六十一話 あれ? 青春ドラマかな?
「テプト……これは一体どういうことじゃ」
闘技場に駆け込んできたバリザスが、俺を見つけて話しかけてきた。その後ろにはミーネさんやセリエさんまでいる。他にもギルド職員が大勢駆け込んできては、倒れている冒険者たちの元へ走っていった。その中には、診療所の職員たちと所長までいた。
「どうやら、『依頼義務化』をめぐって冒険者同士で派閥争いが起こっていたようです。今さっき、鎮圧しましたが」
「鎮圧じゃと? お前がか?」
「はい」
バリザスは困ったような表情をみせる。
「お前という奴は……じゃが、ご苦労だった」
その後、俺も倒れている冒険者たちを看て回る。幸い、死人は出ていなかった。……というより、皆の傷を見ると致命傷は避けられていた。早く処置をすれば治る位置に傷があったのだ。それは偶然にしては少し出来すぎている。おそらく、死人が出ないよう配慮して戦っていたに違いない。
そこまで考えてから、俺は少し呆れてしまった。
(それなら最初から戦いなんてするなよ)
だが、そうでもしなければ彼らは納得できなかったのかもしれない。そこまで追い詰めたのは、間違いなくギルド側の責任だ。
一通り作業を終えると、闘技場の隅で座り込むソカとカウルの姿を見つける。俺は、そこまで歩いて行った。
「だいぶ良くなったみたいだな?」
ソカの顔には血色が戻り、カウルも治療を受けたようだった。
「あぁ。お陰さまで」
カウルは笑みを浮かべた。ソカは、俺に視線を向けずうつむいていた。なんとなく、微妙な空気が流れる。
「カウルも無茶したな。相手はお前より上のランクだぞ?」
「負けるつもりはなかった」
平然とそう言う。まぁ、カウルの場合、実力だけで言えばAランクに達しているしな。
「だが、もうこんなことはしないでくれ。『依頼義務化』のために戦ってくれたことは嬉しいが、そんなことでお前を失いたくない。もしもお前が死んだら、ソフィアに顔向けも出来ない」
カウルは、しばらく黙って俺を見つめていたが、やがて「すまなかった」とだけ言った。
「ソカもだぞ?」
そして、その横でうつむいている彼女に言った。だが、彼女は何も言おうとしない。俺はしゃがんでからソカの顎に手をやり、無理矢理こちらを向かせる。
「……なっ!?」
彼女の表情は、見る間に赤くなっていく。
「分かったのか?」
「うっ……わ、わかったわよ」
それでも、視線を下に向けながらそう言ってくれた。そして、俺はもう一つ彼女に言わなければならない事があった。
「今回の件は、明らかに規定違反だ。処罰によっては冒険者を辞めなきゃいけなくなるかもしれない。それも分かってるのか?」
「分かってるわよ! 全部承知でやったのよ!」
嫌がるようにソカは首を振る。だが、そんな返事では納得できない。
「本当に分かってるのか? もし、冒険者を辞めたらどうするんだ?」
「その時は、その時よ!」
「本気で言ってるのか?」
「えぇ、そうよ!」
「ソカは……本当にそれで良いのか? その……もっと、自分を大切にした方が良いんじゃないのか」
その言葉を言った途端、彼女から表情が消えた。ゆっくりと俺を見てから、窺うように俺を見つめる。
「あなた……何か聞いたの?」
その視線に、今度は俺が耐える番だった。
「昨日、ダリアさんに会った」
それだけで、ソカは理解したのだろう。一瞬目を見開いてから、目付きが変わる。鋭く、好戦的な目付きに。
「それで? ……だから、私が冒険者を辞めた後の事を聞いたの?」
「……そうだ」
「そんなの……あなたには関係ない」
「関係あるよ。心配だ」
「じゃあ、あなたが代わりにお金を払ってくれるの?」
『お金を払う』。それは、ソカがダリアから買われたことを意味していた。
「……やっぱりか」
