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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
騒がしいタウーレンの町編
152/206

五十九話 ギルド派vsレイカ派

戦いが始まって半時ほどが経った。未だお互いは一定の距離を保って魔法を撃ち合っている。怪我人も出ていた。戦えなくなった者は後ろに退いているが、やがて魔法の撃ち合いも終わるだろう。魔力が完全に尽きれば戦いどころではなくなってしまうし、魔法の撃ち合いだけではどちらも数を残しすぎている。冒険者は普段魔物と戦う者たちだ。そして、魔物の中には、魔法を撃ってくる奴等もいた。だから、魔法ありきの戦いにおいては、冒険者は慣れており、魔法の対処にも心得をもっているのだろう。


レイカは、魔法を使うことなくその光景を見ている。彼女は氷属性の魔法しか使うことが出来ない。そして、一度使ってしまえば敵味方問わず損害を出してしまう。そのため、味方が多くいる中では、魔法を使うことができないのだ。


しかし、それももうすぐ終わる。魔法の撃ち合いが止まり、互いの冒険者が腰の剣を抜きさる。地獄の始まりはここからだった。


レイカは、皆にとあるお願いをしていた。それは、『出来るだけ相手を傷つけないで欲しい』というものである。これは冒険者同士の戦いだが、原因はギルド側にあると彼女は考えていた。だから、本来手を取り合うべき冒険者を傷つけないで欲しいとお願いしていたのである。

それは、一種の驕りかもしれない。戦いの結末が、自分達の勝利で終わるだろうと、たかを括っているから言えたお願いだ。そしてそれは、他の者たちも同じであり「ランクが下の奴等に本気は出せない」「ちょっと痛い目を見れば、気が済むだろう」といった会話が飛び交う。

『レイカ派』には上位ランクの冒険者たちが多く、『ギルド派』よりも数が多い。それが、彼らをそういった心境にさせたに違いなかった。


双方は魔法での戦いを止めて、雄叫びと共に走り出す。それは幾重にも重なり、大きなうねりとなって一つの波と化した。端から見れば、小さい波と大きな波。しかし、交われば必ずそれなり波しぶきを生む。そして、最後まで勢いを残していた方に軍配が上がるのだ。


その結果は、当然自分達のものだとレイカは思っていた。冒険者同士が激突し、考えられない光景を目にするまでは。


「……なに?」


最初、それは冗談のように思われた。冒険者が空中を飛んだのである。その冒険者は、地面に落ちると痛みに悶えて動けなくなってしまった。

飛んでいるのではなく、圧倒的な力によって飛ばされてしまったのだ。

前線は、レイカからでは何が起こっているのか分からない。ただ、飛ばされている冒険者たちは、全員『レイカ派』の者たちだった。

すぐに終わるだろうと思っていた戦いは、ここから激しさを増して、互いの戦力を削りあっていく。その中で、レイカの予想もしなかった事が、起こっていた。



「百分の五っ!!」


ソカは叫んで向かってきた冒険者の腹に最速の拳をかます。その瞬間、相手の防具がヘコんだ感覚と共に、目の前の冒険者がぶっ飛んだ。テプトから貰ったガントレットの威力は、想像以上の威力を放つ。

すぐに目の前に次なる相手が現れるが、胸のブローチを見てから同じように剣をかわして拳を打ち込む。彼もありえない衝撃に目をしろくろさせて敵の集団奥深くへと飛ばされた。

不意に横から迫り来る冒険者に気づいて、そちらにスキル『魅惑』を込めたウィンクをする。


「むっ!?」


動きが一瞬止まった相手の隙を見逃すことなく、ソカは拳を打ち込んだ。またもや、飛ばされていく冒険者。相手側は彼女を危険人物と判断したのか、突っ込んでくることはなく距離を取ってしまう。チラリと視線を横にやると、カウルが大剣を華麗に振り回して剣の腹で冒険者たちを無力化していっている。やがて彼も距離を取られてしまい、カウルはソカの近くまできた。


「まだ剣は抜かないのか?」

「この力で戦ったら、殺しちゃうかもしれないでしょ?」

「……確かに。お前は想像以上に強いな」

「あなただって。もうAランクの奴等を何人か倒したんでしょ?」

「思ったほどじゃないな。それに、戦い方もザルすぎる」

「仕方ないのよ。対人戦なんて私たちはしないもの」

「……それにしても、力押しの奴等だらけだ。ランクの再審査をテプトに言っておかなければな」

「そう……ねっ!」


そして、二人は再び戦いに身を投じた。二人はこの乱戦の中において、圧倒的な力と剣技を発揮し、次々と冒険者たちを倒していく。それは、『レイカ派』全体に動揺を感染させた。


