四十八話 動き始めた『称号制度』。ギルドに訪れた人物
冒険者管理部で仕事をしていると、そこへセリエさんがやって来た。
「テプトくん。あなたにお客さんが来てるわよ?」
「俺に……ですか?」
一階に降りると、そこにはバイルさんの姿があった。彼は俺を見つけると頭を下げてくる。それに俺も頭を下げた。
「こんにちは。今日はどうされたんですか?」
「実は、職人たちの間でとある話が持ち上がりまして、テプトさんには、そのことでお願いにきたのです」
「お願い……ですか?」
「はい。……職人たちに、テプトさんの物つくりの技術を教えてやって欲しいのです」
その言葉に、俺は眉を寄せてしまう。
「技術をですか? 俺はギルド職員ですよ?」
そう答えると、バイルさんがずいと詰め寄ってきた。
「関係ありません!!」
その迫力に、俺はたじろぐ。
「あの、見たこともない製法! 丁寧な作業の一つ一つ! そして、私たちの概念を覆す技術! あの工房で、あなたの仕事に惚れたのは私だけではありません。多くの職人たちがあなたに魅了され、そして、その仕事ぶりを評価しました。職業など関係ない! 私たちは良いものを良いと判断したに過ぎません! どうか、その素晴らしいものを、私たちにも分けてください!」
バイルさんは一気に喋った。周りの人たちは、何事か? と興味の視線を送ってくる。褒められて恥ずかしくもあったのだが、俺はバイルさんの言った『職業は関係ない』という点に関して思うところがあった。
「ギルド職員が職人に技術を教えることは、なんとも思わないんですよね?」
「はい。それで良いものが作れるなら、それほど嬉しいことはありません」
「彼らがそう願ったんですよね?」
「彼らが願ったからこそ、私は今日こうしてお願いにきたのです」
なるほど。そうか……そうなんだよな。自分が上を目指したいと思うなら、教えを乞うのに職業なんて関係ないんだよな。それは、何においても通用する本質だと思う。
目の前のバイルさんが返答を待っているなか、俺は全く別の事を考えていた。
(……まだ早いと思っていたが、アレをそこの領域まで詰めるか)
そして、とある決断をした。
「バイルさん、こちらからも一つだけお願いをしても良いですか?」
「えぇ。できることならなんでも」
「実は、とある制度の導入に協力して欲しいんです」
「とある……制度? 冒険者ギルドのですか?」
その質問に俺は首を振った。
「冒険者ギルドにてはなく、この町に導入する制度です」
その言葉に、バイルさんは首を傾げた。
「この町……ですか?」
「はい。少し長くなりますので、良ければうちの部署へ」
そう言って俺は階段を上がる。その後ろを、バイルさんがついてきた。管理部に戻る前に『安全対策部』へ行き、エルドを訪ねた。
「なんだ? テプト。……そちらの人は?」
「商業ギルドで、職人たちを統括しているバイルさんです」
「これは……いつもお世話になってます。『安全対策部』で副部長をしているエルドといいます」
「いえいえ、こちらこそ。紹介に預かりましたバイルです」
二人の挨拶が終わったところで、俺は切り出す。
「エルドさん。実は『称号制度』の事で、話を前に進めたいんです」
「あれは……今、新たな称号と依頼する所の選定で止まってるよな? ……もしや、職人たちにお願いする気なのか?」
「それも考えていますが……『称号制度』を、この冒険者ギルドたけでなく、町の制度として提案しようと思うんです」
その言葉に、エルドさんは一瞬驚き、考え込んだ。
「行く行くはそうしたいと言っていたが……うちで成功例を積み上げるのが先じゃなかったのか?」
「そう思ってました。ですが、冒険者のために時間を割いてまで何かを教えようという所はあまりありません。それは、診療所の件で理解しました。それでも、自分に出来ることを磨きあげたいと考えてる人は必ずいて、教えを乞いたいと願う人たちがたくさんいます。その人たちのために、この制度は町全体で取り組むべきだと思います」
