五十五話 領主様の条件
しばらくすると、屋敷から使いの者たちが現れ、俺たちは中に案内された。屋敷は大きく、さすがは領主といったところ。きらびやかな装飾はどれも高価で、時おり見かけるメイドや執事からは品を感じた。
案内されたのは、かなり広い部屋だった。机や椅子が置かれてはいるものの、誰も座ろうとはしない。案内した人が「ここでお待ちください」と言って壁際に立った。まだ、領主の姿はなかった。
俺は、近くにいたミーネさんに領主の事を聞いてみると、彼女は呆れたような表情をした。
「テプトくん、知らずに会おうとしてたの?」
「知ってますよ。ただ、どんな人なのか知らないだけです」
この屋敷の現当主、領主の名前はラウル・タウーレン・ヘルスタインという。だが、名前だけで姿は見たことがなく、人柄も知らないのだ。
「ヘルスタイン様は見識に秀でた方よ。タウーレンの発展もヘルスタイン様の代からね。普通は、王族の住む王都のルールを模倣するものだけれど、ヘルスタイン様は王都とタウーレンの違いをよく知ってらっしゃる。だから、不要な規則は排除するし、必要だと思えば取り入れている。うちのギルドが他の町とは少し違った扱いを受けているのも、元はヘルスタイン様が他の町と違う取り組みをされているからなのよ」
そうだったのか。
「例えば、今回の会談に際しての手続きなんかは、他の町とは明らかに違うわね。王都では王族と謁見をするための手続きが基本だから、申請をしても一ヶ月近くかかったりするのよ。それは、申請者の素性を調べたり、何かの企みがないかを判断する期間なのだけれど、ヘルスタイン様は町の者と謁見や会談をする時はそれを省いてる。本人は、そんな事をする時間も人員も勿体無いと言って排除したらしいわね。馬車なんかの検問もだいぶ他とは違うらしいわよ? そこは商業ギルドの方が詳しいと思うけど」
「そうなんですね。なら、今回の会談は上手くいきそうですね」
「たぶんね。というより、会談が許された時点でほぼ間違いなく認められたと判断して良いんじゃないかしら? 既に資料なんかは送ってあるから、内容はヘルスタイン様も承知のはずよ」
「……そうなんですか?」
「えぇ。だからあんなにも町の有力者が集まったのよ。これに一枚噛んで、名前を売っておこうという腹積もりじゃないかしら?」
俺は、思わず唖然としてしまった。
じゃあ何か? 彼らは協力するためじゃなく、ほぼ勝ちの決まった現状を知って甘い汁を吸いにきたのか?
そう思うと、なんとなく腹が立ってきた。
「テプトくん、怒りはわかるけど仕方ないのよ。それにほぼ決まっていると言っても確定じゃないわ。彼らがいれば、この提案が通る確率は格段に上がる。そう考えれば良いじゃない」
「そうですね。……気に入りませんが」
すると、ミーネさんは優しげな笑みを浮かべた。
「その気持ちは持ち続けていいかもしれないわね。テプトくんの良いところは、権力に左右されないところだから」
ちょうどその時だった。突然、奥の扉が開いたのだ。見れば、四十前後の男が、大股で歩いてくる。後ろに何人かの執事を連れている所をみると、どうやら彼がラウル・タウーレン・ヘルスタイン様らしい。
「三十分だ」
ヘルスタイン様が言った。一瞬何のことかと思ったが、すぐに会談の時間だと気づく。その短さに、俺は驚嘆してしまった。だが、誰も文句は言わず黙っていた。
「我が屋敷にようこそ。そして、長らく待たせてしまいすまなかった。少し別件で用事があったのだ。皆もそれぞれに予定があり、忙しい身の上ではあると思うが、忙しいからこそ、その暇を縫い合わせるのは難しい。すぐにこの会談に移れなかったのは、私の意図した事ではない旨を、まずは伝えておこう」
マシンガンのように通る声でヘルスタイン様は喋る。
「そして最初に受けていた話では、会談は冒険者ギルドと商業ギルドと行われると聞いていたのだが……そうでない者たちもいるようだ。何かしら理由があるにしろ、事前に聞いている要件以外は聞くつもりはないので、注意してくれ」