思わず出た言葉に、ソカは信じられないといった顔をする。
「やっぱり? ……カマをかけたの?」
「違う。ダリアさんに会ったのは本当だ。ルカさんにも会った。だが、ソカの事は何も聞いてーー」
「ルカ姉? なんでルカ姉が出てくるの? ルカ姉にも会ったわけ?」
しまったと思った。それは余計な事だったからだ。
「……あぁ、会ったよ」
「それで心配になったのね?」
それに俺は頷いた。
「そんなこと、今ここで言う必要ないじゃない」
「いや、言っておかなきゃならない。優先事項だ」
「優先事項? なにそれ? 私はあなたのために戦ったの! それは間違いだったかもしれないけれど、この気持ちは本当よ?」
ソカの声が大きくなり、周囲の者たちの視線を感じた。隣にいるカウルは居心地悪そうにしている。
「ソカ、もっと声を落としてくれ。場を考えてーー」
「場を考えてないのはテプトじゃない! なんでそんなことを言うの? なんで……ありがとうの一言ぐらい言えないわけ?」
「頼んでないだろ。それに、望んでない」
「分かってるわよそんなこと! 私は私のためにやったのよ! 分かってるわよ……あなたが反対することぐらい。だから、言わなかったの!」
「ソカは前に言ったよな? 何かをする前には、他の人に相談しろって。それが大切だって」
その瞬間、ソカは立ち上がった。
「なに? 今度は揚げ足をとるわけ? それが本当に私のためになると思ってるの? 私の……何も知らないくせに!」
鈍器で殴られたような気がした。ソカはしばらく俺を見ていたが、「もう知らない」とだけ言い残して走り去ってしまった。残された俺は、呆然としてしまい、どうするべきか分からずにいる。
不意に、そばにいるカウルが吹き出した。
「テプト、前に……お前は俺に『不器用だ』と言ったよな?」
確かに、言った覚えがある。
「テプトも一緒じゃないか」
その言葉を理解するのに数秒かかった。頭を冷やすため、取り合えず息を吐く。
「追いかけなくていいのか? ソカは、お前のためだけにこの戦いに参加したんだぞ? それは見ていた俺だから分かる。そこには、冒険者を辞めることも、自分がどうなることも考えてない。本当に、お前のためだけにだ」
「俺の……ため」
だが、追いかけてどうなる? なんて声をかければ良い? 確か元いた世界で見たドラマに、同じようなシーンを見た気がする。その時、奴等はどうしてた?
「テプトくん。追いかけて!」
グチグチ悩んでいると、そんな言葉が上から降ってきた。見上げれば、怒りの表情を露にするセリエさんがいた。
「……セリエさん」
「追いかけなさい! これは命令よ!」
「ですが、俺はなんて声をかければ……」
「そんなことは追いかけながら考えなさい! 私は何も知らないからかける言葉なんて見つからないけど、テプトくんならあるでしょ!?」
(本当に……あるのだろうか?)
「ソカちゃんは、普段の様子じゃ分かりづらいけど……彼女も女の子なのよ? なんで、それが分からないの? 心が傷ついたら、簡単には戻らない!」
セリエさんの言葉は、耳の奥に反響してゆっくりと頭に染み渡っていく。
俺は、ソカを傷つけたのだ。
それから、ゆっくりと立ち上がる。彼女にかける言葉なんて分からない。ただ、傷つけてしまったなら、追いかける義務くらいはあるかもしれない。
そこまで考えてから、俺は一瞬笑いそうになる。自分が、何かしらの理由付けをしなければ、動かない人間なのだと気づいてしまったからだ。納得できる答えがなければ、動けない人間だと知ってしまったからだ。
そんなことは関係ないのだろう。ただ、追いかけるべきだから追うのだ。
「わかりました。追いかけます」
そう言うと、セリエさんは微笑んでくれた。
「頑張って」
そして俺は走り出す。ソカに追いついても、かける言葉を見失ったまま。