「……あいつらあんなに強かったのか?」

「知らねぇよ……ランクはB以下のはずだろ?」


しかし、そう言っている今も、仲間たちは倒れていく。考えている暇などない。彼らは少しの予想外に驚きながらも、尚も剣を振り上げて立ち向かう。

自分達の信念の元に。


闘技場の地面は少しずつ血で濡れていく。抜きさった刃が、誰かを傷つけていった。剣と剣が打ち合う金属音がそこら中から響き、時おり怒号の中から呻き声が聞こえた。数が徐々に減っていく。それは、戦いの終わりが近いことを予感させたが、同時に力ある者だけが残る、歯止めの効かない戦いになることを告げていた。


その中において、カウルとソカ。この二人は『ギルド派』を率いて『レイカ派』を打ち破っていく。何度となく彼らを苦戦させる強者が立ちふさがったが、カウルは誰にも追うことの出来ない剣技で、ソカはスキル『魅惑』を器用に使い分けて猛威を振るい撃破していく。


戦況が変わってきたのは、戦いが始まって一時間が経とうとしていた時だった。『ギルド派』の数が『レイカ派』を上回ってきたのだ。休むことなく続いた戦いの中で、勝利が『ギルド派』に移っていく。


既に動けなくなってしまったものも、まだ剣を握る者たちも、その事に気づき始めた。「行けるかもしれない」ギルド派の者たちの心に、そんな淡い希望の光が灯り始めた時、それは唐突に起こった。


一つの場所から、吹き荒れる風。それは凍てつくように冷たい風である。冒険者たちの頬に、何かが当たる。手に取ると、それは小さな氷の粒。

何人もの冒険者たちが動きを止めて、あるいは振り返ってそれを目にする。


そこには、恐ろしい程の魔力を氷に変えて立つレイカがいた。足元は氷の侵食が始まり、それは少しずつ広がりを見せていた。


「……とうとう、ボスのお出ましってわけね?」


ソカが呟き、カウルは身構えた。


「……あなたたち邪魔」


レイカは手を振り上げ、ソカとカウルにそれを向けた。


「……『氷弾連射アイスショット・ライフル』」


途端に彼女の足下を覆う氷から幾つもの細い刺が突きだし、それがソカとカウルに向かって次々と発射された。


「……くっ!」

「……チッ!」


絶え間なく迫り来る氷の刺に対し、カウルは大剣を盾に、ソカは後ろに跳んで防御体勢をとるも、刺の速度が勝りソカの体に数針の氷が突き刺さった。


「……うっ」


「ソカ!」


呼んだカウルにも、大剣では覆いきれない体に氷が刺さっていく。やがて氷の弾が止むと、二人は傷だらけになっていた。流れ弾に当たった多くの冒険者が倒れる。それは正に、敵味方関係なく襲いかかる脅威の魔法だった。


ソカは体勢を整えなおす。突き刺さった所は致命傷ではない。氷も細かったからか、流した血の量も対したものではなかった。ただ、レイカに対して遠距離で立ち向かうのは不利だと判断する。そして、一気に走り出した。カウルも同様にソカに続く。


「……無駄。『氷山(アイスバーグ)』」

二人の前に、立ち塞がるように巨大な氷の塊が現れた。ソカは思いきりその氷を殴りつける。巨大な氷が砕け、カウルは一刀両断にして氷を瓦解させた。


「こんなもの?」


挑発的なソカの言葉に、レイカは不機嫌を露にする。


「『領域凍結(テリトリー・フリーズ)』」


その瞬間、レイカを中心に半径十メートルほどの丸い模様が闘技場の地面に浮かび上がる。


「……おっと」


不穏な予感を感じたヒルが、レイカから距離を取った。ソカとカウルは、勢いのままにその円の中において飛び込みーーそのまま倒れ、地面を転がった。


(な……なに?)


