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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
騒がしいタウーレンの町編
101/206

九話 説明会(後編)

「この人が、前の管理部の奴等と違うってことは分かってるんでしょ?だったら、チャンスを与えても良いんじゃないかしら?」

突然現れたソカは、甘い声音で男に言った。

「そっ……そうか?」

「そうよ。いつまでも過去に囚われてるなんて、それこそ冒険者らしくないんじゃない?」

男はしばらくソカを見つめて考えていたが、やがて口を開いた。

「君がそういうなら……」

そう言って呆気なく引き下がる冒険者の男。ソカの奴……スキル(魅惑)を使いやがったな。

「みんなも別に良いでしょ?最近、私たちが入れなくなってる店が増えているのは確かじゃない?間違ってる事は言ってないと思うけど?それとも、だれか別の方法があるわけ?」

静まり返る冒険者たち。

「じゃあ、この話は終わり。あーあ、私お腹空いちゃった」

ソカが無理矢理話を終わらせる。緊迫していた空気が一気に緩んで、いつもの雰囲気を取り戻した。まだ説明会の終了を告げてもないのに、冒険者たちは一人、また一人と、勝手に部屋を退出し始めた。

まぁ……説明は終わってるから良いかな?

なんとも締まりのない幕引きだ。

「ソカ」

俺は、彼女を呼び止める。

「……なに?」

「ありがとう。君が割って入ってくれなかったら、どうなっていたか分からない」

そう言って頭を下げる。対して、ソカは鼻で笑った。

「嘘。私が何かしなくても、あなたはどうにかしてたと思うけど?」

予想外の言葉に一瞬喉をつまらせた。

「だから割って入ったの。あなたが自分でどうにかしちゃう前に」

「……なぜそんなことを?」


「あなたに、私を知らしめるため」


彼女は、平然とそんな言葉を口にした。その赤い瞳が言葉以外の何かを伝えようとしてくる。そして、その瞳に捕らわれて動けなくなる寸前に、俺の中でスキル(魅惑抵抗)が自動で発動されるのを感じた。

「……それは俺には効かないって知ってるだろ」

ため息混じりに言ってやる。

「ほんと、厄介よね。使いたい相手にこのスキル使えないんだから」

残念そうに肩をすくめるソカ。

「俺を落としてどうする気だよ」

「ギルドの掌握……かな?」

そう言ってソカは笑う。それを考えてる奴はそんな答え方しないだろ。

「とにかく助かった」

それに対して彼女は、妖艶な笑みをチラリと見せてから部屋を出ていく。

「お前を評価しているのは俺だけじゃなかったようだな」

カウルが俺に向かってそう呟いた。

「あいつは……面白がってるだけだよ。それが結果的に俺を助けることになってるだけさ」

彼女は、興味のあるものにだけすり寄ってくるネコのようだ。行き先は尻尾の向きで変わり、ご機嫌を損ねようものなら牙を向く。正直にいえば苦手なタイプだった。

「お前はおかしな奴だな。もっと人を信用した方が良い」

ソカを信用する。なぜだか、とてもデンジャラスな感じがする。

「カウルの事は信用してるんだけどな」

「そうか。それなら良いが」

「カウルも、冒険者を止めてくれてありがとう。助かったよ」

「俺のしたいようにしたまでだ。まぁ、良いところは全部あの女に持っていかれたが」

「そう言うなよ。俺はしっかり見てたからな?」

「その言葉だけで十分だ」

カウルはそう言って、部屋を出ていった。彼が最後の一人だったらしく、先程まで騒がしかった部屋は静まり返っている。そこに、俺とヒル、バリザスだけが残っていた。

「僕らも戻りましょう」

ヒルが陽気に言って歩き出し、俺もそれに続いた。部屋から出るとき、バリザスの事が気になってふと振り返る。

バリザスは、いまだに立ち尽くしていた。

いつまで落ち込んでるんだよ?ヒルに先に戻るよう伝えて、俺はバリザスのもとに近づく。

「冒険者の言葉がそんなにショックでしたか?」

それに対して、バリザスは何も答えない。まるで電池が切れてしまった機械のようだった。そうしていても埒があかないため、管理部へ戻ろうとした時、急にバリザスが笑い始めた。

