三十話 エスカレートしていく二人
「さて、俺があなたを仕上げるという件に関してですが」
ギルドマスターの部屋で、俺とバリザスは交渉に向けた話し合いをしていた。
「どうすれば良いのじゃ?」
「正直に言うと、俺は交渉術に長けているわけではありません。ですので教えられるのはあまり役に立たないかもしれない」
「それで良い。むしろそれが良いのじゃ」
バリザスの目は真剣そのものだ。俺は重くなるプレッシャーにため息を吐いた。
「たぶん勝負事においては、頭で行うのも体で行うのも変わりません。あとは、どちらの方が得意かという所だけです」
「どういう事じゃ? 交渉とは頭で行うものじゃろ?」
「ギルドマスターは冒険者をしていましたよね? その時数多くの魔物と戦ったはずです。交渉相手を魔物だと考えてください。そうすれば、おのずと戦い方もわかるはずです」
「交渉相手を魔物……わけがわからんぞ」
「魔物には弱点がありますよね? 同じように交渉相手にも必ず弱点というものが存在します。まずはそれを知らなければ苦戦を強いることになります」
「うむ。確かに」
「その弱点は、今各部長たちが調べてくれています。だからそれは後回しで良いでしょう。まずは準備です。魔物と戦う場合、それに合わせて準備をしたはずです。武器や防具、ポーションなんかを揃えて戦いに挑まなければ勝率が下がってしまう。だから、それを今から行います」
「武器や防具を揃えるのを、交渉に当てはめるのか? ちょっと思い浮かばんぞ」
「ギルドマスターは『威圧』というスキルを持っていますか?」
「あぁ、持っておる」
それは、その言葉通り対象の者を威圧するスキルである。
「では、それが武器です。交渉時に使用してください」
「人間相手にか?」
「そうです。そうすることで、相手に発言をさせにくくします。ですが、何でもかんでも威圧すれば良いというわけではありません。剣での攻撃もむやみやたらにしていては、いずれ相手にみきられてしまいます。ですので、有効なタイミングで行わなければいけませんよ?」
「……難しいな」
だが、泣き言を言ったところで何かが変わるわけではない。ここは無理にでも了承してもらわねばなるまい。
「次に防具ですが、これは俺が担当しましょう。商業ギルド長が何か言ってきたときは俺に説明するよう指示してください。とりあえず、どんなことでも何とか受け答えしてみせます」
「一緒に戦ってくれるというのか?」
「当たり前じゃないですか。強い魔物と戦う時は、パーティーで行うと冒険者規程にも載っています。商業ギルド長は、魔物でいうとAかSランク相当の強さを持っていると想定して戦いに挑みます」
「……なるほど」
「その代わり、どんな事を言われてもギルドマスターは平然としていてください。もしも痛いところを突かれて表情に出してしまえば、それが弱点だと知られてしまいます。そうなればこちらは防戦するしかなくなります。ギルドマスターは特に表情に出やすいので注意してくださいね」
「むっ!?……わっ、わかったぞ」
それだよ、それ。
「次にポーションについてですが……トイレにしましょう」
「とっ、トイレじゃと?」
バリザスはすっとんきょんな声をあげた。
「はい。もしも戦況が厳しいときはトイレに行くと言ってその場を退出してください。俺もお供します」
「とっ、トイレで何をするのじゃ!? わしはお前とトイレで戯れてもどこも回復せんぞ!?」
急に慌てふためくバリザス。
「何を言っているんですか? トイレで作戦会議をするんですよ。戦況は変わりますので、それに合わせて戦法を変えていくんです。それには、俺とギルドマスターの意見を合わせなくてはいけません。そのためのトイレです。その時は、相手にも休息を与えてしまう事になりますが、仕方ないでしょう」
「そっ、そういうことか」
「魔物との戦いにおいてもそうですが、まずは負けないこと。それには相手の攻撃を掻い潜り、または耐え抜く必要があります。そうしていれば、いつかチャンスは廻ってきます。その瞬間を見逃さず一気に相手を叩く。勝つためにはそれしかありませんね」
「なかなかに難しそうじゃな。わしはSランクになってから魔物との戦いに負けておらん。それは、ダンジョンで手にしたアイテムの恩恵が大きいからじゃ。もう、随分と真っ当な戦闘をしておらんが、それでも大丈夫かの?」
「そういえばギルドマスターは『確率のサイコロ』を手にしているんですよね?」
それは、以前ソフィアという女性冒険者が自身の呪いを解くために取得した『幸福のペンダント』と同等のアイテムだった。必殺技が当たりやすくなる『確率のサイコロ』。そのお陰でバリザスはSランクまで上り詰めたのだ。
「もしかしたら交渉においても使えるかもしれません。ちなみにギルドマスターが出した目はいくつなんですか?」
『確率のサイコロ』は、手にしたときに一回だけ振ることが出来るそうだ。その目はそのまま手にした者の必殺技的中率に変わる。
「出した目は5じゃった」
「5!?」
サイコロは6マスある。そして5が出たというとこは、バリザスの必殺技的中率は80%を越えているということになる。それなら魔物に負けることはないだろう。
なんだよ。もはやチートじゃないか。
「それは期待できますね。ですが油断は禁物です。たとえ99%勝率があっても、たったの1%に負けてしまうこともあります」
その言葉にバリザスは頷く。
「確かに。それが勝負というものじゃ」
「確実に勝つため、部長たちが調べたデータをもとに作戦を練りましょう。それをどれだけ着実に行えるかが鍵となります。戦略は今話した通りです。まずは、相手にどんなことを言われても物怖じしない練習からです」
「承知じゃ!」
そして、練習は開始された。
方法として、俺は至極古典的な方法を俺は選んだ。ババ抜きである。しかし、この世界にはトランプがないため、紙を切り分けて即席のトランプを作る。
「これはなんじゃ?」
「俺の知っている簡単なゲームですよ」
それから、ババ抜きのルール説明をしてからゲームを開始する。
「これですかね?」
「……むっ!?」
ピラッ。
「……あぁ!」
「こっちかな?」
「なっ、なんのことじゃ?」
ピラッ。
「……なんじゃと!」
ーーー結果。
バリザスは自分の気持ちに嘘をつくのが苦手なようで、どんなに頑張ってもポーカーフェイスを気取ることが出来なかった。何回やってもバリザスは負け続けた。というか、チョロすぎるだろ。
そして、苦肉の策として考え出されたのは『呆ける』という方法である。つまり、表情に出てしまう前に違う表情を作っておくのだ。
「これかな?」
「……あうあー」
「それともこっちかな?」
「あうあうあーー」
効果は抜群だった。ヨダレを足らすバリザスは、何を考えているのか全く分からない。彼はもう結構な歳なので、何か言われたらボケが始まっていると言い訳も出来る。
完璧だ!!
「これならいけますよ」
「ほっ、本当か!?」
「はい。もしもの時はその表情で乗りきりましょう」
「わかったぞ!!」
こうして準備は着々と進んでいった。あとは、部長たちの調べてきてくれるデータを待つだけだった。