急に動かなくなった自身の体に驚く。そして、円の中が極端に冷えている事を感じた。体が焼けるように熱く、ブルブルと異常なまでに震える手足。カウルも同じなのか、ゆっくりと立ち上がろうとして再び倒れていた。ソカも立とうとするが、体の震えがそれをさせてくれない。不様に、何度も転げた。


「……この中では、命ある者、自由には動けない」


近寄ってくる足音。顔を向けずとも、それがレイカであると分かった。


「……負けを認めて。そしたら、魔法を解除する」


そんな声が、ソカとカウルに届く。ソカは震える歯を必死に食いしばって声を漏らした。


「い……や」


「……なぜ? どうして?」


そんな言葉が上から振ってくる。どうして? そんなのはソカ自身が知りたかった。本当なら流れを見守り、どちらか有利な方につく。それが彼女のやり方であり、今まではそうやってきた。賢いやり方ーーずっとそう思ってきたのだ。


「わ……たし、は、ただ、そうしなくちゃ……いけない、から」

「……理解できない。『依頼義務化』は、私たちにとって悪にしかならない」


そう言ったレイカに、ソカは笑いを溢す。吐いた息の分だけ、冷たい空気が肺に入り込んでむせた。


「悪なん……て、どう……して決めつ、けるの? 何も……知らないくせに」

「……知ってる。ギルドのせいで、私の仲間は死んだ」


また、笑いそうになった。


「本当に……ギルドの、せい? あな……たには、責任……ないの?」

「……なぜ?」

「仲間を……助けられなかったのは、あなた……じゃないの?」


意識が朦朧としてくる。それでも、ソカは口を動かした。


「全部……ギル、ドのせいにして……自分に……非がないと、言い……きれるの? 仲間を……助ける方法なんて……いくらでも……あったでしょう? その人が、……あなたにとって、大切……だったら」 

「……大切だった。でも、彼は私に黙ってた。ギルドにされてること。それじゃ、わからない」

「……言い訳ね。本当に……大切なら、救うことが……できたはず。何かに気づけた……はず。やりようは……あったはず」

「……何も知らないのはあなた」

「違う。……あなたは、今日までのギルドを知らない。あなたの……仲間が死んだことは、確かにギルドが悪い……かもしれない。でも、それに胡座をかいて、怠慢をしたのは……あなたがここを去った後の冒険者たち。忘れられたように受けなくなった依頼は、町の人たちとの間に……溝を生んだ」


ソカは、力を振り絞ってレイカを見上げる。その表情は影になって見えない。


「それで、良いと……思ってた。でも、あいつはダメだと……言った。変わった奴……優しい奴」


ソカの頬を涙が流れた。それは暖かく、気づいたら止めどなく溢れ出てきた。


「そんな……あいつが、成し遂げた『依頼義務化』は、冒険者を道具になんて考えは……これっぽっちもない。もしも……あったなら……私は協力なんて……してない。それは、冒険者の事も考えて……作られたから」

「……『依頼義務化』が、私たちのため?」

「そうよ。……でも、あなたは知らない。あいつが、『依頼義務化』を私たちのために考えたことも、ギルド側から反対されてた事も、全部、全て! 自分の良いように解釈して、悪だと勝手に決めつけて、今まで逃げてきたくせに、今頃になって偽善を振りかざして!」

「……違う。私は逃げたんじゃない」


不意に、ソカは自分の体温が戻ってきているのを感じた。震えが小さくなっていたからだ。


「違わない。あなたは逃げたのよ。仲間を助けられなかったことを、ギルド側のせいにして、全てを放って逃げたの。なぜ、その時に戦わなかったの? 怖かったの?」

「……戦った。ギルドマスターには、今後こんなことがないように警告をした。……なのに、また同じ過ちをしようとしている。それを止めにきた」

「聞いてると、あなたのやってることは全部後からね。それは卑怯と言うのよ? その時だけは傍観者のくせに、事態が悪くなったら正義を振りかざして……私はそういう人が嫌い」

「……私は、これ以上犠牲者を出す前に動いた」

「なら、もっと早く動けたはず」

「……あの時の私は、悲しみで何もする気力がなかった」

「ほら、やっぱり逃げたんじゃない。それに、あの時の私って……成長したつもりなの? 私にはエゴを拗らせたようにしか思えない」

「……どうして、そんなに否定する?」

「あなたが間違ってるから」

「……あなたは最初に言った。勝った方が正義。なら、負けた方が間違い」

「えぇ。だから、あなたには勝つ」

「その体で?」


また、気温が冷えた。近くでカウルが倒れる。魔法が弱くなっていたことに、レイカが気づいたようだった。

しかし、ソカはゆっくり、体の震えに抗って立ち上がる。今すぐにでも縮こまりたい体を無理矢理動かした。影になっていたレイカの顔が見えるようになる。彼女の表情は、一切変わってなかった。