「くっ……くはっ……ははは。わしは、このギルドに居なくても良い存在らしいな。冒険者に何も言い返す事が出来ず、結局、お前は理解ある冒険者と共に場を収めてしまった」

その声には覇気がなく、微かに震えていた。

「今さら何を言ってるんですか?そんなの分かりきってる事でしょう」

バリザスが顔を上げて俺を見る。その表情は、今にも崩れ落ちてしまいそうなモロさを感じた。

「お前は……容赦ないな」

「あなたがそうさせたんですよ。それとも、慰めの言葉でもかけてほしかったですか?別に現状は変わりませんけど」

「分かっておる。分かっておったのじゃ……しかし、わしは分かっておらんかったのやもしれぬ」

「……何を言ってるんですか?」

「これまで、冒険者たちのためにギルドマスターをやってきたつもりじゃった。それしか、わしに出来ることはないと思うておった……じゃが、それは全て無意味な事じゃったらしい」

「無意味?……そんな事はありませんよ。あなたの『お陰』で、この現状があるんです。このギルドが問題だらけなのも、冒険者から文句を言われているのも、全てあなたが取った行動の結果です。自分だけが報われていないような言い方は止めてもらえませんか?」

バリザスは唇を噛む。

「……確かにそうじゃ。これは、わしが自分でもたらした結果じゃ。つまらん事を言ってしまったな」

「それで?ギルドの方針の方はどうなりましたか?」

「……まだ、結論は出ておらぬ」

まぁ、予想通りだな。

「そうですか。頑張ってください」

残り少ないギルドマスター生活を。

俺は管理部へ戻るため踵を返した。

「教えてくれんか?……わしはどうすれば良い?」

……はぁ。

「そんなのは自分で考えてくれませんかね?」

「考えておる。しかし、分からんのじゃ。……頼む、教えてくれ」

バリザスの方を向くと、彼は床に手をつこうとしていた。

……おいおい。予想外の行動に俺は目を見張る。

「今までの事は謝ろう。わしは……どうしようもないギルドマスターじゃ。それを、わし一人だけが分かっておらんかった」

彼がとった体勢は土下座であり、プライドだけが高いバリザスが、そんなことをするなど思いもしなかった。

「この歳になり、もう何かをすることが億劫になっていたのじゃ。だから、自分を変えずにやれる方法を見いだそうとしていた。しかし、どうやらそれは間違いらしい。昨日から考え、やっとその事に気づいた」

悔しそうに声を絞り出すバリザスは、とても哀れでギルドマスターとは思えない。


そこには、自分の不甲斐なさを悔やむ、ただのおっさんがいた。


「わしはこれから変われるのじゃろうか?変われるとするならば、どうすれば良い?……教えてくれんか」


俺は少しの間何も言えず、バリザスを見続けた。それから少しずつ、このおっさんは、自分に唯一残っているプライドを捨てたのだと理解し始めた。それが、どれだけ屈辱的で辛いことなのかは知らないが、それでも自分に出来る精一杯を今この場でしているのだと。

「……ギルドマスター、その言葉に嘘偽りはないですか?本当に、自らを悔い改めて、これからに励む事が出来るんですか?」

「……出来る」

バリザスは言い切ったが、俺は信用していなかった。かつて俺がそうだったように、人がそう簡単に変われるわけがないのだ。だが、人がそう願い続けるのなら出来ないことはないはずだ。少なくとも俺はそう信じている。

ならばーー。

「分かりました。助力ではありますが、あなたに協力しましょう」

床についた二つの手が、なにかを堪えるように筋張った。

「……すまぬ」

情けない声だった。

「みっともないんで、とりあえず立ちあがってもらえますか?あと先程、自分のことを『どうしようもないギルドマスター』だとおっしゃいましたね?」

「あぁ。言うた」

バリザスは、立ち上がりながら答えた。

「おそらくこのギルド内で、そう思ってない人が一人だけいますよ」

その言葉に、バリザスは難しい顔をする。

「誰じゃ?」

どうやら本気で分からないらしいな。

「ミーネさんですよ。あの人だけはおそらくそうは思っていない」

「ミーネがか?わしは今まで、奴に全ての仕事を押し付けてきたのじゃぞ?」

「俺にも何でかは分かりませんよ。ですが、ミーネさんだけは間違いなくあなたの味方をしています。それも、異常とも思えるほどに。前に、ランク適正試験の日に、あなたが無断欠席した件で会議が開かれたんです。内容は、あなたが本当にギルドマスターとして相応しいのかどうか」

「……そんなことが。あの件は、次の日にミーネから怒られただけじゃった」

「でも会議では、結局あなたをギルドマスターとして継続させることになりました。それ以外でも、ミーネさんは事あるごとにあなたを庇い、あなたにとって良い結果となるように動いています。どうしてそんなことをしているのか疑問ですが、今のあなたの地位はミーネさんが守ってきたものじゃないんですか?」


