【5】outsider
【5】outsider
西条 教隆。
彼がいるこの部屋。
先ほどまで全てのものが忙しなく動き、騒いでいた空間は、静止し静寂が支配していた。
そこでは、誰も彼もが壁面のスクリーンを喰いるように見つめている。
スクリーン上では今まさに通路の奥底で行われている西条 楓とeveの実験が上映されていた。
まるで、酷く安っぽい見世物の様だ。
局長、園堂 修司がたびたびマイクで彼らのやりとりに横槍を入れつつ、修司を含めた研究員達は画面の中の少女の動向に一喜一憂する。
教隆はコンクリートの壁にもたれ掛かり、そんな彼らの様子を後ろの少し離れたここからぼうと観ていた。
息子、楓はたびたびこの様な実験、実験のようなものに参加させられる。それこそ、彼が10歳の時からだ。
彼が実験と称して連れてこられると、研究員達は不躾に好奇の目を向ける。
そして、ニヤニヤと彼を観察するのだ。
虫唾が走る。
研究員というモノが嫌いだ。何を考えているのか分からないし、何をしでかすのかも分からない。
現にその結果の最たる例が、
あの少女、eveであろう。
産まれた時から、全てが決められている。少女は兵器であり、そこに彼女の選択の余地はない。
兵器として生き、兵器として死ぬ。
彼女は言うなればプロトタイプだ。いずれは寂れたスクラップにでもなるのだろう。
そんな結末。運命じゃあない。
そう、これが彼らの世界。
今の、世界。
少女が生きるであろうこの世界は、驕れる無能な創造神が支配している。
正しい事に最早、価値なんてものは無い。
必要なのは結果だけ。
余計なものは必要ない。
ふと、教隆はeveについて疑問に思ったことがあった。
元々、eveについて詳細な情報を持っているわけではない。
eve計画は園堂が他国に機密にしてまで創りあげたものだからだ。
当然、実験の発足段階まで詳細は語られなかった。
園堂は丁度、楓に話していたところなので暫く待つ事にした。
「ーーだよ、楓君」
マイクを切り、園堂はそれを机の上に置いた。表情は何やら愉しげである。
「局長」
教隆の唐突な呼び掛けに、園堂は、おおっ、と大仰に声を上げ、こちらに振り向いた。
「んん? どうしたのかね?」
「eveの知能はどれほどなのですか?」
「ああ、ああ。なるほどね。
アレには、6歳児程度の知能を与えてあげたはずだね」
教隆は園堂の傲慢な物言いに少しムッと顔を顰めた。
そんな教隆の表情、内心を園堂は機敏に汲み取るように言った。
「西条君。もしかしてさっきの私の物言いに不満があったかい?」
「いえ、そんなことはーー」
園堂はにっこりと微笑んでいる。
そして、教隆の内心を分かっていると言わんばかりに続けた。
「私は確かに自分が傲慢な物言いをした自覚はあるよ」
――でもね。
「生物なんてものは最初から平等ではないよ。
搾取する者、搾取される者。
そこには元来の差別がある。淘汰法則に基づいた差別がね。
そこから生物は皆、進歩するのさ。
だからこそ戦うんだ。戦わないものには価値や、未来なんてものは存在しないんだよ。
それは君自身、よく知っているよね?」
ああ、理解ってるさ。
――だから、私はアレに価値と未来を与えたんだ。例えそれがアレからすると、押し付けられた、既に決められたものだとしてもね。
園堂がパチパチと手を叩き、注目を集めた。
「さあ、今日の実験はここまでにしよう。どうやら楓君も上手くやってくれたみたいだしね」
チラリとモニターを一瞥し、そう言った。
園堂がマイクのスイッチを入れ、楓に告げる。
「楓君。今日の対面はここで終了だよ。続きはまた今度にしよう」
教隆がモニターを見る。
そこには。
初めよりも親密そうに会話をする青年と少女の姿があった。