五十四話 ダリア・モーレン・フィネス
とうとうその日はやってきた。領主との会談である。屋敷の前に集まったのは総勢二十人ほど。冒険者ギルドからは、ギルドマスターのバリザス、ミーネさん、アレーナさん、セリエさん、エルド、ローブ野郎、俺の七人。そして、商業ギルドからはギルド長のヤンコブ、バイルさんと、上役の者が何名か。そして、他に数名の有力者たちが集った。ヤンコブが声をかけて集めてくれたのだ。
ちなみに、ローブ野郎は三回ほど不審者と間違われてしょぴかれそうになった。予想はしていたことだが、それほどここに集まった人たちは重要な人たちということなのだろう。
「クックックッ……これで私も謀反を企てる仲間入りというわけですね」
まぁ、それ以上にローブ野郎が怪しすぎるのが問題なのだが。あと、謀反は企てていない。何度も説明したつもりなのだが、どうやら分かっていないようだ。お願いだから邪魔しないことだけを祈る。
「これはこれは、お久しぶりです」
腰を低くしてそう挨拶をしてきたのはヤンコブだった。俺にではなく、バリザスにだ。
「これは、商業ギルド長。今回の協力感謝する。また、多くの者たちにも声をかけてくれたようで、こちらは嬉しく思っておる」
「それは良かったです。『称号制度』は、バイルからお聞きしました。とても良い提案でしたので、それ相応の対応をさせてもらったまでです」
ヤンコブは笑みを浮かべてそう言った。その表情はどこかひきつっている。バリザスにビビっているらしい。これは俺の想像だが、ヤンコブは領主の屋敷に出向いた事自体にビクビクしているのではないだろうか? なにせ、商業ギルドの経営状態は既に俺たちに知られてしまっている。彼が一番恐れているのは、それを領主に暴露されてしまうことではないだろうか? そう考えれば、今回の全面協力にも納得がいく。
なにはともあれ、こちらは最高の状態で挑める。それだけは、自信を持って言うことができた。
「こんにちは。この度は素晴らしい新制度の提案に、私共もお招き頂いてありがとうございます」
もう一人、バリザスに声をかけてきたのは人の良さそうな五十代前後の男だった。白髪は綺麗に整えられて、服もかなり高そうだ。見ていると、ヤンコブが集めた有力者たちの中では、リーダー的存在のようだった。
「私はダリア・モーレン・フィネスと申します。以後、お見知りおきを」
「わしは冒険者ギルドでギルドマスターをしているバリザスじゃ。こちらこそ、此度の協力、感謝する」
俺は、ダリアという名前に聞き覚えがあった。だが、すぐには思い出せずヤンコブに小声で話しかける。
「すいません、あの方は?」
「あぁ、ダリアさんですか? 彼はこのタウーレンでは有名な人ですよ。とはいえ、知らないのも無理はないかもしれません。町の一角、娼婦区画を一手に取り仕切る大の女好きですから」
その説明で思い出す。彼は、ソカの住む一端を取りまとめている人物なのだ。前にソカの家の付近まで行った際、彼女からそう説明されていたことを思い出した。
「元は貴族の出ですが、起こした事業が当たって、既にその財力は実家を越えているようです」
事業というのは、やはり女性関係のものだろう。ソカも、彼はお金持ちだと言っていた。本人で間違いない。
「見た目からは想像できませんが、抜け目なく、非道な人物だと聞いています。なんでも、気に入った女性を高値で買い、それを全額返すまで自らの経営する店で働かせるのだそうです。気を付けてくださいね」
「女性を買う?」
思わず聞き返してしまう。アスカレア王国では、奴隷制度はないからだ。
「孤児や身寄りのない女性たちに、そういった条件を提示して雇用するんですよ。お金がなく、貧しい者たちは捜せばいくらでもいますから」
もう一度ダリオという人物を見る。ヤンコブの言った通り、そんな事をする人物には思えない。たしか、ソカも彼の事は良い人だと言っていた。人は見た目によらないということなのだろうか?
「いったい、いくらで買ってるんですかね?」
「わかりません。ですが、かなりの額だと聞いたことがあります。買われた女性が店で一生働き、返せるか返せないかの額だと」
「それは……」
それから、ふと思う。
(まさか……ソカも買われたんじゃないよな?)
なんとなく頭に浮かんだ疑問だった。大抵そういったものは杞憂でおわるのが普通なのだが、何故だかその疑問だけは看過できず頭の中で大きくなっていった。
思い当たる節がいくつもあったからだ。まず、ソカが買われた女性であると定義し、ダリアに莫大な借金をかかえているとする。そう考えれば、ソカの行動に納得出来る部分がおおいにあった。
『冒険者の方が儲かるからよ』そう言ったソカの言葉は、それを裏付けるのには弱いだろうか?
