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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
騒がしいタウーレンの町編
128/206

三十五話 カオスな交渉

「どうしたら、うちに依頼が来るのか……ですか?」

「そうじゃ。知りたくはないか?」


呆然としていたその表情が徐々に引き締まり、ヤンコブは眉を寄せた。


「いえ、結構ですよ」


どうやら彼は気づいたらしい。これ以上の言葉を受け入れてしまえば、プライドに傷がつきかねないということを。なにせ、自分の専門分野のアドバイスを他の者から受けることになるのだ。もしもそのアドバイスが的確でなかったとしても、聞いてしまった時点で彼は格下と成り下がる。


だが、既にお粗末な要求をバリザスにしている時点で、格下は確定してしまっている。恨むなら自分を恨まねばなるまい。


「そもそも冒険者ギルドのあなた方に、なぜ私が教えを請わねばならないのです? 納得出来る答えがあるなら聞きたいものです」


「……テプト。教えよ」


(あー、思い浮かばないのね? 了解した)


俺はヤンコブの前に出る。


「きっ、君は?」

「お初にお目にかかります。冒険者ギルド 冒険者管理部部長 テプト・セッテンです」

「……冒険者管理部」

「私たちは冒険者ギルドという看板の下、仕事をしています。名前だけでは冒険者サイドの支援を主にしているだけかと思われがちですが、実は違います。冒険者は魔物に対抗しうる力を持つ稀有な人たちです。そして、それ故に普通の人たちから敬遠されてしまう事もしばしば。彼らの立場を守り、さらに普通の人たちに理解を求めることも私たちの仕事なのです。そのため、町の人たちとの繋がりも疎かに出来ません。商業ギルドとは町と町、店と店、人と人との繋がりがなければ成立しない仕事だと聞きました。ここに関して間違いはありますか?」

「……いえ、その通りです」

「ならば私たちが大切にしている繋がりと、そちらが大切にしている繋がり、これは全くの別物でしょうか?」


ヤンコブは再び唇を噛み締める。どうやら、俺の言いたいことが分かってきたらしいな。繋がりを大切にするというのは、商業ギルドも冒険者ギルドも変わらないのだ。もしも違うのであればこちらが聞きたいくらいだ。だが、そんなはずはない。だからヤンコブはこの問答にNOというしかない。


「……いえ、違います」

認めたな?

「だからギルドマスターは、ギルド長に私たちの繋がりを教えてあげようと提案したんです。ね? ギルドマスター!!」


俺はバリザスに振り返った。この見事なパス、あとはシュートするだけ。


「……むっ!? うっ……あう、あうあうあー」


バリザスは、それを見事にスカした。その場に、冷たい風が吹いた気がした。


「……バリザス様?」


ミーネさんが呟いた。



「すいません。少しだけトイレをお借りしてもよろしいですか?」

冷静にヤンコブに尋ねる。

「えっ? え、えぇ。……扉を出て左ですが」

「それでは失礼して」


俺は扉を出る。その後をバリザスが当然のようについてくる。どちらかがトイレを宣言した場合、作戦会議を行うものとしてついていく打ち合わせをしていた。



ーーートイレにて。


「なんで俺の言葉に動揺してるんですか? いつ話を振られても良いように準備しておいてくださいよ」

「すまんかった。あれで動揺してしまえば、わしが何も考えてなかった事が露見してしまうと思ったのじゃ」

「まぁ、今さら嘆いても仕方ありません。今度は準備していてくださいね」

「あいわかった! それにしてもヨダレはなかなかに口の水分がなくなる。テプトよ。何か飲み物を持ってはおらぬか?」

「ありますよ」

そう言ってから空間魔法でこの世界での水筒を出してやる。

「かたじけない」

バリザスはそれを飲み始めた。なんで、トイレで水分補給してるんだよ。普通は逆だろ。

「うむ。回復完了じゃ」

「それじゃ行きますか」


ーーー戦場へと。


「バリザス様……体調でも悪いのですか?」

「ミーネよ。体は元気じゃ。しかし頭がちっとばかしおかしくなるようなのじゃ。問題ない」

「いえ、それはかなり深刻な問題です。今すぐに休養を取らなければ」


(しまった。ミーネさんにこの説明をしていなかった)

俺はどうやってミーネさんに説明をしようか考える。


「ミーネさん。一緒にトイレにいきませんか?」

「テプトくん? あなたも頭大丈夫?」

「ミーネよ、心配せずとも良い」

「いいえ、心配です」


そうしてミーネさんがバリザスを無理矢理連れていこうとした。


「ええい! 今度はわしがトイレじゃあ!!」(威圧)

「ひぃぃ!! どうぞぉ!!」

いや、そこで使うなよ。



ーーートイレ。


「これは不味いな。ミーネがわしを心配しすぎておる」

「それは今に始まった事じゃないですよ。ミーネさんに説明をしていなかったのは失策でしたね」


その時だった。


「あのーーバイルですけど」

扉の向こうからそんな声が聞こえた。それは、ヤンコブの後ろで立っていた職人たちを統括しているバイルである。


「その……いつまで経っても話が進まないので心配になってしまって……昨日そちらの安全対策部の部長さんから言われた話は、本当なんですか?」


俺は扉を開ける。


「本当です。ですが、まだ出番じゃないので関係ないフリをお願いします」

「あっ……分かりました」


そうして扉を閉めた。


なんだか綿密に仕込んだ計画が破綻してきたぞ? どこで間違った?