「前に進める……か。具体的には?」
「それを今から話し合いたいんですが」
「そういうことか。……待ってろ」
そう言うと、エルドさんは身を翻して部長の所へ向かった。
「……一体、何の話ですか?」
バイルさんが聞いてくる。
「まぁ、管理部で詳しく説明しますよ」
そう答える。そこで、エルドさんが戻ってきた。
「よし、部長には言ってきたから管理部へ行こう」
「はい」
そして、俺たちはそのまま管理部へと向かった。
そこでバイルさんに『称号制度』についての説明をすると、彼は絶賛してくれた。
「良いじゃないですか! それがタウーレン全体で行われたら、人々は職に困らなくなる。それに、自分のスキルを上げるきっかけにもなれる。是非、進めましょう。もしよろしければ、私からヤンコブ様に提案して、商業ギルドからも協力してもらえるよう頼んでみます!」
それは、心強い言葉だった。
「でも、その前にある程度形は作っておきましょう。今は冒険者ギルドで導入するための形でしかありませんが、これを、町全体の取り組みとして行うなら、変えるところが多々ありますから」
「わかりました」
それから、俺たち三人は話し合って『称号制度』をタウーレンで取り組める物に変えていく。夢中でやっていたため、気がつけば外は夕暮れになっていた。見直しを行い、ちゃんとした形になったところで、話し合いを終える。
「なんか、話が急にでかくなったな?」
エルドさんが言った。
「そうですね。でも、これでようやく前に進めそうです」
「職人たちのため、何がなんでもこの事案は成功させなければなりません」
バイルさんは息巻いている。それから、バイルさんにお礼を言って別れた。その後、『称号制度』についての報告をバリザスに行うため、ギルドマスターの部屋へ向かった。
「なんじゃと? 『称号制度』をタウーレン全体の取り組みにか?」
「また……大きく出たわね」
バリザスとミーネさんは二人して驚いていた。それもそうだろう。足踏みをしていたはずの企画が、急に大きな躍進を遂げようというのだから。
「ということは、何か? まさか、領主様の屋敷に出向くということかの?」
バリザスの言葉に、俺は大きく頷いた。
「そういうことです。だから、その許可をもらいにきました」
町全体の取り組みとして行う。それはすなわち、タウーレンの取り決めごとに介入するという事になる。このタウーレンを治めているのは、領主であるため、それをするならば、その人の許可が必要になるというわけだ。
「商業ギルドときて、今度は領主様か……いとまがないのぉ」
バリザスは頭を抱えた。
「まずは、ここの会議にて領主様に提案できるものかどうかの議論を行う……何もなければ……わしも屋敷に行こう」
それからバリザスはため息を吐いた。おそらく、屋敷に行くのが億劫なのだろう。それは既に、ここで会議を行っても問題なく通ってしまうだろうと予期しているようだった。
「商業ギルドでも、同様に会議が行われるはずです。もしも向こうでもこの提案が通れば、屋敷へはギルド長も一緒に行くことになるでしょう」
「なるほど……とりあえずは、話し合いじゃな」
そうして、報告を終えた。
そして後日行われたら会議では、議事録を作るまでもないほどに呆気なく提案は可決される。もともと会議で通した提案を、少し改良したものだから、問題を指摘されるはずもなかった。もちろん、会議にはローブ野郎も参加しました。
「……くっくっくっ。今度こそ私も参加できるというわけですね?」
「いや、屋敷へは必要最低限の人数でーー」
行きます。そうローブ野郎に言おうとしてのだが、それを遮って手が上がる。
アレーナさんだった。
「私も……行きましょう。領主様が相手ならば、できる限りの戦力で向かうのが一番です」
(……は?)
「俺も行くぞ……と言いたいところだが、こっちでの仕事もある。『安全対策部』からは副部長のエルドを出そう」
安全対策部部長も手をあげた。
(……え?)
