二十九話 作戦会議
「そもそも、商業ギルド長の言い分にどれだけの信憑性があるのかを調べなければいけません」
アレーナさんが言った意見に、俺も賛同をする。
「確かにそうですね。本当に冒険者ギルドに寄せられているのは、職人たちの領分を犯すような事なんですかね?」
その疑問に答えたのは安全対策部部長だった。
「いや、そんなことはないだろう。おそらく奴等が言っているのは『万職人』たちの事だろう」
「万職人……ですか?」
「あぁ、そうだ」
それは、聞いたことのない職業だった。「それは何なんですか?」そう思わず聞いてしまう。
「この町には昔、三つのギルドがあったんだ。冒険者ギルド、商業ギルド、そして職人ギルドだ」
「懐かしいですね。まだ私たちが若い頃の話です」
ハゲが言った。
「だが、職人ギルドは商業ギルドの一部に取り込まれちまった。原因はおそらく……あまり儲からなかったからじゃねーか? その当時、職人ギルドに入っている職人たちは少なかったからな」
「職人ギルドはどんな所だったんですか?」
「あぁ、ここと似たようなもんだ。町の人たちから依頼を受け、その依頼に合わせて、メンバーであるスキル持ちが出向く。いわば何でも屋みたいな所だった。それに目をつけたのが商業ギルドってわけだ。商業ギルドは仕事上、町と町の運び手や管理する店の修復なんかで……いってみりゃ雑用係を欲してた。それを一挙に担当することになったのが、元職人ギルドメンバーだった。その目論みは成功と言えるんじゃねーかな? 商業ギルドは幅広く活動出来るようになって、元職人ギルドメンバーも以前よりは稼ぎが良くなったはずだ。それから、便乗するように今まで加入を断っていた職人たちも、商業ギルドの傘下に入るようになったというわけだ」
そういえば以前、ヒルが送った密告書を取り返す時、商業ギルドは恐ろしく親切な対応をしてきた。それが出来たのも、様々なスキルを持つ職人たちを取り込んでいるからなのだろう。
「ウチは職人たちと少なからず交流がある。奴等には武器の開発で世話になってるからな? その時の依頼料なんかも少しは商業ギルドの利益にもなってるわけだ。考えてみりゃ、よく出来たもんだ」
安全対策部部長はそう言って腕組をした。
「依頼には『家の建設』や『武器の精製』とか、本格的な依頼は冒険者ギルドには来ません。商業ギルドが言っているのは、『万職人』たちで間違いないでしょう」
確かに、俺が依頼を受けていた時そんな内容のものはなかった。
「俺が職人たちと話をしてこよう。知り合いは何人もいるから、現状を知ることは出来るだろう」
安全対策部部長はそう提案し、それに皆は同意した。
「では、私は商業ギルドが、何故そんな提案をしてきたのか調査しましょう」
アレーナさんが手を軽く上げて言った。
「わしが聞いたところでは、職人たちから苦情があるからだと言っておったぞ?」
回答をしたのはバリザスだった。しかし、アレーナさんは首をふる。
「それだけで、わざわざ商業ギルド長が交渉に来るでしょうか? その話を聞いたとき、なんだか怪しく思えてしまいました」
「つまり、要求をどうしても飲ませたい理由が向こうにはある、ってことですか?」
アレーナさんに疑問を投げ掛ける。
「わかりません。ですが、その可能性は十分にありますね。それを知ることが出来れば、今後の交渉材料になると思います」
さすがはアレーナさんだ。目の付け所が違う。
「ですが、そんな事調べられるんですか?」
その言葉にアレーナさんはフッと笑った。
「私は本部の『監視』」にいた人間ですよ? やり方なら心得ています」
自信満々に答えるアレーナさん。それに反論の余地はなかった。
「わかりました。お願いします」
「それでは私は依頼人サイドから調査をしましょう」
ハゲがそんな提案をしてきた。
「何故、そういった依頼を冒険者ギルドにしてくるのかを、アンケートや実際に聞いてみて依頼人たちの実情を探ることにします」
確かにそういった依頼をする場合、冒険者ギルドか商業ギルドに依頼をするのか選択することが出来る。本当に職人たちの仕事が減っているのだとするなら、その比重は大きく冒険者ギルドに傾いていることになる。それが分かれば、アレーナさんの言った通り交渉材料にも成りうるわけだ。
なんだか各部長たちの意欲が凄すぎてやることが減っていくな。
「じゃあ、俺は……」
「テプトさんにはやるべきことがあります」
アレーナさんが笑いながら俺の言葉を遮ってきた。
(俺がやるべきこと?)
頭を捻って考えるが、すぐには思い浮かばなかった。
「なんかありましたっけ?」
「ギルドマスターを仕上げてください」
そう言ったアレーナさんの言葉が理解できず、俺は固まってしまった。……仕上げる?
「そうだ。それが良いな」
「同感です」
安全対策部部長とハゲは理解しているようで、各々そう呟いた。
「わしを仕上げるとはどういうことじゃ?」
分かっていないのは、俺とバリザスだけのようだ。
「私たちがどんなに調べて対策を立てても、実際に商業ギルド長と交渉するのはギルドマスターです。ですから、相手をこてんぱんにする方法をテプトさんから習ってください」
「……こてんぱんって」
思わず呟いてしまう。
「ですが、私はこてんぱんにされたんですよ? テプトさんに」
(……やったつもりはないんだがな)
しかし、それは既に決定事項のようで、バリザスも「わしに出来るじやろうか?」なんて俺に聞いてくる。
もはや、その決定を覆すことも出来ない。
「……わかりました。ですが、俺にできることは限られていますよ?」
「大丈夫です。テプトさんは時折、有無を言わせない威圧や発言をすることがあります。それを伝授すれば良いのです」
なんだか俺のやることだけ違っている気がする。だが、彼女たちの言い分は最もだろう。バリザスには、もっと成長してもらわなければならない。それが少し早まったというだけだ。
かくして、会議は瞬く間に終わった。そして、皆それぞれのミッションをクリアするため動き出す。
思い込みかもしれないが、部屋を出ていくときの各部長たちはとても悪い表情をしていた。