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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
騒がしいタウーレンの町編
127/206

三十四話 商業ギルドに殴り込み

その日、バイルはいつものごとく商業ギルドにやって来ていた。


「ヤンコブ様、そろそろ話をつけてもらわなければ困ります」

「分かっています。しかしあのギルドマスターが首を縦に振らなければどうすることも出来ないんです」

「最初は簡単だとおっしゃっていたではないですか!」

「あれほどに、あのギルドマスターが腑抜けだとは思っていなかったからですよ」

「もしもこのまま何も得られずに終わるようなら……わっ、私にも考えがあります」


その言葉に、ヤンコブはピクリと眉を動かした。


「どうすると言うんです? えぇ? 私たちが居なければ、あなた方は一人前に稼ぐことも出来ないんじゃないんですか?」

「しっ……しかし、職人たちの中には少なからず今の現状にふっ……不満を持つ者もいましてーーー」

「ずいぶんと! ……偉くなったものですね?」


ヤンコブがバイルの言葉を遮って、さらに睨み付けた。


「……うっ」

「私はあなた方のために手を尽くしているというのに、本人はその恩義も分からず文句ですか?」

「文句だなんて……ただ、私はもう少し職人たちに目を向けてやってほしいだけなんです」

「向けてるじゃありませんか。彼等の事を考えて、毎日毎日あのギルドマスターの元へ行ってるんです」

「そっ、そういうことじゃないんです。もっと、頑張っている彼等を優遇してほしいと言っているのです」

「優遇ですか。……ですが、そんなことをしたらあなたが困るのでは?」


ヤンコブは微かに笑みを見せる。


「……なぜです」

「もしも優遇してしまえば、(あぶ)れる者が出てきます。その者たちはどうするんです? 切り捨てるんですか?」

「職人たちは自分の腕に自信を持つ者たちばかりです。はっ……はっきり言って、ただ仕事を回して貰うのを待つばかりの者たちは、職人として認められません」

「……それをあなたが口にしますか。はぁ、こんなリーダーを持った職人たちも可哀想ですね? 自分に出来ることさえせずに、あまつさえお世話になっている人に文句しか言えないとは」

「わっ、私は!!」


バイルが、今にも泣きそうな表情でヤンコブに詰め寄ったその時、扉をノックする音が聞こえた。


「……どうぞ」


そう言うと、扉が開いて一人の女性が入ってきた。


「ギルド長、冒険者ギルドからギルドマスターが来ていらっしゃいます」


その言葉に、ヤンコブは眉を寄せた。


「冒険者ギルドから? わかりました。通しなさい」


そう言うと、女性は一礼して出ていった。

(どういうことだ? なぜあちらから出向いてきた?)

突然のことに、ヤンコブは混乱した。


しかし、気持ちが鎮まる前に二回目のノックが聞こえ、扉が開く。


そこには、冒険者ギルドのギルドマスターと若い男が一人。そしてもう一人、見覚えのある女秘書が立っていた。

ヤンコブは舌打ちしそうになるのを寸前で我慢する。



(くそっ。あの女秘書戻ってきたのか)




ーーーとか、思ってんだろうな。


俺は見るからに唇を噛み締めるヤンコブの表情を見てそう思った。ちなみにいうと、それは俺の台詞でもある。まさか、作戦決行日の朝にミーネさんが戻ってくるとは思ってもみなかった。

帰ってきたミーネさんは、会議室にいきなり入ってきた。ギルドマスターの部屋へ行ったらしいのだが、バリザスが居なかったため探し回ったらしい。

会議室内では、バリザスを始めとする各部長たちみんなで手を重ねて「ファイトー・オー!!」をしている真っ最中であり、それを目撃したミーネさんが何事かと皆に問い詰めたのである。

