四十話 同期会
ラントの中心区は人々が行き交い賑わいを見せていた。その光景を久しぶりに目にして、とても懐かしい気分になる。冒険者を辞めて三年と少しの月日が経った今でも、ラントの町は変わることなくそこに在った。
俺はニーナからの手紙を懐から出すと、店の名前を確認する。場所は知っていた。そこへと歩いて向かう。
『混沌のオアシス』
その店の名前は、一見すると食事所とは思えない。俺はラントにいたから分かってはいるが、初めて来た人は名前に戸惑って入れないのではないだろうか? だが、ラントの町の人や冒険者からはとても人気で「じゃあ混沌に集合!」や「オアシスに行こうぜ!」等というカオスな会話が繰り広げられている。カオスは混沌という意味のため、もう何がなんだか分からなくなってくる。
店に入り、店員が人数を確認してきた所でニーナの名前を出すと、すぐに別室へと案内された。その途中、チラリと店内を見回せば沢山の人が酒を片手に盛り上がっている。
(変わらないな)
思わず顔が綻んでしまった。
別室は二階にあるため階段を上がり指定された扉を開けると、中で盛り上がっていた空気が止まり、一斉に視線が集まった。
それは、冒険者ギルド学校時代に馬鹿をやってきた面々。まだ三ヶ月前に別れたばかりだというのに、長い時の末再開したかのような気持ちが溢れてきた。
「てっ……テプト。テプトじゃねーか!!」
一番手前に座っていた茶髪の男がわなわなと震えながら立ち上がる。彼の名はオーエン。冒険者ギルド学校の最終成績は四位で、俺より五つも年上の男である。現在はカルバストというところの冒険者ギルドで勤務中。
「オーエン。久しぶり」
そう声をかけると、オーエンは表情を崩し出てきた涙をがしがしと拭った。情に熱く涙脆い。うちのギルドで言えばエルドと似たタイプの男だった。
「ようやく来たのね? 遅かったじゃない」
奥で立ち上がってどや顔を見せるのは今回の主催者、ニーナである。
金髪の長い髪をツインテールする彼女は低い身長もあってか少し子供っぽくも思える。年は俺よりも二個下の十八才。俺たちの中では最年少であり、性格も子供のためニックネームは敬愛を込めて『ニーナ嬢』と呼ばれていた。これでも最終成績は二位。どや顔になるのも無理はないだろう。現在はラントの冒険者ギルドで勤務中。
「遅かったって、お前の手紙の方が遅いだろ。届いたの昨日だぞ」
「あら、でもテプトは魔法ですぐに来れるでしょ?」
「こっちにも都合があるんだから、もっと考えて手紙は送れよ」
「はーいはい。ごめんなさい」
これは後で説教コースだな。
「まぁまぁ、それよりも座りなよ。久しぶりに集まったんだからさ」
そして笑顔で声をかけてくる爽やかな青年。最終成績は……確か下から数えて何番目か。名をトルストと言い、「何事も無難に」が彼の口癖だった。オーエンと同じく、カルバストの冒険者ギルドで勤務中。
「テプトの為にアスミヤの横を開けておいたからさ」
「ちょっと、トルスト止めてよ! 私そういうんじゃないから!」
そしてトルストの背中をバシバシと叩く女性。彼女はアスミヤ。最終成績は三位であり、出身は貴族のご令嬢である。現在は、ニーナと同じくラントの冒険者ギルドで勤務中である。アスミヤと俺は、ギルド学校時代周りからお似合いカップルともてはやされていじられていた。俺にはそんな気などなかったのだが、どうやらアスミヤにはあったらしい。ギルド学校卒業の日に告白されたのだが、俺はそれを丁重に断った。彼女は令嬢のため、地位ある男からの申し出があってもおかしくはないのだ。本人は数人の姉たちがいるからギルド職員をやっても問題ないと言っていたが、おそらく数年もすれば男を見つけて辞めるだろう。ニーナを差し置いて最も男たちを虜にした清楚な黒髪の女性である。とはいえ、勝ち気でがさつなニーナを良いという男は居なかったが。
「テプト。今、私に失礼な事を考えなかった?」
「いや、別に」
視線があって、鋭い勘繰りを見せるニーナ。アスミヤに視線を戻すと、彼女はうつむいてしまった。告白された日から会ってないのだから、そりゃ気まずいだろう。俺だって横に座るのは気が引ける。
ニーナ嬢(第二位)
令嬢アスミヤ(第三位)
オーエン(第四位)
無難男トルスト(下から何番目か)
部屋ではこの四人が先に宴会を始めていた。彼らこそ、三年間の学校生活で俺が最もつるんでいた友人たちであった。
「ちょっと、いつまで入り口で突っ立ってるのよ」
後ろからソカに文句を言われる。
「あぁ、悪いな」
そう言って、入口から退いてソカとセリエさんを通した。
