二十二話 所長とその娘
診療所につくと、受付の女性に話しかけた。
「すいません。冒険者ギルドの者です」
すると、女性は目を細めてこちらを見つめる。この間の女性だった。
「あぁ、制服を着てらっしゃらないので誰かと思いました。えぇ、覚えてます。先日来られた人ですよね」
「はい。実は、所長にお会いしたいんです」
「言いましたよね? 所長はお会いにはならないと」
「今回は仕事で来たわけじゃありません」
「では、なんの用件で?」
「この間、所長と娘さんに大変失礼なことをしてしまいまして、そのお詫びに来たんです」
そう告げる。女性は怪しげな目で俺を見ていたが、やがて「確認しますので少しお待ちを」そう言って席を外した。
時間にして五分ほど。
「あの……所長がお会いになるそうです。案内しますのでこちらへどうぞ」
戻ってきた女性は、小首を少し傾げながら歩き始めた。受付は代わりの人が担当することになったようで、俺は言われるがままその女性についていく。
階段を上がって四階。見覚えのある廊下を進み、その部屋の前にきた。女性はノックをしてから扉を開ける。
「所長、お連れしました」
部屋の中には所長がいて、前回同様机の上の書類に目を通している最中であった。
「ご苦労様。戻って良いですよ」
言われた女性は一礼して去っていく。扉が閉まり、部屋には所長と俺だけが残された。
「制服は着てないのですね。もしやクビにでもなりましたか?」
所長は穏やかに顔を上げてそう言った。
「いえ、勤務禁止を言い渡されただけです」
「そうですか。……そんなつもりはありませんでした。ただ、頭に血が上ってしまい、あんなことをしてしまったのです」
俺は首を振ってから、そのまま頭を下げる。
「こちらこそすいませんでした。全ては軽率な行動にでた俺のせいです。『称号制度』を成功させようとするあまり、周りが見えなくなっていました」
頭を下げ続けながら言う。
「そうだったんですか。てすが、もう私は怒ってはいませんよ。頭を上げてください。娘は無事だったんですから」
俺は頭を上げる。
「娘さんは大丈夫だったんてすか?」
「えぇ、あなたのお陰……で。夕方には目を覚ましましたよ。もう魔法は使うわないようきつく言っておきました」
『お陰で』という所を意味ありげに強調して所長は言った。
「魔法とは、娘さんの使う回復魔法のことですか?」
「はい。ですが、あの子は回復魔法を上手く使うことができません」
回復魔法を上手く使うことができない? 俺が疑問に思っていると、それを察したのか所長が言葉を続けた。
「あの子が使う回復魔法が、普通の回復魔法と違うことはご存知ですか?」
「……はい。魔力の操作によって直接体の治癒を高める魔法です」
「その通り。それは、外傷だけでなく、病気にも効くとされる上位の魔法です。私の妻がその使い手でした。だから、娘が使えるのも当然の事です」
すると所長は、眉を寄せて遠くを見つめた。
「ですが、妻は三年前に亡くなりましてね。……娘が流行り病にかかって危篤状態となったとき、自身の力を最大まで使い娘を救ったのです。そしてその代償としてーーー」
所長は口をつぐむ。その先は言わずとも察することができた。
「おそらくそれが原因でしょう。あの子は、自らの魔力を他人の体に循環させることができないのです。あの時、あの子がその術を身に付けていたなら魔力暴走らしき症状などでなかったはずです」
そう……だったのか。
「それは、俺に話しても良かったんですか?」
「まぁ、形だけとはいえあなたは娘を救ってくれましたからね。あと、あの時のことは誰にも話してませんか?」
俺は、あの時所長が秘密にしてくれと言ったのを思いだした。
「はい」
「魔力暴走は、魔物に起こるものです。もしもその事が明るみになれば、あの子を不審がる人も出てくるでしょう。それは避けたかった。……あなたにこうして娘の事情を話せば、あなたにもあの子に対して少なからず情が湧くはずです。そうすれば、あの時の事を話すこともないだろうと思ったのですよ」
「それはまた……斜め上をいく策ですね」
それに対して所長はフッと笑う。
「ですが、効果はあったでしょう? それでなくともあの子には魅力がある。あんなにも可愛いうちの娘を陥れようなんて考えるのは、それこそ悪魔か人外の者だけですよ」
どうやら所長はそうとうな親バカらしかった。
「娘さんは今どこに? この前のことを謝りたいんですが」
「今は町のほうに出掛けているはずです。一時間ほど前にそう告げてきましたから」
入れ違いだったか。タイミング悪いな。
「帰りを待っても?」
「構いませんよ。それより、私はあなたに聞きたいことがあります」
