四十四話 武器製作
その日の夜、宿屋の部屋でソカの装備と、セリエさんへのアクセサリーについて考えを巡らせていた。ラントに行ったときに約束をした件である。
(まずはソカの剣だよな)
ソカが装備しているのは片刃のショートソードである。おそらく俊敏性を考えてのものなのだろう。ランク適性試験の時、打ち合った戦いかたが基本ならショートソードというのも頷ける。考えとして悪くはないが、魔物相手では少し弱い気もした。なぜなら、魔物は、表面が固い皮膚で覆われており、いくら魔力を伝達させた剣でも、それなりの勢いと技術、力がなければ切り裂くことが出来ないからだ。それでもあの装備で冒険者をしているソカは大したものだと思う。聞けば、何度も切りつけるため剣の劣化が激しいらしい。とはいえ、ソカに一撃で魔物を倒せという方が難しいのも事実だった。
(耐久力があって、攻撃力もあるバスタードソードが理想なんだよな)
冒険者の装備する武器(剣に限るが)は、最低ラインがバスタードソードと言われている。カウルのように、背負わなければならないほどの大剣を装備している者は少ないが、ソカのようにショートソードを主武器として戦う者も少なかった。というより、女性冒険者自体が少なく、その中で前衛に出る者はもっと限られてくるだけの話なのだが。
そもそも、なぜソカは冒険者をしているのだろうか? 彼女ならばこの職業以外でも十分やっていけるだろう。彼女は『稼げるから』そう簡単に理由を言う。だが、お金がいくら好きでも冒険者まではしようとしないだろう。
謎は深まるばかりである。
まぁ、今は関係ない。と、その疑問は頭の隅に追いやって、どうしたものかと考える。それから、とても良い案を思い付いた。それは、彼女の戦い方の幅を広げる可能性があり、提案としては悪くないだろう。
彼女はどう思うだろうか? そう考えたが、まずは実践あるのみ。
次の日、仕事が終わってから商業ギルドへと向かう。バイルさんに会うためである。受付の女性に取り次いで貰うと、すぐに彼はやって来てくれた。
「これはテプトさん」
「こんにちは。その後ギルド長はどうですか?」
「はい。ヤンコブ様は真剣に職人たちの事を考えてくれているようで、今日も彼らとの話し合いに参加していました。質の良い仕事をする職人たちと、そうでない者たちの差別化を検討してます。おそらく不満を持つ者たちも出てくるとは思いますが、これで町の人たちが職人たちの仕事に対して不満を持つことは少なくなると思います」
「道は険しいですね」
「はい。……今までただ仕事を貰っていた者たちも、これを期に考えてくれると良いのですが……そういえばテプトさんは何用ですか?」
俺はバイルさんに事情を説明し、工房を少しだけ借りれないか言ってみる。
「それは構いませんが、テプトさんは鍛冶や工芸ができるのですか?」
「独学ですけど。一応実家が鍛冶屋だったので多少知識はあります」
「それはそれは。……なぜギルド職員なんかに?」
「まぁ、いろいろあって」
それに、バイルさんはつっこんではこなかった。笑顔で「そうですか」とだけ答え工房へと案内してもらった。そこは前に職人が使っていた工房で今は使われていないらしい。
「道具などの手入れもしていないので、少し不満かもしれませんが」
見れば、炉、ふいご、金床があって、道具もあるのだが、確かに手入れされていないようだった。
「大丈夫です。道具などは持ってますから」
「……どこにですか?」
俺は空間魔法でその場に鎚や鏨などの道具を出した。
「空間魔法ですか……初めて見ました」
「だから大丈夫なんです。素材も持ってますから、ここを借りれるだけでありがたいんですよ」
「ちなみに、造られる剣とは?」
「一応、バスタードソードを一振り。あとは装備品やアクセサリーなんかも作る予定です」
「期間は?」
「一週間ほどお借りしたいんですが」
「構いませんよ。今日は少し拝見してもいいですか? ギルド職員が造る剣に興味があります」
「はい。ただ、今日の工程はミスリル鉱石と、鋼の板を製作するだけになりますよ?」
「鋼……ですか? 造られるのは魔武器ですよね?」
「普通の魔武器ではないんです。俺の独学で編み出した製法なので」
「それは……ますます気になります」
そして、ソカのための剣造りが始まる。
まずは炉に火を炊いて風を送り火力を上げる。そこに保有してある鉄の鉱石を入れて不純物を取り除き、使える鋼とする。素材なんかも冒険者時代に掘って大量に保管していた。ただ、使うのは自分の装備のためか、金欠の時に売るだけで、しまったまんまになっていたのである。