「「「「え?」」」」
旧友たちが驚きの声を上げる。そうなるよなぁ。
「ごめん。いろいろあってタウーレンから二人連れてきてしまった。こちらは、うちのギルドで受付を担当しているセリエさん。こっちは冒険者のソカ。二人を参加させても良いか?」
セリエさんは頭をペコリと下げ、ソカは仁王立ちだ。部屋はまだ十分にスペースがあるし、皆の承諾があるなら問題ないようにも思える。答えを待っていると、手前に座っていたオーエンとトルストがいきなり立ち上がった。
「テプト。男同士の話がある」
「俺も。少しトイレに行こうよ」
オーエンは右肩に、トルストは左肩に手を置いてきた。その指が食い込んでくる。
「いででで!」
「「悪い、ちょっと戦争をしてくる」」
「いってらっしゃーい」
ニーナが呆れたように手を振り、俺は二人に引きずられてトイレへと誘拐された。
ーーートイレにて。
「おい、どういうことだ? 説明をしてもらおうか?」
オーエンの首筋には太い血管が浮き出て、口からは魔力が漏れ出ている。心なしか目は爛々と光り、見せた歯は鋭く尖っていた。魔物かよ。
「いやー恐れいったよ。まさか自慢気に美女を二人も連れてくるなんてね? さすがはテプト。だけど、君はやりすぎた。僕らの逆鱗に触れすぎた。無難に一人で来れば、死なずに済んだのにね?」
笑顔でトルストは言う。
「死ぬって……お前ら」
「あぁ。この店も災難だな? まさか営業中に死人を出しちまうとは」
「でも仕方ないよね? 万死に値するほどの罪を犯したんだからさ?」
俺はとんでもない想像に自然と苦笑いが出てしまう。
「まさかお前ら……嫉妬心に身を任せて俺を殺す気か?」
すると二人は笑みを浮かべた。
「嫉妬で友人を殺す? そんな馬鹿な話があるかよ? 俺たちはただ、二人もの美女を独り占めにしようとする罪人に罰を下すだけだ。フシャーーー!!(魔息)」
「そうそう。世の中の不公平を正そうとしているだけなんだ。協力してくれるよね? テプト」
「結局殺す気じゃねーか! 何が罪だよ。お前らに断罪される謂れはない」
「罪を認めんか。なら、仕方ないな。その体に教え込むまで」
両手の骨を鳴らすオーエン。
「早く認めた方が楽になるよ? じゃないと血を見ることになる」
トルストは笑って拳を握った。
「もう、話し合いの余地はないのか?」
「「ない」」
「俺たちは友人じゃなかったのか?」
「「勘違いだ」」
「……くそっ」
俺は無罪だ。それが証明出来ぬのならば、いっそのこと、罪の主張自体を取り下げさせればいいのだ。
つまり。
「お前らを消せば俺は悪くないんだな?」
「「出来るのか? お前に!!」」
そして、『混沌のオワシス』二階のトイレにて、男たちの醜い争いが繰り広げられた。勝者はもちろん俺である。
部屋に戻ると、呆れ顔のニーナが出迎えてくれた。
「おかえりー。あんたら、どうして顔を突き合わせたらしょうもない理由で喧嘩するわけ? ここまで肉と骨のぶつかり合う音が聞こえてたわよ?」
「あぁ、あれは挨拶みたいなものだ」
部屋ではセリエさんとソカも加わり、まるで女子会のような雰囲気になっていた。
「二人はどうしたの?」
アスミヤが恐る恐る聞いてくる。
「トイレの床で転がってる。そのうち起きてくるだろ。流してやろうかと思ったが、常備されてる水の魔石じゃ二人も流れそうになかったからな」
笑顔で答えると、アスミヤはハハッと苦笑いをした。
「それで二人は参加しても良いのか?」
「良いも何も、ここまで来たんだったら歓迎するしかないじゃない。それに、本当はもっと呼ぶはずだったし、女子が増えるのは大歓迎よ」
ニーナはそう言って親指を立てた。
「まぁ、仕方ないよね」
アスミヤは少しだけ俺を睨んでそう言う。机を見れば、既にソカとセリエさんの分も飲み物が追加されていた。
「ありがとう」
そう言い、俺も座った。俺がトイレで殴りあいをしている間、四人はそれなりに話しをしていたようで仲良くなっていた。
「これ、私のオススメなの」(ニーナ)
「どれどれ? ……美味しい」(セリエさん)
「でしょ!?」(ニーナ)
「私にも食べさせてよ。……いけるじゃん」(ソカ)
「少し私も貰っていい? ……本当だ」(アスミヤ)
もうこれだけで、四人には自然な笑顔が浮かんでいた。共感力が半端なく高い。ちなみにこれを俺とオーエン、トルストでやるとこうなるはずだ。
「おい、これ旨いぞ」(オーエン)
「当たり前だろ? それで商売してんだから」(俺)
「お前のも旨そうだな? くれよトルスト」(オーエン)
「あげないよ。自分で頼みなよ」(トルスト)
