三十九話 面倒臭い男の、恋愛こねくり回し術
ラントの町はいくつかの区に分かれている。中心にある区に店などが並んでいるためどうしても外側の区は閑散としてしまうのだ。俺たちが転移したのは外側にある区の一角で、ニーナの指定している店は中心区にあった。
「ソカどうする? 一応魔力回復のポーションがあるからお前だけならタウーレンに帰してやれるけど」
「せっかく連れてこられたんだし、私もその会に参加するわ」
そんなことを言い出した。
「いや、だから参加できないんだって」
「そこの受付の人は参加しなくていいわけ?」
問われたセリエさんは微妙な表情をする。
「セリエよ。……でも、私が参加したら邪魔になるし」
「そう? 別に大丈夫じゃない?」
平然とそう言ったソカ。それを決めるのはお前じゃないんだけどな。
「テプト。あなたが間違えて私を連れてきたんだから、最後まで面倒見てよね」
「だから責任持って帰してやるって言ってるだろ」
「嫌よ。それよりもギルド学校の友人たちって興味があるわ」
……嫌って。
「あなたの昔の話が聞けそうだもの。ねぇ? セリエさんは興味ないの?」
俺の昔話なんか誰得なんだよ。
「興味は……ある」
……あるんですか。そういえば、前にセリエさんと飯に行った時も俺の話を聞きたがっていた。そんなものなのだろうか? 見れば、ソカは既についてくる気のようだ。セリエさんは遠慮しているのか、それでも願うような目をしている。
ため息を吐いた。
「向こうがダメって行ったら無理ですよ?」
「いいの?」
「別に、俺だって過去を隠しているわけじゃないですから。それよりも、そんな話を聞きたいなんて二人とも物好きですね」
冗談混じりに肩をすくめてそう言ったら、不意にソカがスッと近寄ってきて俺の喉元に手を添えた。
「まだ分からないの? それとも口で言わなきゃダメ? 私は興味のあるものにしか近づかないの」
「……うっ」
目だけ動かしてソカを見る。その赤い瞳は真っ直ぐに俺に向けられていた。興味のあるもの……それはソカにとって、どういった位置にあるものなのだろうか。その言葉を素直に受け取ってしまっても、勘違いは起きないのだろうか? セリエさんに視線を動かすと、目と目があい彼女はそれを逸らす。その反応はまるで、ソカの発言を肯定してしまいかねないような逸らし方だった。そういうことで良いのか?
俺はこの世界に転生してから恋愛をしたことがない。する余裕もなかったし、今となってはする必要すら感じていない。というのも、転生前に一度だけ付き合った彼女と別れた事が原因だと思う。
その子とは中学の時に付き合った。告白は向こうからで、特に俺はその子のことはどうとも思っていなかったが、彼女がいるというステータスが欲しくて告白を受け入れた。その後、付き合い始めたが何かしたという訳ではない。通学を共にして、空いた少しの時間を一緒に過ごしただけだった。そして三年生の卒業が近づき、俺とその子はなんとなく別れた。その時に、彼女は俺のことを本気で好きじゃなかったのだと理解し、同様に俺もそうだったのだと理解した。それは、恋愛と呼べるかどうかも分からないものだった。
その時に思ったのである。本気になれなければ、恋愛には触れてはいけないのかもしれない、と。それは、かなり童貞臭漂う考えであると分かってはいたが、気持ちがついていかなかった。
高校、大学と、遊びのように恋愛をする友人たちを見て思ったのは、羨ましいというより、それによって起こるイザコザが面倒くさそうだ、という事ばかりだった。ただ悔しかったのは覚えている。それは、彼女の有無で生まれる勝利者と敗者という偏見的考え方の中において、俺は敗者だったからだ。恋愛とは全く関係ない。
そしてこの世界では、恋愛と結婚はかなり近い関係として思われていた。それはほぼほぼイコールとしての間柄であり、遊びという言葉は連想さえされないものであった。それは、今の俺にとって合っている世界なのかもしれない。まぁ、ソカに至っては怪しいところがあるものの、恋愛とはそういう見方をされている。結論を言えば、俺は結婚をするつもりがない。
そして俺は改めて二人を見た。セリエさんもソカも女性として十分過ぎる程に魅力を持っている。だが、果たしてその魅力俺の中で恋愛となるのだろうか? それとも、魅力を感じている時点で恋愛なのだろうか?
正直わからなかった。
「わかった」
それだけ言う。考えたところで答えなど出るはずもない。今は、二人とも俺の同期会に参加したいという事だけ理解してさえいれば良いのだ。ここで余計なことを言う必要はない。
「友人に頼んで参加するよう言います」
それから、踵を返してラントの中心区に向かう。日が沈んだせいか、辺りは急に暗くなり始め、街灯の魔石が明るく灯りだす。
俺たち三人は終止無言で歩いた。おそらく、俺と同じように考えごとをしているのだろう。ただ、口笛を吹きながら歩くソカは、それには該当しないように思える。気楽なのか、はたまた何も考えていないのか知らないが、その聞いたことのないメロディだけが気まずげに歩く三人の雰囲気を緩和してくれているようにも思えた。