その言葉の後、町の有力者たちは一礼して後ろへと下がった。甘い汁を吸いにきた彼らを牽制したのだ。そして驚くべきは、その言葉一つで一斉に従った彼らである。俺は、目の前で権力いうのをさまざまと見せつけられた気がした。
「理解が早くて助かる。そして、その忠義はしかと見届けた」
ヘルスタイン様は、笑顔でそう言った。
(……なんて人だ)
もはや、唖然とするしかなかった。
「それでは会談に移ろう。……とは言っても、私は既に資料を読み、内容は理解しているつもりだ。特に反対する意見もない。だから、私の認識と貴殿らの認識を一致させる確認作業と言った方が正確かもしれない。まず、会談を申請した商業ギルド長のヤンコブ、この『称号制度』は、冒険者ギルド側から提案され、このタウーレン全体で行っていく予定の取り組みで相違ないか?」
商業ギルド長のヤンコブが前に出る。
「相違ありません」
「分かった。では、もしも私が認めた場合、これに惜しみ無い協力することを貴殿は約束するのだな?」
「はい。ヘルスタイン様」
「よし。今度は冒険者ギルドのギルドマスター、バリザス。貴殿にいくつか質問がある」
「なんじゃ」
バリザスがそう答えた途端、商業ギルドや有力者たちの顔がひきつった。言葉遣いがなっていなかったからだ。そんな中、ヘルスタイン様だけは、含み笑いをする。
「流石は元冒険者といったところか。しかし、詰めるところを詰めなくては、いずれ思わぬ落とし穴に苦しむことになるぞ? バリザスよ」
つまり、礼儀という初歩的な事をないがしろにしてはダメだと言っているのだろう。
「では、言葉を改めれば提案は認めてもらえるのかの?」
そう返したバリザスに、ヘルスタイン様は少し困った表情をした。
「確かに。しかし、先程言った通りこれは確認作業に近い。それは、結論が既に私の中で出ていることを示唆したつもりだったのだが、貴殿には上手く伝わっていなかったようだ。それとも、既に出ている結論を覆すために貴殿はここにいるのかな?」
試すような視線でヘルスタイン様はバリザスを見つめる。バリザスは、彼の言った言葉の意味を理解したのだろう。
「……失礼した」
ヘルスタイン様の言葉に、バリザスは気まずい表情をして謝った。有力者たちの中で、馬鹿にしたような笑いが起こる。
その光景に、少しイラッとした。
「すいません。自分達はこういった場に慣れていないので、討論の言い回しなどは分かりづらいんです。。もしも、ヘルスタイン様がこの場に討論をしにきたつもりではないとおっしゃるのなら、もっと分かりやすくストレートに言ってもらえませんか?」
俺は、一歩前に出てヘルスタイン様に言う。有力者たちの間で起こっていた笑いが消え、再び周りが凍りついたのを感じた。その代わり、後ろで「クックッ」とローブ野郎が笑う声がする。ヘルスタイン様は、面食らった顔で俺を見ていた。やがて、その顔は徐々に崩れ始め、彼は吹き出してから笑い出した。その状況に、周りが呆然とする。やがて、笑いが収まってきたのかヘルスタイン様は目尻を拭った。
「ーーいやはや、冒険者ギルドとは、血の気がある者が多いな。普段から冒険者たちと対峙しているだけはある。貴殿らのお陰で、自由人と呼ばれる彼らはきちんと規則を守っているのだろう。その功績には感謝せねばなるまい」
それから、ヘルスタイン様はしっかりと俺を見据えた。
「すまないな。普段から面倒な権力者たちと会話をしていると、どうしても下手な言い回しをしたくなってしまうのだ。どちらとも取れ、どちらとも取れない言葉の表現は、相手を言い負かすのに最適だからな。しかし貴殿の言う通り、ここに私は討論をしにきたわけではない。配慮がなかったのは、確かに私のようだ」
「いえ、こちらこそ許しもない発言、失礼しました」
それから俺は、引き下がる。有力者は、なんとも言えない表情をしていた。
「話を戻そう。私が冒険者ギルドに聞きたいのは、資料にあった『称号制度に伴い、それらを一括する組織の設立』を聞きたかったのだ。これは、提案の発起人であるテプト・セッテンに答えてもらおうか」
(俺かよ)