「聞きたいこと?」
「えぇ。あの時、娘を救った魔法の事です」
あぁ、スキル『吸収』のことか。
「あれは魔法ではなく、スキルです。とはいっても、魔力を持つ者にしか扱えないので何とも言えませんが」
「あれは元から使えるものなのですか?」
「いえ、前に生命力を吸収する魔物に会い、俺もそれが出来ないかを模索した結果、覚えたスキルです」
「他者から魔力を吸収できるスキルなど聞いたことがありません。しかしあなたはそれを目の前でやってのけ、娘を救いました。あれから私も使えたらと思いましたが……そうですか。魔力持ちでなければ使うことは出来ないのですね」
最後の方、所長は渋い表情で呟くように言った。最愛の娘を助けられる方法なのだ。そう考えるのも無理はないだろう。
「娘が帰るまで、そこで座って待っていてください」
所長は、部屋の隅に置いてある椅子を指差す。
「ここで待っても良いんですか?」
「えぇ。あの子の部屋の鍵は私が預かっているので、帰ったら真っ先にここにくるでしょう」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言ってからふと、ある疑問が浮かんだ。
「あの……お二人はこの診療所に住んでいるんですか?」
「一応、家はありますよ。ただ、ここ最近は戻ってませんね。娘が薬学の勉強をしたいと言うので、こっちにいるのです。ここは、薬学の勉強をするには資料など揃ってますし、診療所の外へ持ち出すことが出来ないものなんかもすぐに手に入るので」
「娘さんは薬師を目指しているんですか?」
「そうです。魔法は……先程言った通りです。それに、魔力操作に長けていただけで、魔力自体はそんなに多くはないのですよ。だから、一般的な回復魔法さえもあの子には難しいのです」
俺は、あの少女のことを少しだけ可哀想に思った。
「あの子は王都にある薬師の学校に行くために勉強をしているのです。来年、入学試験がありようやく試験を受けられる年齢になったのですよ」
所長は嬉しそうに、少しだけ寂しそうにそう言った。
結局、それからいくら待っても少女は帰ってこなかった。日も傾きはじめてきたため、俺は帰ることを所長に告げた。
「……そうですね。いつもなら、戻っているはずなんですが」
「また来ます。あとこれを」
そう言って俺は空間魔法で、とある薬草を十個出した。
「今どこから……それよりもこの薬草」
「月光草です。まだ世間的な発表はされていませんが、うちの職員が月光草の栽培に成功しました。月光草は貴重なものなので今はこれだけですが、娘さんの研究なんかに役立ててください」
「なんと!? ……月光草の栽培ですか?」
所長は半立ちになって声を上げる。
「それは、かなりの発見ですよ!?」
「そっ、そのようですね」
顔をずいと近づけてきた所長に戸惑う。
「その栽培はどこで?」
「……冒険者ギルドが管理をしている闘技場です」
「一度見に行っても?」
「許可がおりれば」
所長は目を輝かせて口の端を吊り上げたが、すぐにその表情を消した。
「……いえ、やはり止めておきましょう。そんな重要な発見を教えてもらっては、こちらも何かしら譲渡しなければいけなくなります。私はそちらに協力する気はありませんので」
そう言って、静かに座った。一瞬、なんのことを言っているのか分からなかったが、『称号制度』のこと言っているのだと気づいた。
「別にそれでどうこうしようなんて思ってません。そもそも闘技場を管理しているうちの職員が許可しなければ見学もできませんから」
それから、ローブ野郎のことを考える。
(いや、あいつなら嬉々として許可してくれそうだな)
彼が得意気に所長に説明をしている光景が頭に浮かんだ。
「……本当に謝りにきただけのようですね」
「はい」
「あなたが反省している事はわかりました。今回の事は無かったことにしましょう」
所長は言ってから微笑んだ。
「ここを頼りにしなくても、他のやり方で『称号制度』は、上手くやれるはずです。まだあなたは若い。そのための時間も十分にあるはずです」
「……所長」
「この薬草はありがたく受け取っておきます。今日はわざわざありがとうございました」
「こちらこそ申し訳ありませんでした」
それから、随分と長くいた所長の部屋をあとにする。
診療所を出るとき、ここを訪れる人たちを見れば、みんな安心にも似た表情をしていた。おそらく、何かしらの病気を抱えているのだろうが、ここに来れば治ると信じているのだろう。
それは、この診療所が多くの人々を救ってきた成果なのかもしれない。
(良い診療所だな)
素直にそう思った。




