六十三話 新たなる目標
闘技場での事件は、思ったよりも大きくならずに済んだ。というのも、目を覚ましたレイカは、おとなしく『依頼義務化』の説明を受けることを承諾し、『レイカ派』なるものが解散したからだ。まぁ、彼女が納得してくれるかどうかは分からないが、後日、俺とバリザスとでレイカを説得する予定である。それまでは、レイカ派もおとなしくしているだろう。出来れば、このまま無くなってしまうことを切に願う。
そして、戦いの結果は、どうやら俺の一人勝ちという事になっているらしい。カウルやソカに聞くと、そう返ってきた。時おり、ギルド内で羨望にも似た眼差しを冒険者から受けることがある。まぁ、そのお陰か、依頼は前よりも受ける冒険者が増えた。どうせ皆受けなければいけないのだが、積極的に受ける者たちが目に見えて増えたのだ。
これはよい結果と言えよう。
そして、戦いに参加した者たちの処分だが、全員不問となった。それは、戦いにおいて、犠牲者が出なかった事が何よりも大きい。さらに、町の人たちには戦闘訓練だと誤魔化せたし、多くの者たちを手当てしてくれた診療所側が、秘密にすると約束してくれたからだ。
もちろん、これは会議を行って出した結論である。
そして、今回のヒルの処分だが。これが一番波乱を呼んだ。戦闘に参加していた事は、俺だけが知っていることだが、彼らの傍にいながら戦いを止めようとしなかったのは見逃せないものだった。
会議の決定は解雇に傾いていたものの、俺は頭を下げて、一時的にそれを取り下げてもらった。皆、特にアレーナさんは微妙な表情をしていたが、なんとか承諾してもらえた。
もう、闘技場での事件から二日経つが、ヒルは未だに出勤してこない。家は知っているが、一週間は待つと決めている。もしも、反省の色がなければ、即解雇となる。
俺は、どうしても引っ掛かることがあり、それをヒルに聞きたかったのだ。
その日、管理部で仕事をしていると、扉がノックされた。返事をしてから目線をそちらにやると、ヒルが入ってきたのである。
「ノックなんかいらないだろ。それに……またずいぶんとサボってたな?」
そう軽口を叩いてみる。だが、ヒルは黙ったまま、その場に膝をついて土下座をした。
「……すいませんでした」
そう言う。
「なにがだ? 闘技場での事か? それともサボった事か?」
「全部です。僕が間違ってました」
俺はヒルをしばらく見つめてから、聞きたかった事を口にする。
「ヒル。一つ質問なんだが、あの時……お前は『俺がどうするのか見てみたかった』と言ったな」
「……えぇ」
「それは、なんでだ?」
ヒルはそう言った。だから、戦いを放置したのだと。あれから、いくら考えてもその意味が分からなかった。
「テプトさんにだけ話しますが、僕は王家直属の諜報部隊に所属してます」
やはり、あの姿は隠密だったか。
「そして、現在アスカレア王国の時期国王候補である『ウィル王子』より、密命を受けています」
「密命?」
「えぇ。それは、このアスカレア王国にある冒険者ギルドの調査です。そして、冒険者ギルドが掌握する秘密を知ること」
「秘密だと?」
「そうです。このアスカレア王国は、冒険者ギルドと共に発展を遂げてきました。ダンジョンがある所にギルドを置いて、町をつくり、そこを束ねる本部の場所に王都ができました。ですから、王族の者といえど簡単には冒険者ギルド本部に入ることはできません」
「……そうなのか」
「えぇ。ウィル王子は、その事に大きな不安を抱えています。国を動かす者は、国の全てを把握しなければならないというのが、王子の考え。そんな中、ダンジョンという未知数の物を管理し、魔物に対抗できる冒険者たちを持つ冒険者ギルドは、危険な存在であると王子は認識しています。事実、王族に被害をもたらしたラリエスという秘密組織も、冒険者ギルドに対抗するために作られた組織。全ては、冒険者ギルドから始まっているんです。そして、王族の者でも入れない理由は、やましいことがあるのだと王子は睨んでいるんです」
「それが、秘密か」
「噂で聞いたことはありませんか? 本部には、ダンジョンを踏破する方法を記載した本がある、と」
「『エノールの探索記』か」
