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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
騒がしいタウーレンの町編
109/206

十七話 処罰

もしも、魔力を吸い取りすぎた事が原因で暴走したのだとしたら、逆に魔力をこちらが吸い取ることで抑えられるのではないだろうか?

少女の額には玉粒の汗が滲み、顔は歪んでいく。症状は悪化しているようだった。

(考えてる暇はないな)

「すいません、ちょっと魔力を抜きます」

俺は少女に駆け寄ると、すぐさまスキル『吸収』を使用する。触れた所からみるみる魔力がこちらに流れ込んだ。


「それは……っ!?」

所長が目を見張った。

「魔力を抜き取るスキルです。昨日この子に使用しました」

「回復魔法ではないんですか?」

「この子にも言いましたが、残念ながら回復魔法じゃありません」

「そのようなスキルは聞いたことがない」

「修行の最中に覚えたものです。これで治まってくれると良いんですが」


周りの者たちはみんな固唾を飲んで見守っている。やがて、少女の体から発光した湯気が消え、彼女の苦しそうな表情が穏やかになった。


どうやら成功したらしい。ひとまず安堵の息を洩らす。

「よかった」


すると所長は彼女を抱えたまま立ち上がった。

「戻って娘を休ませます。こんな症状は初めてですので、何かあったときのため、すぐそばにうちの魔法師たちをおいておきたい」

「それが良いでしょう。ちなみにこのような症状は初めてなんですね?」

「えぇ。見たこともありませんでした」

「おそらく体内に魔力を取り込みすぎたのが原因でしょう。魔力暴走だと思います」

所長は一瞬表情を難くした。

「……やはりそうですか。このことは秘密にしてもらえますか?」


なぜですか? そう問いかけそうになったが言葉を飲み込んで頷くだけにしておく。

「わかりました」

理由があるのだろうが、それを聞けるような現状ではなかった。

それから、所長は足早にフロアを歩いていく。

「……あぁ、娘のことは感謝しますが、だからといってあの制度に賛同するつもりはありませんので」

思い出したように所長は振り返ってそう言い放った。




「……わかっています」


そう、返すしかない。……今は。


所長が去った後もしばらくフロアは静けさが漂っていた。

「ソカさんを空いてる休憩室に連れていくわね」

セリエさんに声をかけられハッとする。

「俺も行きます」

そう言ってソカに歩み寄ろうとした。


「やめて」


セリエさんに止められてしまった。見ればその表情は張りつめており、有無を言わせない雰囲気をまとっている。


「……ごめんなさい。でも、目が覚めたソカさんに、あなたは何て声をかけるつもり?」


「それは」


「テプトくんが知らない間に問題事を持ち込むのはいつものことだけれど、今回は正直聞きたくないな」

最後の方、セリエさんは悲しそうな表情をしていた。

「もう少し考えて。……って、私はあと何回君に言えば良いのかな?」


その問いに、俺は何も言えなくなってしまった。

結局、ソカは他の男性職員が運び、付き添いにセリエさんがついていく。


「落ち込んでるところ悪いけど、今からギルドマスターの部屋に来てくれるかしら?」

肩を叩かれ、振り返ればミーネさんが静かに言った。その表情からは何も窺うことができない。後ろに立つバリザスは困ったように頭をかいている。


「……わかりました」

俺はそれに従うしかない。




~~~




「なるほど……それで診療所の所長が駆け込んできたというわけね?」


ギルドマスターの部屋では、今回の事のてんまつを話し、遅れて呼び出されたエルドと共にミーネさんの疲れた長いため息をただ見守るしかなかった。


「うーむ。所長の対応がどうあれ、わしはもっとやり方があったように思うぞ。テプトよ、お前なら尚更じゃ」

バリザスは終始眉を寄せて、諭すような声音でそう言った。


「……はい」


「エルドとやら、お前もじゃ。テプトを止められないのはわしらがよく知っておるが、それにしてもじゃ」


「……すいません」