「……これ以上やるなら、あなたの時を永遠に止めなきゃいけない」


レイカは、右手に魔力を込める。パリパリと、その手が凍りついた。


「そし……たら、あなたは……二人の冒険者を……殺したことになる。一人は助けられなくて……もう一人は、自分のエゴのために。そしたら……今度はあなたが……悪になる……かもね」

「……正気?」

「そうまでしても、助けたいと……思ったの。大切な人を」


その言葉でレイカは、目の前にいる冒険者が自分のために立ち上がっている訳ではないことを悟った。時おり彼女の言葉に出てくるあいつとは、今言った守りたい人なのだろうか?


「大切な人……その人のためになら死ねる?」

「いや……よ。私は……私が一番だもの」

「……言ってることが矛盾してる」

「気づいたの……一番の私の中に、いつの間にかあいつが……いることに。私は……あいつのために死ぬんじゃないわ。あいつを想う私のために死ねるの」

「……理解不能」

「私も……理解なんて……してない。……なんでこんな気持ちに……なるのか分から……ない。最初は、有能な奴くらいにしか思ってなかったのに。……でも、もう……決めたから。この気持ち……を大切にする……って」

「……そう。残念」


レイカは、魔力を込めた手をソカに向かって近づけていく。


「『凍結(フリーズ)』」


その手に触れたら、どうなってしまうのかソカには想像できた。しかし、既に避けることができない。体が固まってしまったように動かないのだ。


「ソ……カ」


カウルから呻くような声が聞こえる。もう終わりかもしれない。本気でそう思った時だった。





業火(エンバーザ)


不意に、炎が二人の間を割って入った。レイカが驚いて距離をとった。その瞬間、レイカの発動していた魔法が解け、気温が元に戻っていく。


ソカも突然の事に驚いたが、その炎には見覚えがあった。煌々と燃える大剣。それはテプトが持っていた物だった。見上げれば、そこに彼がいた。


「お前、真っ青じゃねーか!」


強引に引き寄せられる体。為す術もなくそのまま体を倒すと、テプトに抱擁をされた。彼の体は燃えるように熱かった。


「カウル、お前こっちまでこれるか? 炎で温めてやる」

「……あぁ。悪い」


ソカはその声が耳の奥まで浸透して、凍っていた心までが溶かされていくのを実感した。涙が再び溢れてくる。それに彼が気づいたのか、そっと頭に手をやって、泣き顔を隠すように胸に軽く押し付けた。


「……『氷弾連射アイスショット・ライフル』」


距離を取っていたレイカが、魔法を使用する。三人に、氷の針が迫った。


「燃やせ」


テプトが呟くと、彼の持つ大剣がその炎を増して氷の針を全て溶かしきった。そしてテプトは、彼女を睨み付ける。

レイカはその瞬間、妙な悪寒に襲われた。寒さで震えることなどない自分が、一人の男の睨みによって震えたのだ。


「……何者?」

「なんでも良いだろ? というか、俺はこんな戦いを認めた覚えはないが」

「……仕掛けてきたのはそっち」

「だったら殺してもいいのか? お前はそのくらいの正義で、『依頼義務化』に反対したのか?」

「……冒険者は力こそ正義。それはその人が言ったこと」

「勝手に自分の価値観を押し付けるな。人を殺していい理由に、正義なんてない」


炎が再び火力を上げた。十分に距離を取っているはずなのに、レイカの肌がジリジリと焼けるような感覚に陥る。


「お前はやり過ぎた。もっと、いろんな人たちのことを考えられる奴だと思ってた。だが、俺の勘違いだったらしい」

「……だったらどうする?」

「お前が子供みたいな理屈をこねて周りを巻き込むなら、俺もその土俵まで降りてやる。口で説き伏せるには、お前の力は強大すぎるからな」

「……ギルド職員のくせに」


レイカの言葉にテプトは、不敵な笑みを浮かべる。




「悪いな。俺は元々、冒険者なんだよ」


彼の持つ炎の大剣が、嬉々としてその勢いをさらに増した。



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