再び、俺は一歩前に出る。
「なるほど。……貴殿だったか」
ヘルスタイン様はニヤリと笑った。そんな彼に一礼してから、口を開く。
「もともと、『称号制度』は、私たちが冒険者たちの為に考えだしたものです。だから、称号を考えるのも私たちの仕事の範疇だと決めていました。ですが、町全体で取り組むとなると話は違ってきます。町の人たち……それには勿論冒険者も含まれていますが、彼らがどんな称号を持つものたちを必要とし、それをどう称号を望むものたちに教え、どのような試験をするかは、私たちの手には負えない事柄です。それを代わりにやってくれる新たな組織が必要だと考えました」
「なるほど。体制については書かれていなかったが、これは私に一任するということで良いのかな?」
「はい。ですが、人々の意見を反映させてくれる組織が望ましいかと思います。必要のない称号を作っても、意味はありませんから」
「もちろんだ。不必要なものは無駄だからな。そこは考慮しよう。まぁ、初めての事柄だが、やる価値はある」
「では?」
結論を促すと、ヘルスタイン様は人指し指を掲げた。
「一つ、私から条件がある」
「条件……とは?」
「この『称号制度』の最初の称号は、私に決めさせて欲しい。もちろん、必要と考える称号だ。その称号が資格有る者に与えられれば、この制度は今後スムーズに展開していけるだろう」
ヘルスタイン様は自信有り気に笑みを浮かべた。
(なんだ?)
全く検討もつかない。
「それは、今ここでお聞きしても?」
「無論だ。そして、この称号には冒険者ギルド諸君の協力が必須となる。是非、検討してもらいたい。その称号とは、『タウーレン最強』だ」
(は?)
「驚いているな? 説明しよう。『タウーレン最強』とは、言葉の通り、このタウーレンに於いて、最も強い者に与えられる称号だ。これを与えられた者は、強さを要求する仕事において、最も優遇される立場に置かれる。冒険者にはランクがあり、騎士や兵士には位が存在するが、それは純粋な強さに対してのものではない。私は、冒険者も、騎士も、兵士も、職業に関係なく最強を決めたいと思っている」
まさか、領主様の口から最強などという厨二臭い発言が出てくるとは思わなかった。
「私はこの町を収める立場にある。と同時に、この町を守ることを義務付けられている。しかし、いざその場面になったとき、果たして本当に今の現状で守れるのか不安ではあるのだ。タウーレンは他の町とは離れている陸の孤島だからな。もしも、この称号を目指す者が多く現れれば、町の戦力は高くなるだろう。そして、『称号制度』を多くの人に周智させる良い機会となるはずだ。しかしそのための、最強を決定する場所がない」
そこで、ヘルスタイン様が条件と言った事が分かった。
「つまり、冒険者ギルドが所有する闘技場を、その舞台にしたいということですか?」
「その通りだ! もしも、闘技場でそれを開催させてもらえるなら、王族の方たちにも声をかけよう。町は活気づき、祭りにもなるはずだ。これは闘技場があるタウーレンでしか行えないものだ。予算などはもちろん、こちらからも出すと約束する」
ふと、横に視線をやると商業ギルド長のヤンコブが、お付きの者たちと何か話をしていた。その顔には悪そうな笑みを浮かべている。おおかた、祭りという言葉に反応したのだろう。タウーレンは活気に満ちているが、それは町の中での事だ。外から人がやって来ることは滅多にない。それは、タウーレンがヘルスタイン様の言う通り、陸の孤島であるのが理由なのだが、大規模な祭りとなれば話は変わってくる。つまり、彼らは儲け話をしているのだろう。
俺は、振り返って冒険者ギルドの面々を見る。皆、あまりのことに戸惑った表情をしていた。この場で決めるのは得策ではないだろう。
俺はヘルスタイン様に向き直った。
「持ち帰ってもよろしいですか?」
「……そうか。だが、私はこれをどうしてもやりたい。故に、条件を飲まねば、私がこの提案を認めることもないと思ってもらいたい。」
「わかりました」
こうして、領主との会談は終わった。




