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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
騒がしいタウーレンの町編
117/206

二十五話 特殊魔法の過去

「良いかい? 今から会う奴はちょっと頭がオカシイ。もしも、奴が変な行動、変な言動をしても、仕方ないと許容してくれるかな?」


闘技場の前。俺はローブ野郎に会うにあたっての心得を、ユナに教えていた。

「病気なんですか?」


いや……病気というか、なんというか。俺は説明に困ってしまう。

……うーん。


「そうだよ」

もう面倒臭いので病気という事にしておこう。というか、本当に病気っぽいしな。

「……わかりました」

ユナは診療所の所長の娘だ。その辺の事は弁えているようだった。

「じゃあ行こうか」

「はい」


そして、闘技場の前に立つ兵士に挨拶をしてから、企画部部長に会いたいと申し出る。俺は今冒険者ギルドの制服を着ていないため、少し手間取るかと思ったが、すんなりと兵士は入れてくれた。


そのまま闘技場内部を歩いて『企画部』の部屋の前まで案内してもらった。


ノックをすると、見覚えのある笑い声が奥から聞こえた。そのまま扉を開けると、ローブ野郎が机に座って膨大な書類の前に頭を抱えていた。


「仕事中にすいません」

そう声をかける。

ローブ野郎はハッと顔を上げて俺を見た。


「これはこれは……テプトさんではないですか」

「ご無沙汰してます」

ローブ野郎は立ち上がるとそのまま駆け寄ってきた。数枚の紙が部屋の中を舞ったが、奴は気にしていない。


「良いところに来ました。クックックッ……ちょうど、あなたをここへお呼びしようかと思っていたところです」


「俺を……ですか?」


「はい。噂は聞きましたよ? またやらかしてしまったようですね?」


ローブ野郎は嬉々として言った。もう、こんな所にまで話がきているのか。

「はい。今は勤務禁止を受けています」

「クックックッ……これで私とあなたは失敗したもの同士というわけですね?」


あぁ、おそらく魔血の事を言っているのだろう。あの時、ローブ野郎は墓穴を掘りまくっていた。今回は俺も右に同じ。奴の言っていることを否定する要素がどこにもない。


墓穴を掘った者同士か……考えるのを止めた方がよさそうだ。


「あの時はテプトさんに励ましてもらいましたから、今回は私があなたを励ますことにしましょう……クックックッ」


「気を遣わなくて大丈夫ですよ」

笑顔で拒否する。というか、御免こうむる。


「……そうですか?」

なんだか不満そうにローブ野郎は言った。こいつに何かされるのは嫌な予感しかしないからな。可哀想だが今回は断ることにした。


「今日はちょっと相談があって来ました」

「相談とは?」

「実は回復魔法のことで、少し教えてもらいたいことがあるんです」

そう言ってから、俺の後ろで待機していたユナをローブ野郎に紹介する。


「この子は診療所の所長の娘でユナちゃんです。実はーーー」


それから、ユナが回復魔法の使い手であることと、母親を亡くしてから回復魔法を使えなくなっている事をローブ野郎に伝えた。その間、ユナは少し緊張したように固まっていた。