バリザスは目を見開いた。

「そんなことは、一言もミーネから聞いてはおらぬ」

「でしょうね?そもそもミーネさんはそんなことを言う人じゃない。最初、あなたがミーネさんにそうさせているのかとも思いましたが、見ていると彼女自らがそれをやっているように思います」

「……なぜじゃ?」

「彼女自身に聞いてくださいよ。俺は興味ありません」

バリザスは言葉を失なってしまった。


俺は、そんなバリザスを見てからため息を吐いた。そして、ヒルに頼んだ密告書の事を思う。

……たぶんもう出してるよなぁ。

それから、すぐに結論を出した。

ーー回収するか。

「すいません、やらなければいけないことがあるので、これで失礼します」

そう言って、バリザスの言葉を待たずに俺は部屋を飛び出した。






部屋に残されたバリザスはふと、昔の微かな記憶を思い出していた。

それは、十年前の何気ない日の事。あまりにも、多くの出来事に埋もれてしまっていた僅かな記憶の欠片。

バリザスはギルドマスターに就任したばかりで勝手がわからず、まだ歯がゆい思いをしていた時の頃、同じくこのギルドに来たばかりの新人職員の少女が建物の裏で一人落ち込んでいた。

声をかけると少女はパッと立ち上がって、目元を真っ赤にしながらバリザスに頭を下げてきた。なにをしていたのかと訪ねると、仕事が上手くいかないのだと言ってきた。それに対して、自分も新しい職場に上手くやっていけてないのだと話すと、少女は少し驚いたようだった。

『Sランク冒険者だったバリザス様でも、難しい事があるのですか?』

『あぁ、難しい事ばかりじゃよ。ギルドの仕事はいまいちわからん。受けなければ良かったと思うておる。まぁ、そのうち出来るようになるじゃろう。そう思っとらんと、ギルドマスターなどやっておれん』

『私にはそう思えないわ。よく先輩の言ったことを忘れて、失敗ばかりしてしまうもの』

『ふっふっふ。こんな老いぼれが頑張っているのじゃぞ?少しは根性見せんか』

『根性ではどうにもなりません』

完全に不貞腐れてしまった少女に、バリザスはある提案をした。

『では、こんなのはどうじゃ?もしも、お前がギルド職員として一人前になり、わしもギルドマスターとして一人前になることが出来たなら、その時、お祝いとしてお前の願いを一つだけ叶えてやろう』

すると、少女は驚いたような表情を見せた。

『何でも?』

『あぁ、何でもじゃ。わしは元Sランク冒険者じゃぞ?大抵の事は出来る』

『だったら……精霊樹の森へ行ってみたいのです』

『精霊樹の森じゃと?』

それは、アスカレア王国北部に位置する森の名前であり、そこには精霊が住むとされ、神聖な森として古くから守られてきた。一般の者は立ち入ることは出来ず、許された者のみが入ることが出来る。もしかしたらギルドマスターなら入れるかもしれなかった。

『本で精霊樹の森を読みました。とても幻想的で美しい森だと。一度で良いから行ってみたいのです』

そんな少女の目は、途端に光を帯び始めた。

出来るか分からなかったが、そんな少女をガッカリさせたくなかったバリザスは、大口叩いたこともあって承諾してしまった。

『本当ですか?』

『あぁ。なんとかしてみせよう』

少女は喜んだ。

『あれ?……ですが、バリザス様が一人前になったお祝いはどうするのですか?』

『ふっ、その時はお前が優秀な部下として、ギルドで働くのじゃろう?それで十分じゃよ』


それは、落ち込んでいた少女と交わした約束。


『約束ですよ?バリザス様』

『大丈夫じゃ。わしは約束は守る男じゃからな』

『じゃあ、私もう少し頑張ってみます。正直に言うと、辞めようかと思っていました』

『そうか、ならば話しかけて正解じゃったな。未来の優秀な部下を失うところじゃったわい』

『まぁ!お上手ですね?』

『ふっ。……ところでお前の名はなんと言う?』

『わっ!すいません、名も名乗らずに……ミーネです』

少女の慌てようにバリザスは笑ってしまった。

『では、ミーネよ。早く仕事を覚えてしまえ。まぁ、わしの方が早いじゃろうから、それが出来た時点で精霊樹の森へ連れていってやろう』

『分かりました。バリザス様も早く立派なギルドマスターになってくださいね』

『分かっておる』




その数日後に、件の少年はやって来た。交わした約束は慌ただしい日々を前にして、バリザスはすっかり忘れてしまっていた。

「……まさか」

バリザスはその事を鮮烈に思い出したのだ。

「まだ、あの約束が守られる日を待っておるというのか?……ミーネよ」

その呟きを聞いた者は、この部屋には誰も居なかった。










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