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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
騒がしいタウーレンの町編
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二十一話 反省

勤務禁止を受けてから、俺はずっと宿屋のベッドで横になっていた。

この町に来てからすでに三ヶ月が経とうとしているのに、未だに宿屋に泊まり、住むところを探してもいない。そのくせ、俺がやってきたことは毎日働いて、自分でミスを犯して、自分を苦しめただけだ。

決して無駄だったと言うつもりはない。だが、その結果は周りに迷惑をかけて傷口を広げたようにしか思えないものだった。


(……どうすれば良かったんだ)


何度もそう自問自答してみるが、そんなことがすぐに分かる頭ならとっくの昔に気づいている。そもそも、ああすれば良かったのかもしれないと考えてみたところで、その結末は誰にも分かりはしない。

考えは一周して、やはり俺の行動に後悔はないと結論付けてしまい、後悔はないが間違っていたという事実が、さらに俺を苦しめた。


どう考えても、今後俺は同じ間違いを犯す可能性を秘めている。

それはミーネさんの指摘通り、俺が本当に分かっていないということになる。


(一つ一つ考えてみるか)


俺は起き上がると、部屋の机に紙を出してペンを持った。

『今回の間違い』と走り書きをしてから、下に『診療所に侵入』と書く。

そこから矢印を書いて『所長の娘と揉め事』と書いた。同じように『所長の勘違い・駆け込み』、『事件発覚』と書いていき、どこでどうすれば良かったのかを考える。



(……最初からじゃねーか)


そもそも診療所に侵入したところからこの事件は始まっている。所長の駆け込みは勘違いだが、それさえなければ防げたことだった。そして最悪の場合俺は警備兵に捕まっていた。


……もしも捕まっていたなら。


紙の空いたスペースに『捕まる』。そう書いて先程と同じように矢印を書く。それから『冒険者管理部が一人になる』そう書いた。



そこまで書いてから、あることに気づく。

もしもそうなった場合、ヒルに三ヶ月前の自分と同じことをさせるところだったことに。

三ヶ月前、俺は悪評の冒険者管理部で一人だった。それが、どれだけ大変だったのかは俺自身が一番よく知っている。知っていながら同じことを彼にさせるところだったのだ。

なぜ、そこまで想像できなかったのか。『なぜ?』そう書き足す。

しばらく考えてからとある結論に至り、それを下に再び書き足した。

『自分のことしか考えていなかったから』

そう。あの時俺は自分のことしか考えていなかったのだ。


『依頼義務化』を考えたのは自分だった。

『称号制度』を考えたのも自分だった。

ギルドを改革するのは自分しかいないと思っていた。

全てとは言わないが、自分が何かをしなければいけない。そう思っていた。と、同時に俺は一種の喜びを感じていたのかもしれない。

俺ができること、俺にしかできないことを見つける度に、自分自身の使命めいた物を感じることができたからだ。


それが、なにをどう間違ったのかあの行動へと駆り立てた。そして、俺にはそれを達成する自信に満ちていた。

もしも、今回の件が俺だけの責任に終わっていたのならそれでも良かったのかもしれない。


だが、実際には違う。俺が捕まることで、影響を受けるのは俺の人生だけではないのだ。


いつのまにか、知らず知らずのうちに俺は多くのものを背負っていたらしい。それに気づかず、自分一人でここまでやってきたような錯覚に陥っていた。


(俺に足りていないものはなんだ?)


それが分かれば、俺は同じ過ちを犯さずに済むかもしれない。

『常識』。そう書いてから、それにバツをする。常識などここにきた当初に壊されてしまっている。

『責任感』。そう書いてから、再びバツにした。大切だが、曖昧すぎる。そもそも何の責任感か分からなければ意味はない。

『誠実さ』。それもバツにする。誠実な気持ちがあればあんな行動はとらなかったかもしれない。だが、それも気づかない程に俺は愚かだったのだ。ちゃんと行動に結び付かなければ思っていた所で意味はない。

その後も『素直さ』、『感謝』、『思いやり』など、思い付く限り綺麗な言葉を並べてみる。しかし、どれもしっくりくることはなかった。


……見方を変えよう。

そもそも、なぜ俺が捕まってはいけなかったのか。

ペンが動き、『冒険者管理部の部長だから』と書く。書いて、その文字に違和感を感じた。俺という存在と、『冒険者管理部の部長』という文字がなぜか一致しなかったからだ。

(……俺が部長かよ)

