二十七話 売られた喧嘩
冒険者ギルドへ出勤すると、少しだけ異様な雰囲気を感じた。それは、俺が三日ぶりの出勤だったからかもしれないが。
「ほら、あいつ」
「よく出勤できるよなぁ」
「さすがは大型ルーキー(笑)」
……どうやら、気のせいではないらしい。まぁ、俺が撒いた種なので言い返すことも出来ない。
「おはよう。テプトくん」
そこへ一番に声をかけてきたのはセリエさんだった。
「おはようございます。セリエさん」
見れば、後ろの方にエルドも控えている。どうしたことか、エルドの表情はやつれて見えた。
「ちゃんと反省できた?」
セリエさんは気味が悪い程の笑顔を浮かべて近づいてくる。
「はい。……セリエさんにも迷惑をかけました。すいません」
頭を下げると、彼女は俺の肩に手を置く。
「頭を上げて? 私はもう踏ん切りついたから」
「ふ……踏ん切り?」
意味が分からず、呆然と顔を上げてしまう。
「うん。もう君に関しては遠慮しない。私は言いたいことを言っていくから」
尚も笑顔を崩さないセリエさん。
(今まで遠慮なんてしてたかな?)
そう思っていると、セリエさんは俺の肩に置く手をそのまま胸辺りまで持ってきて、突然服を掴んだ。
「うおっ!?」
驚く間もなくセリエさんは、その笑みを近づけてきた。
「話はエルドから全部聞いたわ。もう、無茶な事はやめてね? 私は『テプト君と』楽しく仕事をしたいの。みんなはどう思っているか知らないけど、私はテプト君を『ちゃんと評価してる』から」
「あ……ありがとうございます。セリエさん」
言葉の端々が、強く強調されているのは何故なんだろうか?
「もしも、今回みたいな事があったら私は泣くから」
「泣くんですか?」
「うん。人目も憚らず大泣きするわ」
(……なぜそうなる)
「そんな私の姿を見たい?」
「いえ、見たくないです」
「なら、もう無茶は止めて」
「……はい」
するとセリエさんは、ようやく解放してくれた。そのまま踵を返して歩いていってしまう。
「……これでいい。……まずは、これ位で」
立ち去っていくセリエさんはブツブツと何かを呟いていたが、呆気にとられる俺には聞き取ることが出来なかった。
「テプトぉ!! 辛かったぞぉ!」
すると今度は、エルドが近づいてきた。
「なんで、そんなにやつれてるんですか?」
「お前の事を聞きたがる他の奴等が、俺を解放してくれないからだよぉ」
半分涙目のエルド。一体何があったというのか。
「……全部話したのに、何度も質問されるし、納得出来ないとまた質問されて……この三日、休憩の度にそれを繰り返したぞぉ」
「あー。……すいません。エルドさんにも迷惑をかけました。あの時、ちゃんと忠告を聞いていればこんなことにはならずに済んだんです」
「全くだぞぉ。……あぁ、これでようやく落ち着ける」
そう言ってエルドは、朗らかに笑みを浮かべた。この三日で彼はだいぶ老けたようだった。微笑みが仏レベルにまでなっている。
それから、俺は階段を上がりギルドマスターの部屋へと赴く。
ノックをしてから扉を開けると、そこには、見慣れない顔ぶれがあった。
(ヤバイ。……来客中だったか)
「失礼しました」
咄嗟に頭を下げて扉を閉めようとする。しかし、それを引き留められてしまう。
「大丈夫ですよ。私どもはそろそろおいとましますから。……ギルドマスター。いつまでも、その答えでは納得しませんので。……では、これにて」
一人がバリザスにそう言ってから、扉へと近づいてくる。俺は脇に寄って彼らを通した。見たところ、どこかの業者だろうか? その後に続いていたのは付き人?