「どうしました?」
ヤンコブに言われて我に返る。
「いえ……なんでも」
そう返した。再度ダリオに視線を戻すと、彼はセリエさんに挨拶をしていた。
「冒険者ギルドにも、こんなに可愛らしい女性が勤めているんですね」
「そんな……可愛らしいだなんて」
セリエさんは両手を頬に当てて喜んでいる。
「いえいえ、本当の事ですよ。冒険者は粗暴だと聞いています。大変ではないんですか?」
「大変ですけど、仕事ですから」
「それは立派だ。しかし、女性はもっと敬われるべきです。なにせ、私たちは皆偉大なる母から生まれてきた存在。女性がいなければ私たちは存在することすらなかった。そう考えれば、彼女たちの存在意義は大きい。私は、女性が自らの魅力と才能をもっと発揮できる社会をつくりたいと、そう思っています」
「そうなんですか?」
「はい。ですから魅力的な女性を目にすると、ついつい声をかけてしまいます。私の悪い癖ですね」
そこで俺は我慢できなくなり、二人に声をかける。
「なにやら、楽しそうなお話をされてますね?」
ダリオは俺を見てから笑みを消す。だが、次の瞬間には、すぐに元の表情に戻っていた。
「あなたは?」
「テプト・セッテンです。今回の『称号制度』は、自分が提案させていただきました」
「それはそれは。あなたが発起人でしたか。私はダリア・モーレン・フィネスと申します」
「少し前に、とある女性冒険者からあなたの事を聞きました。こうしてお会いする事になろうとは夢にも思ってもみませんでしたよ」
「女性冒険者? あぁ、それはソカの事では?」
こちらから聞くまでもなくソカの名前が出てきた。やはり、彼女とは繋がりがあるらしい。
「えぇ……そうです。よく分かりましたね?」
だが、わざとらしく驚いて反応する。
「ソカは、私がタウーレンに連れてきた女性の一人です。彼女には危険だから冒険者は止めた方が良いと言ったんですがね。……ソカの溢れる才能は、屈強な男たちの中においても健在のようです」
「連れてきた……とは?」
「彼女には、私の事業に参加してもらうつもりだったんですよ。それで、とある施設から引き取ったんです」
施設? ……ソカは冒険者になる前は旅芸人をしてたんじゃなかったのか?
そんな事を考えていると、目の前のダリアは悪戯っぽく笑ってみせた。
「女性の素性を詮索してはダメですよ? 男なら、黙って見守るものです。それと嫉妬深いのもいけません。たとえ、意中の女性が他の男と話をしていても我慢して見守るべきです。それを邪魔をすることは、自らの器の小ささを露呈するようなものですから」
それは、セリエさんとの会話を中断させた俺に対する嫌みのようであった。いや、実際そうなのだろう。
「……覚えておきます」
そう言って軽く頭を下げる。ここでムキになれば、相手の思う壺だからだ。
「素直な所は評価できますね。思ったよりも賢明な人のようだ。少し意地悪をしてしまい、すみませんでした」
「いえ、自分も立場を弁えずに発言してしまいました。謝ります。すいません」
「では、おあいこということで如何ですかな?」
「そうしてもらえると助かります」
彼は笑みを浮かべたまま「では、そういうことにしましょう」と言った。
そうして、彼とは一旦離れる。
「テプトくん、嫉妬してくれたの?」
すると、セリエさんが頬を赤く染めて聞いてきた。
「あのダリアという人には注意した方が良いと、商業ギルド長から教わったばかりだったので」
「ふーん。それだけ?」
セリエさんは見つめてくる。
「……なんですか」
「まぁ、いいや。心配してくれたのには変わりないんでしょう?」
「……はい」
「今はそれだけで十分」
そうして、セリエさんは照れ臭そうに微笑んだ。あまりこういったことに慣れていない俺は、追求が止んだことにホッとしていた。
「そういえば、エルドは?」
セリエさんは辺りを見回して聞いてきた。確かに見ていない。冒険者ギルドを出たときにはいたはずだが。
そう思っていると、具合の悪そうなエルドがヨロヨロと歩いてくるのを発見する。
「どこ行ってたんですか?」
「うぅ……領主様の屋敷なんて初めてだから緊張しちまってな。ちょっとその辺で休んでいた」
「ちょっと、屋敷で吐かないでよ?」
「大丈夫だ。もう胃の中には何も入ってない」
どうやら、既に吐いてきたらしい。
「頼りないわね」
「……すまん。……うっぷ」
これから行われる会談は、いろんな意味で大変なことになりそうだった。
(それにしても……ソカは……)
そこまで思ってから、その疑念を頭の隅に追いやった。今は、『称号制度』を認めてもらうことだけに集中しなけらばならない。
ダリア
娼婦区画を取り仕切る有力者。そこで働く女性たちは、彼の保有する町の一角に住んでいる。そこは男子禁制。ソカは『ダリアの十二番目の隠し子』として、貴族御用達の店に出入りしている。
一章 四十七話 「着いたお店」参照。