「そうです。この国ができる以前に、ダンジョンを踏破したエノールの日記。それには、ダンジョン踏破の方法が載っていると噂されています」
「だが、所詮噂だろう?」
「……その噂を王子に報告した際、王子は本部のギルドに『エノールの探索記』を見せてほしいとお願いしたそうなんです。ですが、冒険者ギルド側はそれを強く拒否しました。王族の方には関係のない物だと」
「そう……なのか」
「もし仮に、ダンジョン踏破の方法が載っているのだとすれば、なぜ冒険者たちに教えないんでしょう? なぜ、王族には見せられないんでしょうか?」
「そこに、やましいことがあると考えたわけか」
「そうなんです。……ダンジョンは魔石の宝庫です。その魔石は、多くの人々の生活を助けています。だから、魔物を倒して魔石を取れる冒険者、その冒険者を管理する冒険者ギルドは、この国では大きな権力を持っているんですよ。そして、王子の最終的な目標は『冒険者ギルドの解体』。冒険者ギルドから権力を取り上げるのが目的です」
「冒険者ギルドの解体……ヒルは、その目的のためにギルド職員になったのか?」
「はい。本部に入るため冒険者ギルドに学校に通い、本部に潜入するための情報を集めました。まぁ、それは最後の面談で、本部に都合の良い答えを言うだけだったので簡単でしたが」
やっぱり、あれが本部と支部に派遣される違いだったのか。俺は、この前あった同期会での会話を思い出した。
「そして、本部の上層部に行くため、あらゆる手を尽くしました。時には卑劣な手も使いました。上司のために、他の人を陥れた事もあります」
ヒルは、整然とそれを口にする。
「全ては、王子からの密命を果たすためです」
それには、なんと言えば良いのか分からなかった。
「そして、本部からテプトさんを監視する役目を命じられて、このタウーレンに来たんです。最初、僕はあなたの不正行為を暴いて報告し、すぐに本部へ戻る予定でした」
「俺の……不正ね」
「この町にいる冒険者全員を納得させて『依頼義務化』なんていう制度を成立させるのは、不正をしなければ無理だと思っていたんです」
確かに反対は大きかったな。
「ですが。僕の見る限り、テプトさんは馬鹿がつくほどに誠実でした。」
それは……褒めてるんだよな?
「そして、一緒に仕事をしていくうちに、僕の中に一つの可能性が出てきたんです」
そこでようやくヒルは顔を上げた。その目は、いつも眠そうなほど閉じているのに、その時だけは開いていた。
「もしかしたら……テプトさんなら、冒険者ギルド解体をしなくても、本部を良くしてくれるんじゃないかと思ったんです」
その言葉の意味が分からず、一瞬呆けてしまう。
「俺が……冒険者ギルドを変える?」
「そうです。事実、テプトさんはこのタウーレン冒険者ギルドの多くを変えてきました。それは、他の支部ギルドにも影響を与え、冒険者ギルドの根幹を揺るがすほどの制度もつくりました。さらに、今でも良きギルドにするため動いている。だからーー」
「待て待て! 話が大きくなりすぎて把握出来ない!」
思わずヒルの言葉を止めてしまう。だが、彼はかまわず続けた。
「テプトさん、あなたは自分が思っている以上に稀有な存在です。人を動かし、真実を見いだし、力でねじ伏せる事も出来る。そんな人を、僕は今まで見たことがありません。だから、自分の目でちゃんと確認しておきたかったんです。僕の考えが正しいかどうかを」
「……それで、戦いを放置したのか」
「言い訳に聞こえるかもしれませんが、そうです。もしも、この国を変えてしまう程の人ならば、この程度の問題など難なく解決するだろうと考えたんです。結果は……僕が間違っていましたが」
ヒルは視線を落とした。
「僕は、その可能性を確かめようとするあまり、冒険者ギルド職員として大切な事を見落としてしまいました。……いえ、そんなものなど、最初からなかったのかもしれません。テプトさんに言われて、初めて気がついたんです」
ヒルは自嘲気味に笑った。そして、もう一度彼は頭を下げる。
「こんな僕ですが、もう一度『冒険者管理部』で働かせてください。もう二度と、ギルド職員として過ちを意図的に犯すようなことはしません」
俺はそれを聞いて、息を吐いた。それに反応してヒルはビクリと肩を震わせた。
(そんな大役を命じられてたのか)