「……クックックッ。そういうことですか」

「特殊魔法についての知識が俺には足りないので、原因がよくわからないんです。力を貸してもらえますか?」

「クックックッ。テプトさんのためなら何なりと」

そう言ってから、ローブ野郎は恭しく頭を垂らして見せた。それからユナに近づいてローブ野郎はしゃがむ。


「クックックッ。この子が希少な回復魔法の使い手ですか。……実に興味深い」

そこで俺はローブ野郎の頭を叩いた。

「……なにを?」

「怖がってるだろ」

見れば、ユナはローブ野郎を恐怖に満ちた目で見ていた。それもそうだろう。会ったばかりの怪しげな奴に、そんな近寄られ方をしたら誰だって怖い。

「……失礼しました。では、改めて」

ローブ野郎は咳払いをしてから仕切り直す。



「ユナちゃん、服を脱いでもらえますーー痛っ!? なにをするのですか! テプトさん!?」

「それはこっちのセリフだ! お前はユナちゃんに何をしようとしてんだよ!?」

一瞬耳を疑ったぞ? なんで服を脱がせる必要があるんだよ。


「テプトさん。この人怖いです」

ユナは恐怖も相まって半泣き状態である。


「ちっ、違うのです。原因を考えたら、魔力の流れが悪くなっているのではないかと思い、魔水で体を清めてもらおうと考えたのですよ」

「それならそうと説明しろよ」


「すいません。……向こうの部屋に浴室があります。隣には樽の中に魔水が入っていますので、それで体を清めてもらえますか?」

ユナはすがるように俺を見る。それに対して俺はため息を吐いてから「行っておいで」と返事をした。


それからローブ野郎の肩を掴む。

「……なんですか? テプトさん」

「浴室は普通なんだろうな?」

「普通ですよ? 見ますか?」

「あぁ、確認させて貰う」

それからローブ野郎につれられて、浴室へと行く。中は見たところ異常はなかった。

「何を心配しているのやら。 まさか、覗き穴でもあると思いましたか? クックックッ」

(いや、お前は地下の施設でとんでもない前科があるから、確認しておきたかったんだよ)


「魔水は体内の魔力を整える効能があります。それが原因とは思えませんが、試してみて損はないでしょう」

確かに、魔水には様々な効能があった。しかし、通常はポーションの材料となるため、それで水浴びをするという豪快な考えはあまり一般的ではない。


「それじゃあ行ってきますね?」

ユナはそう言って、とてとてと浴槽に歩いていった。


残されたのは俺とローブ野郎である。

「……実は、テプトさんに特殊魔法の使い手について話しておかなければならない事があります」

不意に、ローブ野郎がそんなことを言ってきた。

「なんですか?」

「特殊魔法の使い手が希少とされている理由はご存知ですか?」

「使い手たちが、人と暮らす事を辞めたからですよね?」

「その原因は知っていますか?」

「その原因……ですか?」


「特殊魔法の召喚、回復、空間、精霊、この四つは普通の魔法とは違います。その昔、この四つが他と異なる理由についてとんでもない仮説が上がりました」


「とんでもない仮説ですか?」


「はい。それは国を揺るがす大きな事態として、一部の者にしか伝えられず、密かにとある事が国中で実行されたのですよ」


「なんですか? それは」

「特殊魔法の使い手を、国から排除しようという試みです。そして、国中の特殊魔法使い手たちが暗殺されていったのです」

その言葉に、俺は耳を疑った。

「私は研究施設にいた頃、特殊魔法を専攻する研究員としてとある資料に目を通した事があります。それにはこういった仮説が載っていました。特殊魔法の使い手の祖先は、魔物だという仮説です」


(なんだと?)


「あくまで仮説ですよ? それに、その事件事態は二百年ほど前の話です。ですが、それにはちゃんとした理屈も載っていたのですよ」


「聞いてもいいですか?」


「……もちろん。まず空間魔法。これは空間を歪める程の魔力量とその空間に抵抗するための対魔力が必要となります。やり方さえ分かれば、大量の魔力保持者なら使える魔法ですが、そんな人は人に在らず。次に召喚魔法。魔物と心を通わす事の出来る者だけが使える魔法ですが、魔物と心を通わす者は人に在らず。次に精霊魔法。精霊に認められた者だけが使える魔法ですが、現在も精霊とは魔素から生まれた異形としての考え方が強く、召喚魔法と同じ扱いをしています。最後に回復魔法てすが、他者の魔力を操るというのは、本来魔物が拾得している技術であり、人が使えるべき技に在らず。よって、特殊魔法使い手とは祖先が魔物だという見方が濃厚である……簡単に言うとこんな感じです。結局、この仮説は証明が不十分として世には発表されなかったようですがね……クックックッ」


それは、俺にとって衝撃の内容だった。

「では、それで使い手たちは居なくなったということですか?」

「わかりません。そこら辺は書いてありませんでしたから。ですが、そう考えるのが妥当でしょうね……クックックッ」


頭の中で、ユナが魔力暴走に陥った時の映像がフラッシュバックする。さらに、ユナの母親が彼女だけに伝えた『あまりこの魔法は使わない方が良い』という言葉。それに、彼女の手のひらの構造。あれは、普通の人とは違う。

