三十三話 作戦会議その二
バリザスが商業ギルド長をはぐらかし続けて一週間とちょっと。そろそろ限界だろうと考えていたその日、ようやく調べがついたとの報告がアレーナさんより上がった。既にハゲと安全対策部部長からは調査終了の報告があがっていたため、臨時会議を急遽行うことになった。もちろん、ローブ野郎は呼んでいない。
「それじゃあ、営業部部長から調査報告をお願いします」
司会進行は前回に引き続き俺が行っている。ハゲは立ち上がると咳払いをしてから話し出す。
「では、依頼人たちがなぜ、冒険者ギルドを選んでくれるのか? その調査報告をしましょう。調査方法は、うちの職員たちによる直接の対話と、アンケートになります。あと、調査対象は戦闘外の依頼のみをターゲットにしていますよ。結果としては、やはり金銭的な問題で冒険者ギルドに依頼をしているようですねぇ。うちは依頼料が一律のため、受けてもらえるのであれば、という考えから足を運んでいる方が多数いらっしゃいました。ちなみに、依頼達成後の満足度は……正直良くないですねぇ。とはいえ、もともとそれを考慮しての依頼だったため、依頼人たちに特に不満は無いようです」
やはり本職には叶わないといったところだろう。だが、それなら冒険者ギルドに依頼など来ない。ということは、全体的に不景気なのだろうか?
「次は俺で良いか?」
そう言って立ち上がったのは安全対策部部長であった。
「冒険者ギルドの依頼料は安い。そして、商業ギルドの依頼は高いんだ。まぁ、俺たちは魔物を倒す冒険者の後ろ楯として、国から支援金も出てるしな。正直しょうがないところではある。……が、だ。俺の読みでは、近年職人たちのヤル気が下がっているのも原因だと思う」
「どういうことですか?」
アレーナさんが疑問の声をあげた。
「職人たちと話をしてきたが、やっぱり仕事が減ってるのは万職人たちで間違いないらしい。この町では、闘技場で一旗上げて成り上がろうって奴や、町の活気に惹かれて集まってきた奴等が多い。魔力がありゃ冒険者になるんだろうが、そうじゃない奴等は商業ギルドへ行って日雇いをしている。万職人の大半はそういった奴等らしいんだがな……そこが問題なんだ」
勿体ぶってから、安全対策部部長は続けた。
「実は、商業ギルドに集まった依頼は平等に振り分けられる。仕事の質に関係なくだ。だから、一人一人の仕事量が減ってるように感じちまう。商業ギルドに頼らなくても仕事が入ってくる職人たちってのはほんの一部で、その他の大半は、商業ギルドから仕事が回ってくるのを待ってるんだよ。……これは、ある職人が言ってたんだが、このままじゃ職人のスキルは廃れていく一方だと言っていた。必死こいてスキルを上げて、直接の依頼がくるのを目指している若者もいるが、多くは商業ギルドからの仕事を待っているんだと。頑張らなくても仕事が入ってくる現状に甘んじちまっているらしい。それが、職人たちのヤル気を削いでる原因らしいな。だが、仕事を貰っている以上、逆らう奴なんていない。口にはしないが、不満は確実にあると聞いた」
なるほど。本職ではない冒険者の仕事でもそれなりに満足してしまうのは、本職である職人たちの質が下がっている事が原因か。
「根本的な解決は、商業ギルドの方にありそうですねぇ」
ハゲが嬉しそうに呟く。なんで嬉しそうなんだよ。
「商業ギルドの問題はそれだけじゃないようです」
そう言って立ち上がったのはアレーナさんだった。
「実は昨年、商業ギルドは新たな事業を始めています。どうやら、それなりに権威ある貴族と考え出した事業らしいのですが、それは失敗に終わったようですね」
「なんの事業ですか?」
そう聞いた俺の言葉に、アレーナさんは眼鏡の位置を戻してから答えた。
「開拓です。この町から北にある『魔物の森』近く、広大な土地を栽培地にしようという計画が上がっていたらしいのです。この町は魔石には事欠きませんが、食糧などはどうしても他の町から運び込まなければなりません。それを考えた上での開拓だったのでしょう。しかし、被害は大きくなるばかりで、計画は頓挫してしまったようです。そして、その時に、警備のため冒険者ギルドにも莫大なお金が払われています」
「あの時か!」
安全対策部部長が思い出したように声をだした。
「向こうの依頼ではCランク冒険者を三十人ほど貸してくれという依頼だったんだが、それじゃあ少ないだろうとうちで反論があがってな。無理矢理二十人追加させたんだ」
安全対策部部長は怒りを露にして言った。
「三十人ならもっと被害が出ていたところだ!!」
……二十人無理矢理追加ってすごいな。だが、彼の言っていることは正しい。
「その出資額は、単純計算をしてもこの冒険者ギルドにいる職員全員を一年は養える額です」
「ほほぉ。一年ですか……その全てがパァとなったわけですね?」
ハゲの発言にアレーナさんは頷いた。
「はい。おそらく商業ギルドの今期の経営は、苦しくなっていると思われます」
そういうことか。
「繋がったな」
安全対策部部長が言って鼻を鳴らす。
「えぇ、そのようですね」
ハゲは両手を組んで落ち着いた表情でそれに同意した。
「今回の商業ギルド長の要求の裏には、苦しい経営状態と職人たちに不満を残す経営施策にあると思われますね」
アレーナさんがそう結論付けた。
「あと、無理やり人件費をねじ込んできた、このギルドにもですね」
俺は冗談混じりにそう付け加える。
「俺のせいかよ」
安全対策部部長は笑って反論した。
弱点は見えた。そして、状況も把握した。あとはそれを組み立てて、相手をコテンパンにする方法を考えるだけだ。
「それじゃあ始めましょうか。本当の作戦会議を」
俺が言うと、各部長たちは不敵に笑った。
「それよりもテプトさん。ギルドマスターの方は大丈夫なのですか?」
アレーナさんが不意に聞いてきた。それに俺は親指を立てて見せる。
「バッチリですよ。ね? ギルドマスター」
「うむ。安心せい」
バリザスも自信満々に答える。
「それなら良かった」
その後の作戦会議は長い時間行われた。長引いた理由としては、商業ギルド長に、どうすればよりギャフンと言わせられるのかを論点として話し合った事があげられる。
いや、そこまでしなくても。そう言いそうになった場面が何度もあった。あーだこーだと議論は行われるが、不思議なことに皆楽しそうであった。
ーーーそうしてようやく作戦は決まった。
「ではこの作戦名を『商業ギルド長ギャフン作戦』と命名する」
バリザスがそのまんまの発言をして拍手が沸き起こる。俺はつっこもうとしたが、皆満足そうだったのでやめた。
これから作戦成功のため一仕事ある部長もいたが、俺はバリザスと同行して商業ギルドに乗り込む役目があるため、それまで待機となった。
そして決戦の日は、意外にも早くやってきた。