正直、怒りではなく驚きの方が強い。ヒルはそんな素振りを一切見せなかったからだ。密命の事も、話すのに勇気がいっただろう。
俺は、一つの答えを出す。
「何言ってる? お前がいなくなったら、また俺一人になるだろ」
ヒルが、バッと顔を上げた。
「それじゃ」
「あぁ。今後も働いてもらう。今度はサボり無しで……だが」
「ありがとう……ございます」
ヒルは、再び頭を深く下げた。
「あと、皆に謝っておけよ? ギルドマスターや部長たち、職員の皆にも」
「はい!」
こうして、ヒルの件も無事解決した。だが、ヒルの言っていたギルド解体は少し気になる。そうなったら、どうなってしまうのだろうか? あまり、良い予感はしない。邪魔だからといって簡単に排除しても、それに伴う反発は必ず起こる。ましてや、冒険者ギルドはこの国の始まりからあるのだ。その反発は相当なものだろう。安易な考えは事態を悪化させるだけだ。なら、どうすれば良いのだろうか? そう考えたとき、やはり本部を変えるしかないのだという結論に達する。ここでの問題の多くも、本部での問題が起因している場合が多くあった。結局、今の体制が悪いのだろう。そして、それを改善しようともしない者たちが。
ヒルは、俺なら本部を良くできるかもしれないと言っていた。それは、アレーナさんからも同じような事を言われた記憶がある。
もし、それが本当だったとしても、俺が今本部に行けることはないだろう。あるとすれば、何か大きな功績か、大きな……名誉か……。
ーー名誉?
ふと、とある可能性が頭に浮かんだ。もしかしたら、大きな名誉を得られるかもしれない可能性が。
「なぁ、ヒル」
「なんですか?」
その日、一緒に仕事をしていたヒルにその事を話すと、彼は目を輝かせて同意した。
「多分、それなら本部に行けるかもしれません! そんな人材を、本部が放っておくはずありませんから!」
だが、それを決意するには少しばかり躊躇した。もしも本部に行くことになれば、俺はこのタウーレン冒険者ギルドからいなくなることになる。それは少し……いや、かなり寂しい。
それでも、冒険者ギルドを良くするためなら仕方ないのかと思う。本部が良くなれば、おのずと支部ギルドも良くなるはずなのだから。
どこまで出来るか分からないが、やってみる価値はあった。そして、俺は後日の会議で、皆に言う。
「現在、『称号制度』の条件にて、領主様から闘技大会の要請を受けている件ですが、俺は承諾しても良いと思います」
そして、俺は皆に自分の考えを話した。
「つまり……なんじゃ? テプトよ。お前もその大会に参加するというのか?」
「はい。そして、タウーレンでの最強を得ます。領主様の話では王族も招待するとか。そこで栄えある名誉を得て、俺は冒険者ギルド本部に行くための足掛かりにします」
皆、驚きの表情で俺を見ていた。それは提案に驚いているのか、俺が参加することに驚いているのか分からなかったが、予想通り過ぎて笑いそうになる。
俺は、闘技場での事件でレイカと対峙した。今まで、Aランクの人間と戦ったことがなかったから分からなかったが、どうやら俺はもう少し上にいるらしい。さらにレイカは、Aランクの中でもトップクラスの実力を持っているらしいのだ。神が俺に与えた能力は、かなり強力なモノなのだろう。それを利用しない手はなかった。
これは俺の予想だが、欺瞞でもなんでもなく、俺は最強の称号を得られるだろう。
なぜなら、トップクラスといわれたレイカとの戦いで、俺はほとんど本気を出していなかったからである。
ただ、それに甘んじて油断することは出来ない。自分の勝手な決めつけで行動すれば、待っている結果が悲惨なものになることを、俺は身に染みて理解したからだ。
二章 完・結!
ここまでお読み頂きありがとうございます。前回の一章完結時同様、『二章完結に際して』という題名で、お礼や反省点、二章のテーマなどを活動報告に載せる予定です。
そして、物語は後半に突入しました。残すところ章は二つ。
『三章 規格外の最強と最凶 編』を引き続きお読み下さる方は、今後ともよろしくお願いします。
そして、少し休みます。見直しなども兼ねて。
『エノールの探索記』
エノール。建国前にダンジョンを踏破した人物。
一章 六十九話 冒険者規定 参照。