「すいません。こんな朝早くに来客とは思わなくて」
そう言いながらギルドマスターの部屋に入って扉を閉める。バリザスは大きくため息を吐いてから椅子に腰かけた。
「よい。お前が入ってきたお陰で助かったわい。あやつら、ミーネが帰ってくるまでは答えは出さんと言うのに、しつこいのじゃ」
「何かあったんですか?」
「うむ。お前が勤務禁止を言い渡された翌日にな」
ジロリとバリザスが俺を見た。その言葉がチクリと胸を刺す。
「ギルドマスター。今回の件は、本当に申し訳ありませんでした」
言ってから頭を下げる。もう頭を下げてばかりだが、何度だって下げてやる。それくらいの事を俺はしたのだ。
「なんじゃ? お前らしくもない」
「今回、俺がしでかしたことはギルドマスターの面子を潰すような事でした。俺はそこを理解していなかったんです。だから、あんな事態を引き起こしてしまいました。これからは、この冒険者ギルドの一員として、『冒険者管理部』の部長としての振る舞いを心がけます」
「……頭をあげよ」
言われて上げる。そこには、少し困ったような表情をするバリザスがいた。
「そんなのはわしも同じじゃ。今まで、わしはこのギルドマスターという地位を正しく認識しておらんかった。責任などという言葉は使い勝手のよい文句としてでしか使っておらんかった。じゃが、それが間違いであるとお前に教わったのじゃ」
「俺に……」
「お前じゃテプト。この数週間、お前はわしにそれを教えてくれていたのではなかったのか?」
言われて気づく。そう、俺はバリザスにギルドマスターとしての自覚を持って欲しかった。だが、それを望んだ俺自身がそれを実行出来ていなかった。とんだお笑い草だ。
「わしはお前を咎める立場にいるのじゃろうか? その立場に成ることができたのじゃろうか? 未だその答えは見つかっておらぬ。故に、わしはお前に何を言うわけではない。ただ、よく戻った。それだけじゃ」
「……ギルドマスター」
「お前が戻ってくるのを待っておった。先程の奴等、わしではどうすることも出来んかったからな」
「彼らは?」
「商業ギルドのギルド長ヤンコブと、職人たちをまとめるバイルという者たちじゃ。お前が施行した『依頼義務化』のことで、少し問題が起こってしまってのぉ」
「『依頼義務化』でですか?」
「そうじゃ」
それから、バリザスは事の経緯を説明してくれた。冒険者たちが依頼を受けていることで町の職人たちの仕事が減っていること。その対処として、冒険者には限られた依頼のみを受けるよう彼らが言ってきたこと。そして、ミーネさんに相談すると言っても答えを急いてくること。
聞き終わった俺は、怒りがこみ上げていた。
「差し迫った問題らしいのじゃが、わし一人では判断がつかなくてのぉ。先方には悪いが、答えを待ってもらっておるのじゃ」
そう言って、ため息を吐くバリザス。
「……ギルドマスター。その判断は正解ですよ」
俺は呟いた。
「何故じゃ?」
俺はその言葉に少し呆れてしまいそうになった。ここまであからさまに馬鹿にされているというのに、バリザスは全く気づいていない。
いや、気づかなかったからこそバリザスは正しい判断をしたのかもしれない。それは、彼が謙虚に、誠実に、業務をこなそうとしている気持ちの表れでもある。
いつの間にか、バリザスは善きギルドマスターとしての道を歩み始めていた。
「今すぐ臨時会議をしましょう。これは、彼らに売られた喧嘩です」
「喧嘩!? なっ……何を言うておる!? また揉め事を起こすきか!?」
慌てるバリザスに、俺はニヤリと笑って見せた。
「えぇ、揉め事です。ですが、今回はみんなの意見を聞いて取り組みましょう。もう、失敗などしないために!!」
もう間違わない。一人では解決しようとしない。それは、骨身に染みて分かったことだ。だが、それでも問題というものは、否応なしに降りかかってくる。その度に俺は迷うのだろう。そして、迷ったなら立ち止まれば良いのだ。見渡せば、問題を一緒に考えてくれる人たちがいる。
その人たちと共に迷えば良いのだ。
「各部長を呼んできます」
そう言って俺はギルドマスターの部屋を出た。
「おい、テプト!?」
バリザスが止める間もなく駆け出す。商業ギルド長のせこいやり方に腹が立っていた。と、同時に沸き上がる意欲にわくわくしていた。