四十一話 本部と支部に派遣される違い
「そういえば、ニーナ。他にも呼ぶはずだったんだよな?」
唐突にオーエンが言った。
「えぇ。そうよ。同期は呼べるだけ呼ぶつもりだったわ。結局このメンバーだけ来たけど」
ニーナはそう返すと、何故だか腕をくんで怒りを露にした。
「原因は王都のギルドに行った奴等よ。手紙を送ったら『支部ギルドの奴等とは飲めない』って返事が来たわ。なによそれ? まだ三ヶ月しかたってないのに、もう格下扱い? 馬鹿にするのも大概にしなさい!」
バンッ! と机を叩いたニーナは、歯軋りをしてオーエンを睨み付けた。
「おっ、俺に怒るなよ。それにしても、確かにそれは酷いな」
ビクッ! とオーエンが震える。
「第五位から十位までの人たちは、みんな王都の本部に行っちゃったよね。逆に私たちが行かなかったのが不思議なくらい」
アスミヤが呟いた。
代々、冒険者ギルド学校で優秀な成績を修めた者は、必ずといっていいほど王都の本部へと派遣される。にも関わらず、何故だか首席だった俺を含め四位までのオーエンは支部ギルドへと派遣されていた。
「あなたたち、何か嫌われるようなことしたんじゃない?」
ソカの言葉に、同期たちはギクリとした。優秀だったのはあくまで成績の話である。日常での態度が良かったかと言えば、実はそうではなかった。ニーナは試験一週間前になると必ず当日まで無断欠席をしていたし、オーエンは日雇いの仕事をするため度々いなかった。アスミヤは服が汚れるとの理由で実践訓練には参加せず、トルストは各教科ごとのノルマをクリアした途端、堕落した。
「ちゃんとしていたのは俺だけじゃねーか」
自慢ではなく、事実そうなのである。
「でも、そんなテプトくんが一番人気のないタウーレンに飛ばされたんだよね」
アスミヤが冷静に告げた。
「やっぱり、あなたたちの代でもタウーレンは人気なかったのね」
セリエさんもため息混じりにそう言った。
「なんで?」
ソカが小首を傾げる。それに答える者はいない。『冒険者が多くて扱いが難しいから』とは、本人たちには口が裂けても言えるわけがない。
「とっ、ともかく! 奴等よりも優秀だった私たちが、本部に選ばれなかったのは納得できないわ!」
ニーナは再び叫んだ。
「僕はその理由知ってるよ」
トルストが何気なく言って、全員が彼に視線を向ける。
「なんであんたがそんなこと知ってるのよ!」
「いや、確証はないけど本部に行った五位から十位までの連中と、僕たちの違いなら知ってる」
静まりかえる部屋の空気。トルストだけか、黙々と食事を口に運んでいた。
「あぁ、知りたいの?」
それに全員が頷いた。
「しょうがないなぁ。……皆は卒業が間近に迫った時に行われた講師との面談は覚えてる?」
面談……言われて微かに思い出す。それは、今後について不安はないか? などを聞かれた簡単なものだった。
「その面談の最後の質問なんだけど」
「確か、『冒険者のために命を賭けられるか?』だったか?」
オーエンが顎に手を当てて言った。
「違うわ。『冒険者ギルドのために命を賭けられるか?』よ」
ニーナが言ったが、アスミヤがやれやれと首を振る。
「違うよ。『平和の為に命を賭けられるか?』だよね」
「なんで皆うろ覚えなんだよ。テプトは?」
「覚えてない。セリエさんは覚えてますか?」
「何年前の事だと思ってるのよ? 覚えてるわけないじゃない」
はぁ。トルストはため息を吐いた。
「正しくは『この国は冒険者ギルドによって平穏を保たれてると言っても過言ではない。冒険者は命を賭けて魔物と戦っている。そんな彼らを支援するあなたたちもそれほどの覚悟を持ち得ていますか?』だよ」
「お前、よくそんな長い台詞覚えてたな」
オーエンが感嘆の声を発した。
「明らかにこの質問だけ他のとは違ってたから、不審に思ったんだ。で? 皆はなんて答えたの?」
「もちろん、いいえと答えたわ。だいたいその質問おかしくない? まるで私たちが死ぬ状況に陥るみたいじゃない」
「俺もないと答えた。死ぬ覚悟があるなら、冒険者やってるからな」
「平穏が保たれてるのは確かに冒険者ギルドのお陰もあるかもしれないけど、それは言い過ぎよ。国の治安を守っているのは王様と領主よ? そこは勘違いしないでほしかったから私もいいえと答えたわ」
さっきまで質問さえ覚えていなかったのに、三人は途端にそう言い出した。
「……テプトは?」
まぁ、俺も質問を聞いて思い出せた。
「言いたくないな」
「ふぅん。でも、否定的な言葉だったんでしょ?」