「テプトくん、今回の件に関して、私たちはあなたに何かしらの罰を与えなければならないわ」

ミーネさんが言う。

「あなたがしたことは、このギルドの信用を損ないかねない事よ? わかってる?」


もう、何度目かわからない「はい」を返しても、それはただの返事になるような気がして、ただただ唇を噛みしめた。


「とはいえ、私もあなたになにか言えるような立場ではないわ。元をただせばこのギルドの問題を解決しようとした結果だもの。私たちにも責任の一端はあるわ」

「確かにそうじゃ」

バリザスもそれに同意した。


「でも、だからといって今回は少し強引すぎたわね」


「すいませんでした」

頭を下げる。エルドもそれに倣った。


「三日あげるから頭を冷やしなさい。その間、ギルドにはこなくて良いから」


ミーネさんこ言葉に頭を上げる。

「三日ですか? その間の管理部の仕事は? 今はヒルも出ていてーーー」

「今のあなたにやらせると思う?」

「……いえ」

「そういう言葉が出てくるのは、まだ状況をちゃんと理解してない証拠よ。三日で元に戻しなさい。これは命令よ。良いですか? バリザス様」

聞かれてバリザスは戸惑ったようだったが、真顔になると「うむ」と承諾をした。

「エルドさんについては、今回はお咎めはないわ。ただし、よく考えてください」


俺とエルドは揃って頭をもう一度下げた。それからようやく俺たちは解放された。



「悪かったな。こんなことになっちまって」

部屋を出たエルドは言った。

「とんでもない。俺のせいです」

それからエルドは俺の背中を叩いてきた。

「でも良かったじゃねーか。三日で済んでよ。最悪俺たちはぶた箱行きだったんだぞ? それを考えればどうってことない」

そしてエルドは笑った。

「俺もちょっと前まで失敗ばかりしてたんだ。大事なのはその後にどう反省するかだよ。取り返しの効く失敗に終わったことを感謝しなくちゃな?」

「……エルドさん」

「たぶんしばらくは辛い日々が続くんじゃねーかな? 他の奴等も冷ややかに俺やお前を見るはずさ。だが、気にするな。お前はお前の成すべきことを考えてりゃ良い」

エルドは明るく言うと、仕事が残ってると言って『安全対策部』に戻っていった。


俺は管理部の部屋に戻り帰る支度をする。それから、ソカの様子を見に休憩室に行こうと思ったが、先程のセリエさんが言った言葉が頭にちらつく。


(俺は……俺の成すべきことを、出来る範囲でやろうとしただけだ)


やり方が間違っていたのは認める。認めたからこそ、俺は所長に対してあの対応をしたのだ。そもそも、なぜソカは割りこんできたんだ? 彼女が止めに入らなければ俺が一発殴られて終わっていたはずだった。


あの時ソカは怒っていた。その視線に込められた怒りは、セリエさんからも同様に感じた。その理由が未だわからずにいる。そして、その理由がわからなければソカに会ってはならないと、セリエさんは言ったように思えた。


わからなければ聞けば良い。それは俺の考えだが、安易にそう考えているわけではない。自らの思い込みで何かをするよりは、聞いて確認した方が賢明だと思うからである。


だが、今回は違うらしい。

『もう少し考えて』

彼女が放った言葉だけが耳の奥に残っていて、チクチクと俺を責め続ける。

(……なんなんだよ)

沸き上がる感情に任せて何かを破壊したい衝動にかられたが、それをしても無意味であることはわかりきっている。苛つく気持ちが治まるまで、そこに立ち尽くすしかなかった。



管理部の部屋を出ると、ミーネさんが向かいの壁に寄りかかっていた。

「……どうしたんですか?」


「処罰のこと、悪く思わないでね。こうでもしなければ他の職員に示しがつかないの」

なんだ、そんなことか。

「悪くなんて思ってませんよ」

「そう。なら、良いのだけれど。……本当はテプトくんには感謝しているのよ? 最近バリザス様にギルドの事を教えてくれているし」

「気づいてたんですか」

「当たり前じゃない。あの人の事なんて見ていれば分かるわ。私に隠れてこそこそして……見栄っ張りなんだから。まぁ、男は見栄を張るくらいがちょうど良いのかもしれないわね」

「ミーネさんが教えなくて良いんですか?」

「あら、どうしてかしら?」

