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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
騒がしいタウーレンの町編
149/206

五十六話 ルカという女性

会談が終わると屋敷の前で皆と別れた。商業ギルド長のヤンコブは「是非受けてください」と猛プッシュしてきた。その後、気まずそうに「いえ、そちらの都合が良ければの話……ですが」と訂正してきた所をみると、まだ冒険者ギルドに苦手意識を持っているようだ。当然だろう、そうなるようにやっつけたのだから。


結局、答えはその場で出ることはなく、会議にて結論を出すことになった。そして、冒険者ギルドへ帰ろうとしたのだが。


「すいません。ちょっと寄るところがあるので」


そう言って俺は、一人皆から離れる。会談の前にヤンコブとダリアから聞いたソカの話が気になったのだ。今はまだ昼過ぎのため、受付は依頼人専用となっている。冒険者であるソカは、ギルドにはいない。

前に彼女の家の付近までは行ったことがあるため、場所は知っている。


(……聞いてどうするんだよ? あいつのことだ。教えてくれるわけがない)


そう自分に言い聞かせるものの、自然と足はそこに向かっていく。できれば、今は会いたくない。会わなければ何も聞かずに済むからだ。この不安な気持ちは、きっと今だけの衝動なのだろうから。



ソカの家の前まで来たが、流石に扉をノックするのは気が引けた。建物は前回見た時と同じでボロく、何故だかそれが痛々しく見えてしまう。


(……何やってんだ俺は)


女性の家の前で立ち尽くす姿は、ストーカーと間違えられても仕方ないだろう。もしも、ノックをして彼女が出てこなければ、そのまま冒険者ギルドに戻れば良い。それだけの事だ。

だが、それだけの事がなかなか出来なかった。もしも、ソカがダリアに買われた者だったとしたら、彼女が金を返すために冒険者をしているのだとしたら……俺は、今まで彼女に冗談混じりで酷い事を言っていたものだ。


その罪悪感だけでここにいる。そして、お恐らくその罪悪感だけでやろうとしていることは、彼女にとって余計なことかもしれない。そこまで考えてから、結論をだす。


(……戻るか)


これは、ギルド職員である俺が踏み込んではいけない事だ。そっと、扉から離れようとした時、不意に声をかけられる。


「ソカちゃんなら、出掛けてるわよ?」


振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。


「……あれ? 君は確か……」


彼女は俺の顔を覗き込むように見つめてくる。


(何処かで会ったかな?)


