割れる国へ
騒々しさがなくなり、静かになってきた会場の一角で、家康が見守る中、カミムスビ、キサガイヒメ、ウムギヒメなどの治療の技術を持った日本の神々が碧の治療にあたっている。
「さて、これで最後の槍です、抜きますよ、痛いですよ」
「やだ、優しくして……」
「何をしょーもないことを言ってるんですか、この後仕事があるんですからちゃきっとしてください」
碧は面食らったような顔で血をだくだくと流しながら家康の方に向き直る。
「え、一仕事っていうか、大仕事終えたばっかりなんですが、いったい何があるっていうんですか?」
「神々が降臨してもまとまらない地域が多いんですよ。そこをちょちょいと人類をまとめた現人神として統率してみろとキリストの神が言ってましたよ」
まとまらない地域……国が広い中国や人を崇拝してる地域だろうか?
とりあえず面倒な場所が多そうなのは間違いなさそうだなと碧は考える。
「多少の加護を得た程度の私で勤まりますかねえ」
「大丈夫、あなたは人としては最強の武器、純粋な心をお持ちです、それをぶつけてくればよいのですよ。さて、治療は終わりました。戻りましょう。ありがとう、カミムスビ、キサガイヒメ、ウムギヒメ。碧、詳細は後を追ってお伝えします。健闘をお祈りしておりますよ」
大分神がはけ、すっきりとした会場の中で碧は一人取り残される。
「まぁ、とりあえず世界の終わりは防げたんだし、アピールアピールしていけばなんとかなるでしょう!」
脳内に花を咲かせて、気を取り直して、碧は帰り支度を整えはじめる。
そして、会場のロックが外れたドア、巨人も通る故相当に大きいものを、力づくでこじ開け、碧は帰路についた。
地上への階段をホップステップしながらゆっくりと歩いていく、様々な種族に合わせて階段の幅が設定されておりこれを移動しているだけでなかなか飽きないようだ。
途中で食べようと思っていたお弁当は血塗れになっていて食べられなくなっていてテンションが下がったのが玉に傷な様子。
「お腹……減ったなぁ……」
そこにどろんと姿を現す家康。
「ああ、仕方ないですねえ、天婦羅食べます?」
「あ、いただけるんですか、嬉しいなぁ」
「今日は頑張ってもらいましたからね。揚げたて作ってくるのでお待ちなさい」
どきどきわくわくしながら碧が待っていると、家康が盛り合わせとご飯とみそ汁を持ってきてくれる。
「さぁ召し上がってください」
「いただきます! うおぅ、塩、塩だけで素材の味が引き出されていくぅ、海老さんのぷりぷりが、いかさんのもちもちが私を襲う……ヒラメが舌の上で舞い踊り、青葉はサクサクとまるでスナックのごとししいいいいいい、華、かき揚げの小さな海老さんとニンジンさんと玉ねぎは…協奏曲を奏でアンドゥトロワと私を快楽にいざなうううううう」
「お気に召してくださいましたか」
「ご飯お美味しく進み、みそ汁はあっさり目の味付け…恐れ入りました」
「では、元気いっぱいですか?」
「はい! 碧いきます!」
「行ってらっしゃいませ」
「うおおおー!」
「……あ、天宮さんですか、碧さんダッシュでそちらに向かいました、ええ、予定時刻にはつくかと」
とにかくそうして十数時間、何とか地上は家康のおうち、日光東照宮にたどり着くことができたよう。
すると、碧に声をかけてくる人間がいる。碧と同じような巫女服を着ていて、神はサファイアのように透明でいて美しいロングヘア、ただ違うのは、彼女が碧と違って背が高く、スタイルがよく、モデルとしても通じそうなボディの持ち主であるという事。
「ちょっと遅かったわね、その様子だとうまくいったみたいだけど……私の方もなんとかなったわ」
碧はうれしそうに駆け寄るとお姉ちゃんといって抱き付きながら答える。
「うんうん、うまくいったよ! 葵おねえちゃんもさすが! ルシファーやメムアレフとなしをつけてくるなんて簡単にはできないよ!」
葵は碧の姉である。今回魔界をまとめてきてくれ、という任を受けていた。
「ありがと♪ で、何であなたは血塗れなわけ、闘いでもあったの?」
自らの巫女服が朱に染まるのをいとわず、碧の心配をする葵。
