十話 手紙の回収
「ヒル!例の物はもう出したのか?」
管理部に入ると、ヒルは一瞬呆然とした表情を見せ、思い出したように口を開いた。
「あぁ、密告書ですか?今日の朝に商業ギルドに行って、王都行きの荷物に積んでもらいましたよ。……それが何か?」
「回収する」
「……はい?」
「密告書は無しだ。バリザスには、このままギルドマスターを続けてもらう」
ヒルは驚いた後に、呆れたような表情を見せた。
「回収するって言ったって、おそらくもう出発してますよ?」
「まだ間に合うはずだ。少しの時間はずすぞ」
「えっ?今から行くんですか!?」
「そうだ」
言ってから管理部を出た。
「ちょっと!テプトさん!」
後ろから聞こえるヒルの叫びを振りきり、そのまま冒険者ギルドを出る。
それから、商業ギルドへと向かった。
商業ギルドは、町を貫く大通りの一角に建っている。そこでは、タウーレンの町で商売をする店の管理を行っており、他の町との荷物の輸送もそこで取り仕切られていた。といっても、商売用の荷物を運ぶついでに手紙なども引き受けているだけで、緊急の連絡などは専用の郵送屋が行っている。
建物は冒険者ギルドよりも大きく、出入り口は絶えず人が出入りをしていた。
「ようこそ商業ギルドへ。何かご用ですか?」
中に入ると、一人の女性が笑顔で近寄ってきた。髪を後ろで纏め、動きやすそうな服装に身を包む彼女は、その利点を遺憾なく発揮し、しゃきしゃきと動いている。
「すいません、今日の朝に出した手紙なんですが、回収したいんです」
「そうですか。ちなみに、どこ宛の手紙ですかね?」
「王都です」
「ちょっとお待ちください」
女性は、一旦奥の扉へと引っ込んで、しばらく経ってから戻ってきた。
「お待たせしてます。おそらく昼前に出発した王都への定期輸送車に積まれていると思います。緊急でしたら早馬で追いかけますが、いかがいたしますか?」
「そこまでしてくれるんですか?」
自分で追いかけようと思っていたため、女性からの提案に驚いた。
「もちろん、代金は頂きます。通常ですと、銀貨三枚頂きますが、今こちらで管理している馬小屋には一番足の早い馬がいましてね?銀貨二枚追加していただければ、もっと早く追い付くことが出来ますよ」
笑顔で提案をしてくる女性。
さすがは商売を取り仕切っている所だけあって、対応が迅速で取引も上手い。
「じゃあ、それでお願いします」
そう言うと、女性は笑みを深くして近くにある机へと俺を案内した。それから、一枚の紙を渡してくる。
「ここに差出人と宛先を明記してください」
言われてその後に渡された筆をとる。それから、差出人が分からないことに気づいた。
「すいません。宛先が分からないんですが、差出人だけでも大丈夫ですか?」
すると女性は一瞬怪訝そうな表情をしたが、すぐに笑顔に戻る。
「差出人本人様ではないんですか?」
「いえ、手紙を出すよう指示した者です。大まかに頼んだので、誰に出したのか知らなくて」
「あぁ、そういうことですか。差出人だけでも大丈夫ですよ。その代わり、お客様の身分証になるものが必要になります。みたところ……冒険者ギルドの方ですよね?」
女性は俺が着ている制服をチラリと見てから問いかけてくる。
「はい。そうです」
「では、冒険者ギルドの所属と名前だけ、下の方に書いていただけますか?一応、問題があった時のためですので」
「分かりました」
言われた通りに差出人であるヒル・ウィレンの名前と、俺の名前を記入し、銀貨五枚を渡す。
「承りました。すぐに早馬で追いかけさせますので、明日には戻ってくると思います。手紙は冒険者ギルドに直接持っていって大丈夫ですか?」
「お願いします。こちらの受付の方に話しは通しておきます」
「そうしてもらえると助かります」
あっという間に手続きは済んでしまった。急いで来ただけに、なんだか拍子抜けである。
「……さすがだな」
建物を出た後に、思わずそう呟いてしまった。
ギルドに戻ると受付のセリエさんに話をして、商業ギルドから手紙を預かったら保管してもらえるよう頼んだ。
「それは構わないけど……なんで王都に手紙なんて出したの?」
「それは、知り合いに出したんですけど中身を間違えてしまって」
咄嗟に嘘をついた。対してセリエさんは訝しげな目線をこちらに向けてくる。
「……怪しい」
「……なんでてすか?」
「どうしてかしら?テプトくんの笑顔はなんだか不安を掻き立てられるのよね。今までの事があるからかしら?それとも私の勘は正しい?」
問われて一瞬答えに迷う。
「考えすぎですよ」
ひきつりそうになる笑みを無理矢理抑えてそう答える。
「……そう。とりあえず分かったわ。他の人にも伝えておくね」
「助かります」
少しの間があったが、セリエさんはそれ以上追及してこなかった。それに、安堵している自分がいた。
だんだんとセリエさんの心配も神がかってきている気がする。管理部へ戻りながらそう思う。俺がバリザスを蹴落とすような手紙を出したこと、彼女はどう思うだろうか?