それに参加していた俺も彼女に厳しく詰問を受け、『商業ギルド長ギャフン作戦』はあっけなくミーネさんにバレてしまう。


「随分と楽しそうでしたね? 私も行きます」

それを止められる者など会議室内には居なかった。


そして、今に至る。



「これはこれは。わざわざそちらからお越しくださるとは」


恭しく頭を下げる商業ギルド長ヤンコブ。顔には作り笑顔を貼り付けているが、それが剥がれるのも時間の問題だろう。


「いやいや。こちらこそ、そちらが提案してきた事の返事がなかなか出来ずすまなんだ。回答が決まったため、早くにお伝えせねばと思い馳せ参じた次第じゃ」


バリザスも朗らかに笑ってそう返す。


「ほぅ! では、返事をお聞かせ願います」

「こちらが出した結論は一つ。今回は断固拒否させていただく」

バリザスは笑みを浮かべたまま強く言い放った。ヤンコブのこめかみに血管が浮き出る。


「……理由をお聞きしても?」

「それはギルド長が一番知っておいでではないのですかな?」


バリザスはそう返した。

『作戦その一、ギルド長を怒らせよう』が発動した瞬間である。これはギルド長の質問に質問で返して怒らせようという作戦である。これをすることにより相手の血圧ゲージは上昇し、冷静さを失わせることで、その先のやり取りを有利に運ぶことが出来る。さらに特殊効果として、ギルド長自らボロを出す可能性を飛躍的に上げる、とんでもなく子供っぽい攻撃である。


「……おっしゃっている意味が分かりませんが?」

「本当にわかりませんかな?」

ギルド長のこめかみに血管がもう一つ浮き出た。効果はあったようだ。

俺はバリザスの服の袖を軽く引っ張った。彼は俺に分かる程度に小さく頷く。


「では説明しよう。そちらが提案してきた要求は、全てそちらの都合だけで、わしらには不利益でしかないためじゃ」

「不利益? そんなことはありません。あなたは分業という言葉をご存知ですかな? こちらが戦闘以外の依頼を受けることで、冒険者の方々にはより一層戦闘に専念出来るというわけです」

「なぜ冒険者が戦闘以外の依頼をこなしてはダメなのじゃ? 冒険者がそう言うたのか?」

「いえ、しかし」


「しかしもお菓子もないわ!!」


そう言ってバリザスはスキル『威圧』をヤンコブに向けて発動した。部屋の中をビリビリとした緊張感が一気に行き渡る。それは、普通の『威圧』よりも強化されたものだった。


「ひぃぃ!!」


ヤンコブは竦み上がる。良かった。どうやらバリザスの『確率のサイコロ』が発動したらしい。もしもそれがなければ「は? お菓子ですか?」なんて事になりかねなかった。


「お主は冒険者の事ばかり口にしておるが、わしらが大切にしているのは彼らだけではない。冒険者ギルドに依頼にくる依頼人たちも大切なお客なのじゃ。依頼人が冒険者に依頼に来る以上、そちらの要求は断固拒否する!!」

「……っつ!」


ヤンコブの顔が歪む。この上なく完璧な理由だ。


決まったな。これでヤンコブは、こちらに要求をすることが出来なくなった。もしも要求をするなら、依頼人……いわば町の人たちの意見を交えた発言をしなければならない。だが、おそらく無理だろう。向こうに町の人たちの考えが理解できているはずがない。もしも出来ていたならば、そもそもバリザスに今回のような要求をしてくるはずがない。


「それは……」


ヤンコブは必死に言葉を発しようとするも続かない。結果は既に見えていた。バリザスがヤンコブの要求を跳ね返したのだ。この結果を予期していなかったのか、ギルド長は驚いた表情のまま固まってしまった。


「……バリザス様」


そしてもう一人、俺の隣で驚いている女性もいた。ミーネさんである。


「ギルド長よ。お主は自分の事ばかりで周りに目を向けておらぬのじゃ。なぜ商業ギルドに依頼が来ないのかをもっとよく考えよ。そうすれば、そんな要求をわしにせずとも済むはずじゃ」


バリザスはそう言って優しくヤンコブの肩に手を置いた。


「……わかりました」


ヤンコブは言いながらも、悔しげにミーネさんを睨んでいた。

まぁ、誰だってミーネさんの入れ知恵だとおもうよなぁ。そんな彼女は目を見開いてバリザスを凝視している。


とりあえずこれで、負けはなくなった。


「……じゃが、お主がわしにそんな要求をしてきた事を(かんが)みると、考えたところで答えが出るじゃろうか?」


俺は思わずニヤリと笑ってしまう。バリザスの口の端も少しだけ吊り上がっていた。

負けはなくなった。だが、それでは『勝ち』にはならない。今日俺たちは、『勝ち』を取りに来たのだ。


「そんな事を考えてのぉ。今からわしがお主に、どうやったら依頼が来るようになるのかを教えてやろうと思う」


その発言にヤンコブは呆然とした。


(さぁ、本番はここからだ)


『商業ギルド長ギャフン作戦』が、本格的に始動した瞬間であった。








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