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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Keepsake

作者: 水沫

「お母さん! 明日のクリスマスケーキはショートケーキがいい!」


「ふふ、じゃあ明日、ショートケーキを買いに行こうね」


「うん!」


 表通りから聞こえてくる声。少し羨ましいけど、僕には親が居ないから仕方ない。スラム街で生きる僕達に、行事イベントなんて関係無いんだ。――そう自分に言い聞かせる。


 薄暗い路地裏では、今日も僕達はゴミを漁っていた。


「おいウスノロ! まだ食い物見つかんねえのか!」


 ガキ大将――ボスが小さな声で、しかし僕を強く責めたてる。


「ごめん、もうちょっと待って……」


 僕の情けない声に、ボスはついに僕を殴った。


「急がねえと店の奴に見つかるぞ! お前のめ」


「おい、何してやがる!!」


「やべ見つかった……お前ら撤退だっ!」


 慌ててがなり立てる店主から仲間と必死で逃げた。どうにか撒いて一息つくと、ボスは僕を睨んだ。


「お前のせいだぞ! お前がノロノロしてたから……」


 ボスは僕を罵っているうちに、周りにいる仲間たちからも罵声が飛んでくる。――大丈夫、大丈夫。今日は皆少し機嫌が良い。まだ殴られてないから、大丈夫。


 そして言いたいだけ言うと、


「で? ウスノロが盗ってきた食い物は?」


「……無い、ごめんなさい」


「くそがっ……」


 ボスが頭を抱える。


 僕はここ数日、食べ物を盗ってくることが出来なかった。


 このグループは他とは違って、珍しく仲間が盗ってきた物を皆で等分する。そして怠ける者が無いよう、ノルマを設定していた。つまり、一人分の収穫が無くなっただけでは大して食べる量は変わらないが、でも少しでも多く食べ物が欲しかった。育ちざかりの僕たちは、常に食べ物に飢えていたから。


 殴ってくるだろうか。殴るだろうな。僕がボスだったら絶対そうする。ご飯が増えると仲間に入れてくれたのに、僕のせいでご飯が減ってしまうのだから。いや、飯抜きにされるかもしれない。


「……仕方ねえな。これやるよ」


 ボスが固いパンを投げてきて、


「へっ?」


 慌ててキャッチした。それを見た仲間たちが、


「ボス、ウスノロに甘くねえか?」


「飯一つ盗れねえ奴に飯をくれてやるのか、ボス?」


「ボスのお人好しはいつものことさ。納得いかないけどな」


 スラム街では、仲間たちの言うことの方が正しいのだろう。生きるか死ぬかの世界で、ボスの方がおかしいんだ。


「……ありがとう、ボス」


 思わず視界が滲む。


「次盗ってこれなかったら、ただじゃおかねえからな」


 そう言って、ボス達は去って行った。仲間たちに唾を吐きかけられながら、ボスに向かって深々とお辞儀をした。――なんだかんだで、ボスは優しい。


 パンは水に浸して、歯が無くても食べられるくらいにふやかして、大事に食べた。ろくに味なんてなかったけど、美味しかった。


 そして僕の寝床へ行く。縄張りと縄張りの間に寝られるだけのスペースがあるのに数ヶ月前に気づいた。それ以来、ずっとそこで寝泊まりしている。あまりにも小さいスペースだから、分捕られる心配も無い。……筈なんだけど、今日はずっと誰かに見られているような感覚があって、少し心配だ。僕は力が弱いから、抗っても抗えない。


 不安に思いながらも、小さな布きれを繋ぎ合わせた大きな布に包まって、柔い木の壁に隠れるようにして寝た。



*.*.*



夢を見た。父さんと母さんと、一緒に住んでいた頃の夢。いつも三人で、楽しく笑い合っていた。……幸せだった。ずっと続くものだと、そう思っていた。


 次の瞬間、突然父さんが消えた。玄関のドアが激しく叩かれる。あいつだ。お母さんからお金を奪う人。――こんな時に、何で父さんがいないの?どこに行ってしまったの……。


 母さんは僕を強く抱きしめながら泣いていた。母さんの銀色の指輪が光る。

 僕が、僕が母さんを守らなきゃ――そう思った時、母さんも消えた。


 「ごめんね」――そう言い残して。



*.*.*



 次の日の朝。空気があまりにも冷たくて、布の中から出られなかった。よく凍死しなかったなと我ながら感心した。


 少し気温が高くなってきて、布の中から出る。その時、木の壁の陰に小さな箱があるのを見つけた。


 箱には、おまけのような小さなリボンと手紙が貼ってあった。手紙には「Happy Christmas」と一言だけ。


 ドキドキしながら箱の蓋を開けると、その中には血塗られた銀色の指輪があった。「Armelleアルメル Herriotエリオ」――母さんの、名前が彫ってある、指輪。


 涙がとめどなくあふれてきて、止まらなかった。ついに声も上げて、目をめちゃくちゃにこすった。それでも涙は止まらなかった。



*.*.*



 小さな箱を前に泣きじゃくる少年を、陰から見つめる男がいた。男はしばらくすると、桟橋へ向かった。


 桟橋に着くと、左手の薬指にはまるそれを、川に向かって思いっきり投げた。



Raymondレイモン Herriotエリオ」――銀色の指輪は陽の光を受けて輝いていた。



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