「なるほど……経験をさせるというわけですか。では、『営業部』からはセリエを。テプトさんとも交流があるようですからね」
ハゲも手を上げる。
(……ちょっと待て)
「では、冒険者ギルドからはわしとミーネ。それぞれの部署から一名ずつの戦力となるわけじゃな」
バリザスがそう言って締めようとした。待て、まだ締めるな。
「あの……戦力? 俺たちは戦いに行くわけじゃないんですよ?」
どうも皆の心が違う方へと向いている気がする。そう疑問を投げ掛けると、皆がそれぞれにため息を吐いた。
「今さら何を言うておる? わしが決めたギルド方針を忘れたのか?」
バリザスの後ろには、新しく決まったギルド方針が立派な額縁で飾られていた。
『見えざる敵を認識し、共に戦う』
「つまりは、そういうことじゃ。今度の敵は領主様ということじゃな」
それに、俺以外の皆が頷いた。何かが間違っている気がしたが、皆の満足そうな表情を見ていると、どうでも良くなってくる。確かに、領主にこれを提案し、認めてもらうということは、ある意味では戦いになるのかもしれない。
そして後日、バイルさんが冒険者ギルドへ来て、商業ギルドでも『称号制度』が認められた事を聞いた。どうやら、職人たちの声が大きな勝因に繋がったらしい。屋敷へは、ギルド長とバイルさんも行くことになった。
だんだん人数が増えてきたな。そう思っていると、バイルさんが思わぬことを教えてくれた。
「ヤンコブ様が、町の有力者に、協力してもらえるよう頼んでくれるそうです」
(……まだ増えるのか)
そして、屋敷へは領主様の都合もあるということで、謁見許可が出てからという事になった。数日はかかりそうだな。
気がつけば、今回の件はかなりの大事になっていた。この状況について、俺は報告をしなければならない人物がいる。診療所の所長だ。彼には迷惑をかけた。だが、こうして『称号制度』を大きな取り組みとして提案できるのも、所長が断ってくれたからだ。一つの組織ではどうにも出来ないこともあると教えてもらった。だから、その報告をしたかったのだ。
その日、診療所へ行くため階段を下りていくと、ロビーは異様な雰囲気に包まれていた。その中心に目をやると、受付に見慣れない冒険者がいた。紫色の長い髪をした女性の冒険者だった。
「……レイカだ」
「……戻ってきたんだ」
「どこに行ってたんだ?」
周りの冒険者たちが、『レイカ』という名前を口々にささやいた。
(レイカ? ……どこかで聞いたな)
そう思っていると。
「今すぐ……ギルドマスターを呼んで」
その女性冒険者が、冷めた声で受付の職員に言い放った。
「はい? あの……なぜですか?」
受付の職員は聞き返す。それに、女性冒険者の雰囲気が変わったのを俺は感じる。
(……これは)
不意に、冒険者ギルド内の温度が急激に下がりだした。見れば、女性冒険者の体から、白い煙のようなものが漂っている。
「……ギルドマスターを出して」
その圧倒的な雰囲気に、受付の職員は立ちすくみ、急いで階段をかけ上がっていく。バリザスを呼びに行ったのだろう。
俺は、彼女の体から上がる煙の正体に気付く。
(氷だ)
それは、紛れもなく属性『氷』の使い手である証拠。漏れでた魔力が、氷となっているのだ。
「何事じゃ!」
バリザスが急いで階段を降りてきた。そのタイミングで、俺はようやく思い出す。
『レイカ』という名前。そして、『氷魔法の使い手』。
「お主は……レイカ」
バリザスが声をあげる。
「ひさしぶり……ギルドマスター」
レイカと呼ばれた女性冒険者は、そう返した。
彼女は、このタウーレン冒険者ギルドの冒険者だ。と、同時に「捜索依頼」が出されている消息不明の冒険者でもあった。名前は『レイカ』。冒険者ランクはAである。
『レイカ』
タウーレン冒険者ギルドの冒険者。ランクA
数年前『冒険者管理部』から未達成依頼を無理矢理頼まれ、一人の冒険者が死ぬ事件が発生。その者は彼女のパーティーメンバーだった。それをキッカケに彼女は冒険者ギルドから姿を消した。
一章。六十七話『バリザスの話』参照