そして、お互いに見つめあう。


「ソカちゃんが連れてきた……彼氏さん?」

「違います」


だが、その言葉で思い出した。彼女は、前にここにきたときに窓から話しかけてきた女性である。

そんな時、道の向こうから誰かの会話が近づいてきた。すると、目の前にいた女性がそれに気づいて、急に俺の手を掴んだ。


「え?」

「ちょっと、こっちにきて」


そのまま、近くの建物に俺は連れ込まれた。

会話が、今いた場所を通りすぎていく。そのまま彼女はため息を吐いてから俺に視線を向ける。


「ソカちゃんに聞かなかったの? この辺りは男がうろついてちゃダメなのよ?」

「……聞いてましたけど」

「不審者だって、『ダリア』さんに報告されたら消されるわよ?」

「ダリア……さん」


彼女はダリアの名前を出した。


「そう。この辺りの区画を取り仕切ってる人よ。来るときは用心しないと。それで? ソカちゃんに何用?」


その言葉に、俺は少し考えてから口を開く。


「いや……なんでもないんです。もう、帰ろうと思っていましたから」


そう返すと、彼女は俺をしばらく見つめてから「ふーん」と、意味有り気に鼻を鳴らす。


「まぁ、何か訳有りそうね。良かったら上がってく? 私の家はここなの」


そして彼女は近くの階段をゆっくり上がっていく。俺は、迷ったものの何か分かるかもしれないと思い、ついていくことにした。

彼女の部屋は二階にあり、入った部屋はそこまで広くない。壁には綺麗な服がなん着も掛かっていて、微かに香水の香りが漂っている。


「ソカちゃんなら、朝早くに出掛けていったのよ。この窓から見えたから間違いないわ。それにあなたの服……冒険者ギルド職員よね?」


言いながら彼女は椅子を引いてきた。そこに座るよう促される。


「はい。冒険者ギルドのテプトです」

「私はルカ。ソカちゃんにはルカ姉って呼ばれてるわ」


そして、彼女はこの部屋に一つだけあるベッドに腰かけた。


「ルカさんは、娼婦でしたっけ?」


確か、ソカはそう言っていた。ルカさんは、それに対して悪戯っぽく笑う。


「なに? 気になるの?」

「いや、そういう意味じゃなくて……なぜ、そんな仕事を?」

「もしかして、テプトくんはそういう仕事に対して嫌悪感を持ってる人?」

「いえ、そういう訳じゃないんですが……」


なんと言えば良いのか? 考えているうちに、だんだんとルカさんの顔が曇っていく。もう正直に話すことにした。


「実はーー」


俺は、ヤンコブとダリアから聞いた話をそのまま彼女に話した。そして、ソカもそうではないのか気になり、ここまできたこと。だが、諦めて帰ろうとしたこと。


「そっか。そういうことか」

「ルカさんは、何か知ってますか?」

「うん。知ってるよ? だって、彼女がここにきた時から知ってるし」


ということは。


「気になるんだ?」


気になるというよりは、気にしなければいけない、という方が近いかもしれない。ソカには何だかんだいいながら助けてもらってきた。だから、彼女が困っているなら助けてあげたいと思う。だが、その感情がギルド職員としてのものなのか、恩義を感じてのものなのか、はたまた恋愛によるものなのかは整理できていない。ただ、気になるのか? という点に関しては間違いなくイエスと言えた。


「はい」

「そっか。……でも、本人から聞いてね? 教えるか分からないけどさ。それと、家にまで押し掛けるのはお姉さんどうかと思うなぁ? 純粋な気持ちは良いことだけど、相手の事を考えないとダメよ」


それには、肯定する他ない。教えてもらえないのも当然だろう。だが、今の言葉でとある推測が成り立つ。『教えるかわからない』というのは、裏を返せば『教える事がある』ということだ。ルカさんは言い切ってはいないものの、その口ぶりからは、やはり何か事情があることを窺わせる。


「ちなみに私は、君の言う通り、ダリアさんに拾われてきたの。元々は孤児で施設暮らしをしていたわ」

「そう……なんですか」

「そう。ダリアさんが私につけた値段は白金貨一枚。そのお金を全額返すまでは、私はここで暮らさなきゃいけないのよ」


白金貨……それは、王族や貴族たちしか目にしないお金だ。俺は、その金額に驚いた。


「でも、私的にはダリアさんに感謝しているのよ? ここに来る前はもっと酷い生活だったもの。明日食べる物があるのかどうかさえ分からなかった。でも今は違うわ。私に多額の価値をつけてくれて、それを返すための場所も与えて貰ってる。それなりに、満足してるの」


ルカさんは、笑顔でそう言った。


「だから何をソカちゃんから聞いたとしても、感情的にならないでね」


もはや、それは教えてくれていると取ってもいいのではないだろうか?


「わかりました」

「あと、ソカちゃんが困ってたら助けてあげてね? ここまで来たところを見ると、心配なさそうだけれど」

「そのつもりです」

「うん。なら良いわ。他の人に見つからないうちに戻りなさい。私は今から寝るから」


そう言って、ルカさんは欠伸をした。俺はお礼を言った後に、そっと部屋を出る。それから冒険者ギルドへと戻った。

その姿を窓から眺めながらルカは呟く。


「……青春ねぇ」





その日の夜。


人気(ひとけ)のない森の中。ソカは、テプトから貰ったガントレットを装着して、大岩の前に立っている。

そして拳を振り上げ、その大岩に思いきり拳を叩きつけた。瞬間、でかい粉砕音と粉煙が爆散し思わず目を細める。視界がハッキリしてくると、拳を叩きつけた部分ーーではなく、大岩の半分が砕けて無くなっていた。その光景に、ソカはため息を吐く。


「やっぱり……人間相手に本気は出せないわね」


そのガントレットで、家の皿をもう何枚割ってしまったのか分からない。持ったコップは触れた途端に割れてしまうため、皿やコップは木製の物に変えた。ここ数日、訓練を重ねてようやく加減の要領を得てきたが、それでも気を抜けば何かを破壊してしまっていた。だから、必要な時以外そのガントレットをすることはなく、こまめに取り外していた。