脳裏に一瞬だけ、セリエさんの悲しそうな表情が浮かぶ。そんな表情を彼女は見せたこともないのだが、なぜだかその光景が浮かんだのだ。それを目にした俺は、感情の波が喉元に込み上げてきて呼吸が止まる。その感情が何なのかは説明し難く、たぶん、決して善いものではない。
セリエさんには、自分の汚い部分を見られたくないと思ってしまっていた。
それは、彼女の純粋さがそう思わせるのだろう。それは間違いなく天性の物であり、彼女が受付で最も人気の高い理由はそこにあるように思う。
もしもそれがソカだったなら、そんなこと毛ほども思わないはずなのに。
管理部へ戻ると、ヒルが珍しく仕事をしている。
「早かったですね?取り戻せたんですか?」
「いや、商業ギルドへ行って回収するよう頼んできた」
そう答えると、ヒルはため息を吐いた。
「やはり、あなたもそっち側の人間だったというわけですか」
「そっち側?」
「はい。気持ちだとか、同情だとかの不確かな物を根拠にあげて、物事を冷静に観れない人たちの事ですよ。結果的に彼等は信じて取った行動の末に身を滅ぼします。そういう人たちを僕は何人も見てきました」
「言ってる意味が分からない」
「今回もどうせ、バリザスさんに同情しての結果でしょう?」
何もかもお見通しだ、そんな風にヒルは言った。
「違うな。俺はバリザスに、将来性を感じたから手紙を回収することにしたんだ」
「それこそ不確かな物ですよ」
「だが、それを捨ててしまったら誰も何も出来なくなるぞ?期待をするから何かを任せようと思う。それに応えたいと思うから人は頑張るんだ」
「ですが人は期待に応えられず、期待した者まで共倒れです」
俺の言葉の後に続けてヒルがそう締めくくった。
「……お前、そうとうひねくれてるな。辛い青春時代でもおくったのか?」
「はは、僕は真理を言っているだけですよ。あと、何かを人に任せるのは、それを任せられる実力がその人にあるからです。頑張りに期待しているようでは、この先馬鹿を見ますよ?」
ヒルの言っている事は、あながち間違いではないように思えた。
「見ないようにするさ。何がなんでもな?」
それを思わせる位の物をバリザスが示してくれた。それで良いじゃないか。あとは俺が無理矢理にでもバリザスを調教すれば済む話だ。
「まぁ、健闘を祈りますよ。あぁ、それからこれ」
そう言って、ヒルは一枚の紙を手渡ししてくる。
「なんだこれは?」
「この件に関して、僕は本部に報告しようとしました。それを阻止したのは、テプトさんです。その潔白を証明するための物ですよ」
見れば、今回バリザスを密告しようとした事の経緯と、それを俺が直前で取り止めた事が書かれていた。
「一番下に名前を書いてもらえますか?その内容をテプトさんが肯定した証になるので。もしもこの件で本部から詰問された場合、これを提出します」
整然とヒルは言った。
「お前という奴は……呆れを通り越して尊敬するよ」
「ありがとうございます」
俺はそれにサインすると、ヒルは意外そうな表情をして受け取った。
「案外あっさりとサインしましたね。破られるかと思いました」
「別に構わないさ。俺がやることに全て付き合わせる気はない。それよりも、自分の身を守れるなら出来ることはやっておくべきだと思う。そういう所に関しては好感を持てるよ」
「……」
「どうした?」
「……いや、なんというか。変な人だなぁと思いまして」
「お前に言われたくないよ」
ヒルもかなりの変わり者だ。ということは、ここは変わり者の集まりということになる。まぁ、そうでもなければこのギルドでやっていくことは不可能かもしれないな。