「あ、うん、立ちはだかる英雄をちぎっては投げちぎっては投げしてきたよ」
嘘で通す馬鹿。
「そう、大変だったわね……じゃあ、一緒に国会議事堂まで戻りましょうか、その前に一度家に戻って着替えかしらね」
──神魔対策室──
古くから日本の陰で暗躍する対霊的機関をまとめた対策本部、そこに着替えや食事などを済ませたのちに、碧と葵は戻ってきていた。
多くの職員は突如出現した神や霊に対しての騒動にかかりきりで席にはいない。
「お疲れ様です。お二人とも今回の重大任務を見事に果たしていただけたようで、各国からも賞賛の声が届いておりますよ」
そんな中、奥の席から中性的な声が響いて、二人に呼びかける。
「天宮室長、そんな私たちはしたいと思ったことをしただけで」
「碧のいう通りです。世界のためなればこそ、私たちがやりたいことをしただけです」
「まぁ座ってください、いかがです、お茶でも一杯」
近づくと身長170cmほどの童顔の銀髪の男性の姿が見えてくる。この人こそが神魔対策室を取り仕切る。幼い顔立ちなれど、油断ならない雰囲気と、全てを包み込むような穏やかさを醸し出している。
「碧はあまめでおねがいしまーす」
「今日の室長のおすすめで」
「はい、わかりました」
お茶菓子として餅菓子を用意し、茶器を温め…
しゃしゃしゃしゃ……
天宮の手がなめらかに動き、茶をかき回していく。
「甘めの碧さんには薄茶気味にしておきました、葵さんはちょっと濃い目に、作法などは気にせずどうぞ」
天宮が茶を差し出すと、碧と葵は一様に戴きますといって菓子と共に手を付け始める。
「おいひいです、天宮さん」
「それはよかった」
「……」
食べながらしゃべらないぐらいはマナーに気を使いなさいと言いたげに葵が碧を睨み付ける。
だが、菓子とお茶に夢中の碧は全く気が付いていない。
しかし、茶事とは儚いもので一瞬で終わってしまう。
食べ足りないなぁ、といいたげな碧を促すようにして、葵はごちそうさまでした。と告げた。
「ごちそうさまでした」
碧も習ってそう告げる。
「さて、既に家康殿からは伝えられていると思いますが、次の仕事が決定しております」
「あら、忙しくなるとは思っていたけど、もう決まっていたのですか?」
天宮が告げた新しい仕事の事実に葵は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。
「うん、神様でもまとめきれない地域を私がまとめろってさ」
「なかなかにハードな要求ですね」
碧の発言に葵は動揺を隠せない。
「とりあえずは中国が分割を免れない状態だそうで、ただ、その分割ラインがですね、大きな神や時代ごとの英雄が多すぎてしっかり決められないそうなんですよ」
葵はあの国の文明の移り変わり具合と神様の滅茶苦茶具合を想像する。
「まぁ、そうなりますよね」
「現在の国境線を超えないラインで、っていうのは各神納得してるんですが、内部のラインで揉めていて大変だそうですよ、そこで、鶴の一声、あなたたちの出番というわけですね。何とか納得させてきてください」
天宮はそう発言しているが、葵はこれがいかに難しいことが理解している。
時代ごとの国の背景や支配民族すら違うし、大きく今話題になっている伝承として強く残っているものを優勢とみなすとしても多く伝説が残る人物が多い。必ず割れる。だがそんなことを考えずに碧は。
「はい、わかりました」
といってのけるのである。
「ちょっと、これは大変なものよ、それぞれの偉人はプライドが高いし、信仰された神を優先するにしても中国はスケールが大きくて割り切れないものが多いの、儒教にしても時代で受け入れられてないことと範囲の問題があるし……」
「いやだって、キリスト教の神さまにやれっていわれてるし」
葵の顔が青ざめる、お偉方直々の命令か……と
「とにもかくにも、お二人には中国にわたって、現状を確認、できるならまとめてきてほしいのです」
難し気な課題だとわかっていますがといった顔で天宮はそう告げる。
「はーい」
「わかりました」