カチカチと、それらが繋がっていく。


「あと、一つ。気になる事があるのですよ」

ローブ野郎はおずおずと言った。

「なんですか?」

「先程聞いた話で、母親が回復魔法を使いすぎて亡くなったと言っていましたね?」

「はい」

「普通、自身の魔力を使い果たしたからといって、死ぬことがあるでしょうか?」


「……なにが言いたいんですか?」


「ユナちゃんが助かったのは、母親が回復魔法を使用したからではなく、ユナちゃん自身が母親の魔力を核ごと奪い取ったからではないんですかね?」


驚きすぎて、声も出なかった。

じゃあ何か? ユナの命を救ったのは母親ではなく、母親の魔力を奪った彼女自身だとでも言うのか? ……つまり、ユナが母親を殺したと言いたいのか? それは、あまりにも悲しい考え方だった。


(……そんなはずないだろ)

俺はローブ野郎の考えを否定したくて、考えを巡らせる。ふと、とあることを思いついた。


「……我が呼び声に応えよ『ヘルハウンド』」

俺の足元で魔法陣が浮かび上がり、タロウが現れた。


「ひぃぃっ!? ヘルハウンド!!」

ローブ野郎が情けない声を出した。


『どうした? 主よ』

タロウは辺りを見回してから俺を見上げた。

「質問に答えてくれ。お前は他の者から魔力を吸いとれるのか?」

『あぁ、我が牙はそういった事が出来るぞ? そもそも、魔力を奪って我らは進化を遂げてきたのだ』

タロウはカチカチと、牙を鳴らした。


「前にも見ましたが、この魔物はテプトさんが?」

ローブ野郎が距離を取って聞いてきた。

「はい。前に契約を結びました。俺は召喚魔法も使えるんです。だから、人でも魔物と心を通わす事が出来るんですよ」

そう返したが。


『ふぅむ。テプト、それは少し違うな』


思わぬ所から反論が返ってきた。


「どういうことだ?」


『確かに我は魔物であり、主は人だ。だが、話が出来るのは(われ)が魔物の中でも自我を持つ特別な存在だからだぞ?』

タロウは言って欠伸をした。

『生まれたばかりの魔物には自我などない。魔物は魔力を他から奪い、強さを上げていくのだ。そして、強さの上限に達した魔物同士は多くの存在がそうであるように生殖を行う。そこから生まれた魔物だけが、他を超越した特別な存在と成りうるのだ』

タロウは鼻息を鳴らして、得意気に言った。

『つまり、我のような魔物だ』


そんな事は初めて聞いた。


『人の中にも自我を持たぬ魔物と契約を交わす者がいると聞く。しかし、テプトはそうではないだろう?』


タロウの言葉が耳に刺さる。

「分かった。もう戻っていいぞ」

『むっ? 用件とはこれだけか?』

「悪かったな。また頼むよ」

『次は戦いの時に喚んでくれ』

そう言い残してタロウは消える。



「……そもそも、人の祖先とは何なんですか?」

静かに、俺はローブ野郎に問う。

「テプトさんは、知識に偏りがあるようですね? 冒険者ギルドの事に関しては詳しいのに、一般的な知識が足りていないようです。我々の祖先は、この大陸にやってきた者たちです。彼らは最初魔法など使えず、スキルさえもありませんでした。しかし、この大陸に充ちる魔素が変化をもたらしたのでしょう。やがて、人には力が宿り、繁栄の礎となりました。そして、この大陸にはびこる魔物を打ち倒し、ダンジョンを制圧した者がいました。彼らこそが、このアスカレア王国を築くキッカケをつくり、冒険者ギルドを創設した者たちですよ。ここまで話せば誰かはわかるでしょう……クックックッ」


「……ライマルトとエノールか」


「その通り……クックックッ。故に、人と魔物は絶対的に違うというのが、現在の考え方なのですよ」


俺は額に手を置く。

「ユナちゃんは、このまま回復魔法を使えない方が良いんですかね?」


「……クックックッ。私なら歴史など関係なく、自分のやりたいことをやります。しかし、あの子はまだ幼い。言うべきか迷ったのですよ」


それで水浴びを勧めたのか。


「……母親のことは伏せましょう。証拠はないし証明する術もない」

「……クックックッ。では、それ以外の事は話すわけですね?」

「話さないわけにはいかないでしょう。もしかしたら、ユナちゃんの今後を左右する大きな事かもしれませんから」

「わかりました……クックックッ」


それから俺たちは、陰鬱な気持ちでユナが戻ってくるのを待った。


[エノール]

ダンジョン踏破者


[ライマルト]

エノール率いるパーティーメンバーの一人。冒険者ギルドの創設者


一章 六十九話「冒険者規程」 参照。

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