「とりあえず、作戦続行するしかないでしょう。ミーネさんには強く言ってください」

「うむ。ここで止めるわけにはいかんな」


そうして俺たちは二度目のトイレタイムを終えた。


「バリザス様、本当に……」

「ミーネよ」

バリザスはミーネさんの肩を掴んで黙らせる。

「わしを信じよ。……案ずるな」


その目は、まっすぐに彼女へと向けられていた。

ミーネさんはしばらくそんなバリザスの顔を見つめていたが、やがてため息を吐いた。

「……バリザス様がそうおっしゃるなら」


どんな葛藤があったのかは知らないが、どうやらミーネさんは納得してくれたらしい。そんな彼女をバリザスは放し、ヤンコブに近づいていく。


「ギルド長よ。なぜ戦闘以外の依頼が冒険者ギルドに来るのか教えてやろう。それは、商業ギルドが不甲斐ないからじゃ」

「……なんですと?」

「正確には、冒険者に依頼しても構わないと思わせてしまっている職人たちが原因かの」


すると、ヤンコブは後ろでたっているバイルの方をチラリと見た。バイルはビクリと体を震わせた。


「そうやって人に責任を押し付けようとする気持ちは分からんでもない」


バリザスは言い、ヤンコブはギクリとした表情を見せる。


「しかし、残念ながら原因は商業ギルドの方にあるのじゃ」

「くっ……なぜそう言いきれるのです?」

「少しそちらを調べさせてもらった。優秀な部下の報告によれば、職人たちは商業ギルドに不満を持っていると聞く」

「……不満」

「職人たちは自身のスキルを磨き、それで仕事を成功させたいと思うておる。決して誰でも良いような仕事は望んではおらぬのじゃ」

「それは職人たちのわがままでは? この世は金がなければ生きてはいけません。金を得るためにはやはり何かをしなければならない。いくら自分の腕を磨いたところで、仕事がなければ無意味です」


バリザスは少し困ったような表情をする。しかし、その意見は既に作戦会議でも出ていた。そして、話し合い結論も出ている。


「確かにそうかもしれん。じゃが、職人たちの仕事の質が下がってきているのは事実じゃ。お主がするべきことは、世の理を主張することではなく、職人たちともっと接するべきなのではないか?」


そう。いくら正しい意見であっても、現状がそれを許してはくれないだろう。


「そんなお主にわしから提案をしよう。まず一つ、『今のまま、職人たちを説得すること』じゃ。お主の言う通り、仕事がなければ生活はできぬ。そして仕事を完璧にこなすのが職人というものじゃろう。なれば、仕事の質が向上するよう説得するしかあるまい」

「それは私の仕事ではありません。そこにいるバイルの仕事です」


ため息を吐くバリザス。

「すまん、テプトよ。話してやってはくれぬか?」


その言い方は、『思い付かないから話してくれ』ではなく、『自分では話すのが辛い』という風に受け取れた。バリザスは、ヤンコブに自分を重ねてしまっているのかもしれない。だから、教えること全てが、自分自身に言っているようで辛くなってしまったのだろう。


「ギルド長。あなたは、なぜバイルさんが職人たちのリーダーとして居続けられているのか知っていますか?」

「それは、職人たちがそう決めたからでしょう」

「そうです。……職人たちの中には、バイルさんが居なければ商業ギルドなんてとっくに抜けていたという意見が多くありました」

「なんですと?」

「今まで職人を必死で説得してきたのはバイルさんなんです」


ヤンコブは再びバイルへと視線を向ける。その顔は驚きに満ちていた。バイルはおずおずと話し出す。


「……職人が所属しているのはあくまでもこの商業ギルドです。それに……多くの職人が生活できているのも商業ギルドがあるからです、はい。だから、彼らには頑張ってもらうよう言い続けてきました」


「バイルさんが居なければ今の現状さえ無かったと推測出来ます。もはや、今までのやり方では限界なのでは?」


俺の問いかけに、ヤンコブは口を開けたまま呆然としてしまう。


「ギルドマスター」


俺は言い、バリザスは頷く。


「もし、お主にバイルを想う気持ちがあるなら、二つ目を提案しよう。『職人たちの仕事を査定し、仕事を完璧にこなす者だけに依頼を回す』のじゃ」

「それでは、一部の者がーーー」

「反発が恐いのじゃろ?」


バリザスがヤンコブの言葉を遮り、ヤンコブが息を飲む。


「お主は事業の幅を広げるため、多くの職人たちを取り込んだ。その中には、職人と呼べるか怪しい者までじゃ。今さらその者たちを切り捨て、反感を買うのが恐いのじゃろ」

「それは……」


図星なのだろう。もしかしたらヤンコブはその気持ち自体に気づいてなかったのかもしれない。


「よく考えよ。そして、もしもこの二つの提案ですら耳を貸さずこのまま行くのであれば……職人たちはお主を見限ることになる」

「見限る?」


そこで俺はバイルさんを見た。彼は頷き、ヤンコブへと歩み寄る。


「もしも現状が変わらないのであれば、私は職人側につきます」

「バイル? お前は何を言っている?」


バイルさんは深呼吸をしてから叫んだ。


「わっ、私は……職人ギルドを復活させ、商業ギルドから抜けます!!」


その言葉にヤンコブは目を見開いた。


作戦その二。『商業ギルドを追い詰めよう』が発動する。やるなら徹底的に! その理念の下、提案をして商業ギルド長のプライドを傷つけるだけでなく、こちらから仕掛けて商業ギルドにダメージを与える。それは交渉のみならず、今後の経営にまで影響を与える確かな一手であった。














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