改めて思う。それは、何かを成し得て確立した地位ではない。成り行きで、仕方なくついた肩書きだ。納得はしていない。そんな地位は望んでなかったし、成るつもりもなかった。


そこまで考えてからようやく理解した。


それでも、俺は部長なのだ、と。

それは、あまりにも当然のこと過ぎてアホらしくも思えた。そんなことは、分かりきっていたことだった。だが、これまでの考えが、行動が、それを否定する。


足りていなかったのは、『冒険者管理部部長としての自覚』だったのかもしれない。

もしもそれがあれば、あんな愚行には及ばなかった。俺は、俺の責任の範囲内で行動をしたつもりだったが、自分が思っているよりも遥かに、その範囲は大きかったのだ。

それは、部長という肩書きの範囲なのだと気づく。


人は、誰しもが何かしら肩書きというものを持っているのかもしれない。

俺は『テプト・セッテン』という名前だが、これにもセッテン家という肩書きがついていて、一生付いて回る。俺が何かをすれば、セッテン家にもその影響はあるに違いない。そんなことは考えたこともなかった。

俺の人生は俺だけの物だが、同時に誰かの人生にも繋がっているのかもしれない。そう思うと、なんだか不思議な心持ちになった。


俺に、『冒険者ギルドの冒険者管理部部長』という肩書きがある以上、それに属し、影響があるものには責任を持たねばならない。故に、あの行動はそこから大きく逸脱したものとして俺は咎められたのだ。


そんな当たり前のことを、理解していなかった。

(アホだな)

もちろん、自らに言ったのだ。

それから、知らず知らずのうちに俺が背負ってしまったものを書き出していった。


『冒険者ギルド』、『セッテン家』。そして、それらを丸で囲んだ。

この二つのために俺は今を生きねばならない。それは拡大解釈のし過ぎかもしれないが、そう認識しなければ自覚など生まれはしないだろう。


『冒険者ギルド』には、職員だけではなく冒険者も含まれる。『セッテン家』には、言わずもがな俺の両親だ。そうやって書き出していくと、俺の人生というのは、実に多くの人たちと繋がっていることが改めて分かる。


(……なんか面倒くさいな)


いつの間にこんなことになったのだろうか? その質問に答えてくれる人などいるはずもない。


そして、ふとあることに気づいた。こんなにも背負ってしまっている俺を、また、背負っている人物もいるのではないか? ということに。


書いた丸を、もっと大きな丸で囲み、それが誰なのかを考える。

答えは、すぐに見つかった。

(……ギルドマスターか)


俺はバリザスの部下という位置にいる。裏を返せば、俺がなにかやらかしたときの責任もバリザスにあるということになる。ということは、俺は、背負っているものだけではなく、背負われている事も考えなくてはいけないのだ。

まぁ、バリザスにその自覚があるかどうかは不明だが、現状はそういうことになっている。


(バリザスに謝らないとな)

今回の件で迷惑をかけたのは事実だ。今度出勤したときは、一番最初にギルドマスターの部屋に行くことを決意する。また、それ以外にもたくさんの人を巻き込んてしまった。別の紙に『(あやま)リスト』と書いて、謝るべき人の名前を書いていった。


そして、今回最も迷惑をかけてしまった人物がいる。診療所の所長と、その娘だ。俺は、立ち上がって支度をした。『冒険者ギルド』には行けないが、診療所には行けるため、これから謝りに行くためだ。


部屋から出るとき、ふと壁にかけてある鏡を見る。そこには、何も分かってはいなかった馬鹿な自分がいた。


「ほんと、調子に乗ってたな?」


そう自分に呟く。決して傲っていたつもりはなかった。精一杯なにかに努めているつもりだった。だが、それは所詮つもりでしかなかったのだ。

何かが上手くいっているときは用心すべきなのだろう。落とし穴などそこらじゅうに在るのだから。それに気づいた者こそが、世間を渡っていく。気づけなかった者は、穴の中で朽ちていくしかない。


ーーー『考えて』。

セリエさんや、ミーネさんが言ったあの言葉は、そんな穴蔵に垂らされた一筋の糸なのかもしれない。そして、俺はその糸を、途中で切れることがないよう傲ることなく慎重に掴んで上っていかなければならない。

今度切れたら、もう二度と這い上がる事は叶わないだろう。


いつか読んだ物語で、そんなのがあったような気がした。








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[気になる点] 主人公の診療所侵入という行動が短絡的すぎて、アホすぎて笑えない
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