「なんだと? ちょっとくれても良いだろ」(オーエン)
「おいおい、喧嘩はやめろよ」(俺)
「ならテプト、お前のを食べさせてくれよ」(オーエン)
「……それとは話が別だ」(俺)
「…………フシャーーー」(魔物化オーエン)
「「仕方ないな」」(俺とトルスト)
戦争勃発。
オーエンは食欲旺盛のため彼に食べ物を分け与えると、思ってる以上に取られてしまう。だから、それをさせないように彼からも食べ物は貰わないことにしていた。そんなこと考えなければ楽しく出来るのに、俺たちはいつも些細な事で喧嘩をしていた。言ってみればアホだったのである。そんな彼らが変わらずにいてくれるというのは、嬉しいことだった。
「そういえば、テプトがラントで冒険者やってた頃、とある緊急の臨時召集があったのよ。目的は魔物掃討作戦」
ニーナがそんな話をし始める。俺は何のことだかすぐに分かった。俺が冒険者をしていて、臨時召集があったのは一回しかないからだ。
「おい、ニーナ。それは」
すぐに話を止めようとしたが、その俺の反応が気になったのか周りが興味を持ってしまった。
「なによ? テプトに都合の悪い話なの?」
「いや、都合が悪いというかなんというか」
「テプトくんがらみ? なになに? 教えてニーナちゃん」
「私も聞きたいな」
しまった。俺は顔を手で覆う。
「実はね? ダンジョンでスライムが急激に多くなってるという報告が、冒険者からあったの。調べたら、ダンジョンの中に隠し部屋があって、そこにスライムが大量発生していたらしいのよ」
「変な異変ね?」
セリエさんが首をひねる。……あぁ。
「スライムってランダムでしょ? 確かに集中しているのはおかしいわね」
ソカも同意した。……うぅ。
「ダンジョンの異変なら、かなり大変な事態だよね」
アスミヤが意見する。……止めてくれぇ。
「その報告書の最後にはこう書いてあったわ。『冒険者テプト・セッテンによる人為的な養殖と判明。この者を厳しく処罰し、今後作為的に魔物を増やすことがないよう厳命する』」
瞬間、部屋の中に笑いが起こった。
「ちょっと待って、テプトが原因だったの? なにそれ」
腹を抱えて笑いだすソカ。
「スライム養殖って……」
セリエさんは堪えているが、肩がプルプルと震えていた。
「それで冒険者を集めての大規模な掃討作戦? それは……ブホッ!」
アスミヤは、令嬢らしからぬ吹き出しかたをした。
「悪かったな。あの頃はスライムの研究にハマってたんだよ」
今でも思い出す悪夢。冒険者が多くいる中、見覚えのあるスライム研究所(ダンジョンの隠し部屋)に突撃しようという所で、慌てて俺は指揮官の冒険者に事情を説明した。その後冒険者ギルドでも事情を説明し、こってりと絞られたあの日。
「しかもテプトの報告書はまだあってね? その後も『冒険者テプト・セッテンよりランク外の単独魔物討伐を受領。この者には適性な討伐に従事させることを指導した』なんていう報告書もあったのよ」
「ちょっと……さすがはテプト。やることが違う……わね」
ソカは既に息も絶え絶えだ。
「……だめ。笑い死ぬ」
セリエさんもうずくまってしまった。
「たぶん自信満々に魔物討伐を提出したんだよね? その顔を思い浮かべると……ブホッ!」
その吹き出し方やめなさい。
「あの頃は、それで良いと思ってたんだよ。若気のいたりだ」
ランク外の魔物討伐をすれば皆が評価してくれる。そんな事を俺は本気で信じていた。だが、ギルド職員から言われたのは「あなた方冒険者を守るために設けられた最低限のルールは守ってください。真似をした冒険者が増えて、死人を出したらどうするんです?」そういった叱咤だった。それから俺は表上ルールに沿った冒険者活動をするも、ルールに従えば従う程に身動きが取れなくなっていき、結局冒険者を辞めることになった。あの頃は本当にアホだったと思う。既存のルールを変える努力もせず、ただ言われるがままを繰り返していたのだから。
ギルド職員になった今なら分かる。評価とは、設けられたルールの中で結果を出した者のみに与えられる栄誉なのだと。それを覆したくばルールを変えるか、それ以上の功績を持って正当性を証明しなければならない。
話がひとしきり盛り上がった所で、扉が開いてオーエンとトルストが戻ってきた。
「くそっ、やっぱテプトに負けたのか」
「そうみたいですね」
二人も加わり、ようやく同期会は再開された。
混沌のオアシス
ラントは集落が集合して出来た町のため、区によって町並みが変わる。その中のオアシスでありたいとの願いから店の主人が命名した。