十四話 ギルドの闇
間違えて執筆途中で投稿していたので、修正して再投稿となりました。すいませんでした
「とりあえず、こんなものかな?」
俺、は新しく作成した報告書を見返す。
『死亡者数82人(数年分含まれるものと思われる)』
ちなみに、死亡者数が50人を越えた場合、明確な理由を記載しなければならない。理由は『ギルドマスターと管理部による、ギルドカードの確認不足』と記載した。というか、それしか思い付かなかった。そしてこういったものは、本部へと直ちに報告しなければならない。俺がそれを封書に入れた所で、部屋の扉がノックされた。
誰だ?
そう思い、「開いてますよ」と声をかける。
入ってきたのは、眼鏡を掛けた青髪の女性だった。
「あなたが新しく冒険者管理部に配属されたテプトさんですね?」
その落ち着き払った声音に、俺は「そうです」と答えた。
「それは……本部へと送る報告書ですか?」
ん?なぜ知っているんだ?そう思いながらも頷く。
「お願いがあって参りました。どうか今回の件は、目をつぶっていただけないでしょうか」
その言葉に、俺は驚いた。
「どういうことですか?というか、あなたは……」
「申し遅れました。私は経理部部長アレーナ・ミレフィナスと申します」
そう言って彼女は頭をさげた。
「経理部……」
「あなたが、その報告書を本部に送ってしまうと非常にまずいのです」
「まずいとは?」
「もしもこの件で、ギルドが『降格』を受けた場合、多くの冒険者とここで働く職員を辞めさせなければいけないからです」
アレーナさんはそう告げた。
「冒険者と職員を辞めさせる?」
「そうです。」
冒険者にもランクがあるように、ギルドにもランクというものが存在する。ギルドランクは5つ。
・ミスリルギルド
・プラチナギルド
・ゴールドギルド
・シルバーギルド
・ノーマルギルド
である。
「現在このギルドはプラチナランクです。それは、他のギルドよりも一つ上のランクで、冒険者さん達の長年の功績によるものです。そしてそれだけではありません。ここに勤めるギルド職員の頑張りでもあるのです。もしも降格となり、ノーマルの認定を受けた場合、ダンジョン階層の規制がかかります。そうなると、現在得ている収益の半分がなくなり、コスト削減のため、冒険者と職員を辞めさせなければいけなくなります」
俺は、ギルド学校で習った事柄を思い出した。
ギルドランク「ノーマル」とは、設立して三年以内のギルドにつけられるランクである。ノーマルランクは、経営が波に乗るまで本部から、何かしらの支援を受けながらギルドとしてやっていく。そして、何か問題のあったギルドも、このランクに落とすことが出来るのだ。
ノーマルランクは、ダンジョン攻略を10階層までと決めている。出来たばかりの冒険者ギルドでは、それ以上の探索は危険だと規定してあるからだ。そして、たとえ今までそれ以上の攻略をしていたギルドでも、そのランクに落とされてしまえば例外はない。支援を受けるということは、本部から監視されるということ。目の届く範囲で活動しなければならない。
「現在このギルドに所属する冒険者の人数を知っていますか?」
唐突にアレーナさんが聞いてきた。
「1132人です」
「そうです。そして、このギルドにいる職員は315人が働いています。そして彼等の生活を支えている収益の大半が、ダンジョンよりもたらされる素材や魔石なのです。それが途絶えてしまえばどうなるか分かりますか?」
「……ここは破産してしまいますね」
「はい。おそらくそうならないために、大きなリストラがあるはずです。そしてダンジョン規制は、この町タウーレンにも影響があるでしょう。今まで供給されていた物が減少すれば、この町の物価が跳ね上がります。そんな急激な変化についていける町の人が、どれ程いるのでしょうか?」
アレーナさんは、ただ単に止めろと言っているのではない。その先を見据えて、止めた方が賢明であると言いたいのだ。しかし、果たしてそれで良いのだろうか?
確かに、冒険者死亡者数を報告したところで、誰も得をしない。それどころか、損をしてしまう人が大勢出るかもしれない。しかし、ここでこれを見過ごしてしまえば、おそらく今後同じような事が起きたときに、同じ手段を取ってしまうかもしれない。そしてそれが世の中に知れわたった時、果たしてここは、自力で這い上がることが出来るのだろうか?
俺はふと、嫌な可能性が頭をよぎった。
「少し気になったんですが……なんでアレーナさんがそれを言いに来たんですか?」
「さっき、各部長にミーネさんから通達があり会議があったのです。そこで話を知り……」
「もしかして」
俺はアレーナさんの話を遮る。
「もしかして……昨年の報告書。人数の改竄を奨めたのはアレーナさんですか?」
一瞬だけ、彼女の瞳孔が開いた。……やはりか。
「ギルドのランク分けには、厳しい審査があると聞きます。その中の項目に冒険者死亡者数もあったはずです。審査基準は知りませんが、プラチナランクになれば、より多くの高ランク冒険者を抱えることができる。つまり、ダンジョン攻略をより一層推し進めることが出来るんです」
長い沈黙の後、アレーナさんが深いため息をついた。
「敵わないですね。……でも言っておきますが、ダンジョン攻略で得た収益欲しさにそんなことをしたわけじゃありませんから」
「どんな理由が?」
「この町タウーレンは、他のギルドがある町と位置的にかなり離れています。一番近いラントでも、馬で一週間はかかる。もしも、大きな災害が発生したとき、まず救援は期待できません。だからこのギルドが、災害に対応出来るだけの力をつけなければいけないのです」
「それを、そのまま本部に言ってはダメなんですか?」
「彼らは問題があったときに対応はしますが、予測だけの事では絶対に対応してくれません。私は本部にいた人間ですから、よく分かります」
……アレーナさん本部にいたのか。
「で、どうなんですか?目をつぶってくれますか?」
俺はしばらく考えた。そりゃそうだろう?
俺は今ギルド職員として、正義と悪の狭間にいる。ここで不正に加担してしまえば、戻ることはもう出来ない。ただ、アレーナさんの話は納得できる。それがこの町の為になっていることには変わりない。
ふと、昨日の町の風景が浮かんだ。多くの光と声の中に生きるタウーレンの人々。
ごめん。俺は心の中で謝った。そして、報告書が入った封書を、破り捨てた。
「アレーナさん。……もしも本気でやるつもりだったのなら、石になったギルドカードを処分すべきでしたよ」
アレーナさんはそれに、力なく笑う。
「そんなこと……出来るわけありません。彼らは私達が支える冒険者だったのですから」
俺はこの瞬間、このギルドの闇に足を踏み入れた。これでもう、このギルドとは一蓮托生となったのだ。
「あぁ、アレーナさん。一つお願いがあります」
「お願いですか?」
「はい。このギルドの一階に、受付の増設をお願いしたいんです」
「……なるほど。本当は断りたいのですが……前向きに検討してみます」
「ありがとうございます」
それからアレーナさんは、深く頭を下げて、部屋から出ていった。俺は閉められたその扉を、しばらく見つめていた。