「まぁ」
「実はね? 後々他の奴等に聞いたら、ほとんどの連中がこの質問に対して、はいと答えているんだ。もちろん、五位から十位までもそう答えたらしいよ」
「……うっそ」
「マジかよ」
「正気とは思えません」
「くくっ……だよね? 僕たちはアスミヤから政策なんかを聞いて貴族の苦労を知ってたし、テプトから冒険者がいかに自由気ままであるかを聞いて知ってた。これは仕事であって使命じゃないと、僕らはいつも話してた。だってニーナはギルド職員じゃなくて国の管理をするのが夢だったし、オーエンは幸せな家庭を築くのが夢。アスミヤはまともな男に貰われるのが目標で、テプトは…英雄だったっけ?」
「ブホッ!」
アスミヤ、やめなさい。
「確かに命を賭けて何かをするのは美徳かもしれないけど、それは求められてするものじゃない。命は僕らの自由だよ。それが分かってたから、僕らはそれを意図して拒絶できたんだ。でも、他の奴等は違ったみたいだね」
「それじゃ……あの時、はいと答えていれば本部に行けたわけ?」
「可能性はあるね」
「なによそれ! たったそれだけで派遣先を決められたの? ふざけんじゃないわよ! 長い学校生活で決めなさいよ!」
ニーナは癇癪を起こす。負けず嫌いの彼女にとって、他人に評価を下げられることは苦痛でしかないのだ。それが、自分の意図せぬ所で勝手に行われたのだから尚更だろう。
「でもよ。結果的は良かったんじゃねーのか? 俺の所、本部から左遷された先輩がいるが、周りからは嫌われてるぞ? 何にでも口出ししてくるから、功績を上げて本部に戻りたいだけだって言われてる」
オーエンは思い出したように言う。
「私の所もいるよ。凄く良い人で、もう本部には戻りたくないって言ってたけど」
アスミヤも付け足した。俺はアレーナさんの言葉を思い出した。「腐っているのは本部です」それは、間違いないのかもしれない。命を賭けられますか? 覚悟はありますか? まだ冒険者ギルドの事を全て理解していない者たちにそう問いつめて、肯定した者だけを仲間に引き込んで、本部とは何なのだろうか?
「まぁ、あくまで僕の推察に過ぎないけどね? でもあながち間違ってはいないと思うよ」
トルストはそう言って締め括る。そこに今さら怒りを覚えたところで、何かが変わるわけではない。ニーナも無言で座り直した。
そして、俺はあの時の事をもう一度思い出していた。
「では最後の質問です。この国は冒険者ギルドによって平穏を保たれてると言っても過言ではありません。冒険者は命を賭けて魔物と戦っています。そんな彼らを支援するあなたもそれほどの覚悟を持ち得ていますか?」
「何を言ってるんですか?」
「だから……あなたはーー」
「冒険者が命を賭ける? 賭けなくてもいいように冒険者ギルドがあるんじゃないんですか?」
「それはそうですが、彼らがいなければ魔物は倒せません。そして戦いには常に命の危険が伴います」
「冒険者にとって魔物を倒すことは生きるための術で、死を賭けた使命じゃありません。それに、命の危険を伴って戦うのは馬鹿だけがやることです。だから冒険者規定があって、ランクがあって、パーティーがあるんじゃないんですか? それをここで教えてきたんじゃないんですか? それが必要ないなら、俺はここにはいない! ルールを無視して馬鹿になれるなら……それが認められるなら、俺はまだ冒険者をしていたよ!」
「てっ、テプトくん。落ち着きなさい。私が言っているのは仮定の話です。もしも魔物が大量に発生し、冒険者たちが命を賭けて人々を守ろうとする。その時、あなたも共に覚悟をもてるか? と聞いているのです」
「あぁ……持てますよ。ただし、命を賭けるほどに値する者たちならば……の話です。町の人たちが守るべき人たちで、支援すべき冒険者たちが、その決意を胸に秘めるのならば俺も喜んで覚悟しましょう」
「……ではそうでない場合は?」
「くっくっ……その時は、俺が魔物全部を倒して英雄にでもなりますよ。たとえどんな人間であろうと、俺がギルド職員として成すべきことは変わりません。腐っても、町の人たちのため冒険者のために這いずり回りますよ。ご心配なく」
「……わかりました。馬鹿な質問をしましたね。面談は以上です」
俺は思い出してから額に手を当てた。
(タウーレンに派遣されたのは、あれが原因か)
見れば、セリエさんも額を指で押して悩ましげにしている。なんとなく、彼女も同じように思い出して後悔している気がした。