もう一度岩を殴り付けると、今度は拳の表面だけがパラパラと崩れ落ちる。


「よし」


彼女は加減が上手くいったことに満足して、自分の家へと戻った。ふと、隣の建物を見ると窓から明かりが漏れている。


(ルカ姉いるんだ)


そのまま向きを変えて、ソカはルカの元に向かう。部屋をノックすると、すぐに返事が返ってきたので扉を開けた。


「今日は仕事じゃなかったの?」

「仕事よ。もうすぐ行くから」

「そうなんだ」


ルカは、彼女がいつもと違う事に気づく。


「どうしたの? 何かあった?」


ソカはため息を吐いてから、壁に寄りかかりうつむく。


「実はさ。明日、冒険者同士で戦わなくちゃいけないの」


ソカは明日の朝に『レイカ派』と戦うことを話した。彼女は、どんなことでもルカに話をしている。それは、話をして他人から意見をもらうことの重要さを理解していた結果であり、その事を教えたのは他でもないルカだった。だから、ソカはなるべくいろんな事をルカに相談し、その逆の時もある。


話を聞き終えたルカは、少しだけ怒ったような表情をしていた。


「なんで、もっと早く話してくれなかったの?」

「たぶん、ルカ姉なら反対すると思って」

「あたりまえでしょ? そんな危険なこと……賢いやり方なんていくらでもあったはずよ」

「それでも、なんだか許せなかったの。だって向こうは『依頼義務化』について全然理解していないんだもの。力づくで教えるしかない」


今度はルカが、ため息を吐く番だった。


「しかも、それってギルド側の許可もなしに勝手に進めちゃったんでしょ? それが原因で冒険者できなくなったらどうするの?」

「その時は、私もルカ姉と同じ仕事をするわ」

「ソカ……あなたは確かにいろんな事を器用にこなせるけど、この仕事には向いてないと思うの。特に、そうやって一つの事に囚われてしまうような子には」

「そんなことーー」

「あるでしょ? あなたがそんなことをしているのは『依頼義務化』なんてものじゃなく、ギルド職員の男のためなんじゃない?」


その言葉に、ソカは少しだけ眉を寄せた。



「ふふっ、見てれば分かるわ。そうやって……一人の男に囚われてしまう子は、この仕事には向いていない。どんなに、優秀で性格が良くても所詮は他人よ。都合が悪くなったら、切り捨てられる」

「あいつは、そんな奴じゃない!」


ソカは、思わず声を荒げる。それを、ルカはしばらく見つめた。


「あいつは……他とは違う」

「違わない」


ルカはハッキリと断言した。


「良い? ソカ。一緒にいて心の傷を癒してくれる男なんていないの。癒されたと思ってもそれはまやかし。傷につけた痛み止めでしかない。そういったものは、全部自分自身で解決していくしかないのよ。特別な人なんていないの。いるのは、他人と自分だけよ」

「ルカ姉……」

「それを否定して、自分をないがしろにしてしまった子を私は何人も見てきた。衝動的な幸せのために、不幸になった子を何人も見てきた。彼女たちはただ、人を信じて幸せな夢を見ていただけだったのにね。だから、ソカも気を付けて。自分を守れるのは、結局自分だけだって」


ソカはしばらく黙っていたが、やがて「分かった」と言った。それから「ありがとう」とも言って、ルカの部屋を出る。

ルカは、悲痛な表情を浮かべてそれを見送った。


(わかりっこないんだよね。結局は自分で経験しないとさ)


ルカは、昼間に会ったテプトの事を思い出し、ため息を吐いた。


願わくば、彼らの未来がそう悪くないものであって欲しい。自分は、助言しかできないからだ。無理やり彼らの関係をどうこうする事はできるかもしれないが、それでは結局悔いを残すはめになる。残せば後々まで引きずることになるかもしれない。


それだけはやりたくなかった。そう思うのは、彼女自信にそういった経験があるからなのかもしれない。だから、ルカは少しだけ彼らの事を羨ましくも思った。


「……青春ねぇ」


狭い部屋のなかで、ルカはポツリと呟いた。













ルカ。

ソカの家の向かいに住む女性。


一章 四十六話 「隣人のお姉さん」 登場

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