そう言うな。それが出来ない奴もいるってことだろ」
「後味悪いですね。皆の濡れ衣を晴らそうとしたのに」
「どっかで飲もうぜ?飲んだらちょっとは気が紛れるだろ?」
「まったく。何でこんなことに……」
「まぁ、警備兵にあれこれ聞かれなかっただけでも良かったじゃないか。もしもギルド職員が冒険者を警備兵につき出したなんて知られてみろよ?世間からの評判は良いかもしれないが、冒険者達はお前を敵視するぞ?ただでさえ、テプトは嫌われてるんだからな」
「あぁ、やっぱり俺嫌われてるんですね?」
だから、石とか投げ込まれたのか。
「正確に言うと、嫌われてるのは『冒険者管理部』だけどな?」
「『冒険者管理部』って、彼等に何かしたんですか?」
「その辺は飲みながら話してやるよ」
俺とエルドさんは、すっかり暗くなった夜の町を走り抜けた。
そんな後ろ姿を見つめる者がいた。彼はこの辺に住む『冒険者』だった。そして彼は奇しくも、テプトとエルドが、警備兵に冒険者を引き渡すところから居合わせていたのだ。
「冒険者管理部の人間は、今年から数えるとお前で3人目だ」
そう言うと、エルドさんはビールを喉に流し込んだ。「うめぇぇ」そんな言葉を漏らす。
「入れ替わりが激しいんですね?」
そう言って俺もビールを飲む。よく冷えたビールが、喉を流れていく。芳醇な味わいがあって旨い。
エルドさんは運ばれて来たつまみを口にしつつ話を続ける。
「まぁな。長続きした奴はいないな。皆最後は気を病んで辞めていったらしい」
「それは何となくわかります」
ギルドマスターからの扱い酷いもんな。それに壁の文字を見れば病んでいたのであろうことは一目瞭然だ。首を吊るための縄もあったしな……。
「うちのギルドマスターは、冒険者だったから嫌うのもわかるけど少しやりすぎだよな?」
「現役時代に何かあったんですかね?」
言いながら俺もつまむ。
俺が冒険者をしていた時にも『冒険者管理部』の人間はいた。しかし、よほどの問題を起こさない限りは、彼等が出てくることはなかった。
「あったんだろうさ。じゃないと説明がつかない」
「別に、普通にしていれば何もしないんですけどね」
「そうだな。……それで、冒険者管理部にきた奴等は、不当な扱いに耐えかねて辞めていくんだ。冒険者からも相当な罵倒を浴びせられていたらしい」
「何か原因ってあったんですか?」
「まぁ、俺も実際見たことないんだが、その頃『冒険者管理部』の担当だった奴が、一人の冒険者に、何回も無茶な依頼を押し付けていたらしい」
「それは……本当ですか?」
「俺も又聞きなんだ。真相はわからん。だから、今から言うことはあまり気にするなよ?」
エルドさんはそう前置きした。俺はなんだか嫌な予感がした。
「その冒険者、無理矢理頼まれた討伐依頼で、死んじまったんだ」
言葉を失った。
なんだって?……死んだ?
「それは……適正ランクの依頼だったんですか?」
「分からないって言ってるだろ。普通はありえないだろ?でも、そんな話があるんだ。だから冒険者にとって、管理部の人間は、自分の仕事を成すために、冒険者を道具のように扱う奴等っていう認識を持たれているのさ」
「それなら……納得ですね」
「まぁ、気にするな。大切なのは今だ。そして今『冒険者管理部』を任されているのはテプト、お前だ。お前は俺から見てもかなり優秀だし、ギルド職員の心得をちゃんとわきまえてる。自信を持て」
その言葉は、胸に深く染み渡った。
「ありがとうございます」
「まぁ、飲めよ。報告書の件も聞かせてもらうからな」
「覚えてたんですか?」
「当たり前だろ!」
夜は更けていく。俺とエルドさんは心行くまで飲んだ。