「俺がバリザスに教えているのはギルド学校で学んだ事だけです。それなら、ミーネさんが教えたって同じはず。バリザスにとってはそっちの方がやりやすいと思いますし、ミーネさんも嬉しいんじゃないんですか?」


「嬉しい? 逆よ。私に教えを乞うあの人なんて、見たくもないわ」


「だから今まで放置していたんですか? それで苦しんでいるのはバリザスで、そんなギルドマスターの下につく職員たちですよ?」


すると、ミーネさんは少しだけムッとした表情を見せた。

「テプトくんは人を怒らせるのが上手なようね? どこでそんなことを覚えたのかしら?」

「まぁ、ここにきてからですね」

「でも、その怒りが自分にどう影響するのかを全く考えていない。わざとやってるのかしら? だとしたら、相当なマゾヒストね。もしも違うのなら、もう少し考えた方が良いかもしれないわ」


今度は俺がムッとする番だった。

(……また、考えろか)


「どう影響するのか教えてください」

そう返すと、ミーネさんは深いため息を吐く。

「どうやら末期のようね……良いわ、今回だけよ? 今ので言うと、私は、簡単に人を怒らせるような発言をするテプトくんに少しだけ失望したの」


(別に、ミーネさんに失望されてもなぁ)


「今、私に失望されても構わない、とか思ったでしょ?」

「わかるんですか?」

「そういう顔をしていたのよ。普通は他人からそんなことを言われれば怒ったり、落ち込んだりするものなの」

「知ってます。ですが、そんな事は無意味ですよ。怒ったり落ち込んだりしても何かが変わる訳じゃない」


ミーネさんが再びため息を吐いた。

「テプトくんはそれを弱さだと考えているのかしら?」

「確かに、真実を言い当てられて気持ちが乱れるのは弱い証拠だと考えています」

「別にそれは弱さではないわ。人である限り当たり前の事よ。それに無意味でもない」

「余計な感情は、物事を視る目を曇らせるだけだと思いますけど。現にミーネさんもいつも無表情でいるじゃないですか」

「時と場合によるのよ。テプトくんはもっとそういうものを大切にした方がいいかもしれないわね? じゃないと、本当に大切な物を見落とすことになる。まぁ、私が言えた立場ではないけれど」

そう言って、ミーネさんは表情を和らげた。


「なんだか要領を得ないですね。明確には教えてくれないんですか?」

「明確な答えなんて誰も持ってないわ。わかっているのは自分と、自分以外の誰かがいるという事実だけよ」

その言葉にも、暗号のごとき符号化がされているように思えた。


「わかりました。ゆっくり考えてみます」

おそらくここでは答えはでないのだろう。なら、話は終わりだ。ミーネさんは「それで良いのよ」と、一人納得したように笑みを浮かべた。


「それと、私は明日から王都に行くから数日居ないの。それを伝えに来たのよ」


「またですか?」


「今度は定期の報告があるのよ。各ギルドからも代表が集まるから強制招集ね」

「あぁ、なるほど」

年に一回、各ギルドの代表者は本部へと集まり報告をしなければならない。それがあるということだ。

「テプトくんも連れていこうと考えていたのよ? こんなことになって残念だわ」

「俺はまだ就任したばかりの新参者ですよ?」

そう返すと、ミーネさんはフフっと笑ってから「超ド級のね」とつけ加えた。



結局、ソカの様子を見に行くのは止めにした。形はどうあれ、彼女が俺を助けようとした事実を思うと不誠実ではあるものの、なんと説明し、なんと声をかけたら良いのかわからなかったからだ。もしかしたら、ソカをもっと怒らせてしまうかもしれない。俺はそれでも構わないと思ったが、セリエさんやミーネさんの言葉を思うと止めておいた方が賢明だと判断した。


処罰は三日の勤務禁止。それは、ギルド職員として働くべき資格はないと言われたも同然だ。



ギルドを出ると、時間帯のせいか人通りが多くなっていた。彼らは、それぞれに目的を持ってどこかに向かっている。そんな中、俺だけが目的を失い、ただ呆然とその光景を見ているだけだった。








明日から一週間更新はありません。


また、前回、前々回の話は見直してみます。


いつもお読み頂きありがとうございます。

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