それからミスリル鉱石も同じように不純物を取り除く。ここで注意しなければならないのはミスリル自体が溶けないようにすることである。
ミスリル鉱石とは魔素を多く含む鉱石なのだが、その魔素が鉱石の中で一定の『流れ』を作り、一つの存在として成り立っている。もしもミスリルが損傷してしまえば、魔素が霧散して何の価値もない石になってしまうのだ。だからミスリル鉱石の扱いには注意が必要だった。そして、より多くの不純物を取り去ったミスリル鉱石は純度が高く、高値で売れた。
俺はその限界を見極める。見極め方は、ミスリルが発する魔力の最大値を感じること。もしも、それを過ぎれば途端に石へと変わるのだ。
俺はとあるスキルを発動した。
『魔眼』。これは、対象の魔力値を見るためのスキルである。もちろん魔物にも有効で、使えばどれくらいの魔力を持っているか分かった。
重ねて『魔の呼応』を発動した。これは、よくダンジョンなどで使用したスキルである。ダンジョンの壁にはゴーレムが潜んでいることがあるのだが、ゴーレムは生き物ではないため、気配を感じ取れない。だが、これを使うと耳に魔石の鼓動を感じることができた。これがミスリル鉱石にも使えるのだと知ったのは後々になってからである。
ミスリル鉱石を炉に入れてから片時も目を離さずにいると、やがてミスリル鉱石が『魔眼』の視界で輝き始める。耳に聴こえてくる鼓動はだんだんと大きくなり、それが目では見てられないほどに、頭にも響くほどに存在が増したところでミスリル鉱石を取り出した。
「……いつ取り出すのかと思っていましたよ」
隣で、バイルさんが息を吐いた。
それから、鋼の方も取り出し、金床で叩いて伸ばし、素材自体を鍛えていく。ミスリルも同様に行っていくのだが、先で述べた通り損傷させてはならない。だから、打つのではなく形を整える。といった方が適切だろう。そしてミスリルは、形を剣にするだけで十分魔武器として使えるものになるのだが、今回俺が造ろうとしているものはもっと手が込んでいる。だから、ミスリルは長く伸ばして終わらした。
「ミスリルを剣の形にしないのですか?」
バイルさんが聞いてくる。
「ミスリル武器は一般的ですが耐久力がないですよね。だから、今回は鋼と接合させるんです」
「鉄と鋼ではなく、ミスリルと鋼ですか? この剣は冒険者が使うんですよね?」
「はい」
「ミスリルの部分には魔力が伝達しますが、鋼には魔力が伝達しませんよ? それでも使われるんですか?」
「気になるなら明日も見にきますか?」
「……そうします」
その日はそれで工程を終えた。
そして翌日、工房に行くと凄いことになっていた。バイルさんたけでなく、何人もの鍛冶職人がいたのである。
「すみません。他の者に話したら是非見たいと言われまして」
申し訳なさそうにバイルさんは言う。
「構いませんが……仕事は?」
「ギルド職員が俺らの真似事するんじゃ黙ってられなくてな」
「なんだか知らねーが、珍しい武器を造るっていうじゃねーか。気になってよ」
「……はぁ。そうですか」
その日は、ミスリルと鋼を繋ぎ、剣として形作る作業を行った。
使うスキルは『槌術』『連撃』『加減』など、鍛練に必要なスキルである、とはいえ、これらは鍛冶の中で修得したスキルではなく、ほぼ戦闘の中で修得したものばかりであった。火で熱した後にミスリルを鋼で包み、ひたすら打っていく。それは集中力のいる作業である。なにせ、打ち方を間違えれば素材がダメになってしまうのだ。
一打ちごとに、周りの職人たちから感嘆の息が漏れた。やがて、その息すらも聴こえなくなるほどに集中していく。
(まだか?)
打つと火花が飛んだ。額には汗をかき、顔はジリジリと焦げる。
(まだか?)
『魔の呼応』を使うと、鋼の中で魔の鼓動が聴こえる。それは、だんだんと鋼に伝染していく。
そして、その時はきた。突然頭の中に、造るべき剣の形が浮かび上がったのだ。自然と槌をその形になるように打つ。まるで、俺が形作るのではなく、それが自らその姿へと変わるかのように剣ができていく。
取り憑かれたように槌を振るった。
やがて、剣としての形が造られる。その工程を終えると俺は集中の糸を切ってその場に座り込む。その途端に、周りでも職人たちが息をはいて座り込んだ。それに気づいて職人たちもいたことを思い出した。
「なんだよ……これ」
「ずっと緊張しちまった」
「俺もだ……なんというか、すごいもんを見た気がする」
職人たちの言っていることは要領を得ず意味不明であったが、彼らも汗をかいていた。外を見れば真夜中だった。仕事が終わってから俺は、かなりの時間ここで作業をしていたらしい。
「明日も来ますか?」
そう聞くと、彼らはすぐに頷いた。