【3】man-made angel
【3】man-made angel
薄暗い管制室には所狭しとモニターが並び、何人かの研究員が慌ただしく動き、ディスプレイは絶えず数字やグラフを更新し画面に刻み続けている。
どうやらそれらはこの部屋の向こうに存在する生物のバイタルなどらしかった。
「ふぅむ、数値的には問題ありませんねぇ」
きのこの傘を被ったような髪型の男が絶え間なく手元のキーボードを打ち込みつつ、そう呟く。
この男、長瀬 C モルターは研究所の所長を務めている。中々有能な男なのだが変人のきらいがあり問題を起こすことも少なくはない。
因みにだが、【seven】が特異器官により生み出すmagic、それに対抗するための【magic gear】と言う名の装置の生みの親でもある。
擬似神経細胞を用いて人工の特異器官を操りmagicに極めて類似した現象を起こす装置。
それがmagic gear。らしい。
正直、モルターの話は難し過ぎてよく分からない。
とりあえず、楓がモルターに持っているイメージは行動が突飛で何時も小難しい事を話している変人。それだけだった。
隣の局長がゆっくりと口を開いた。
「楓君とeveとの対面式を行いたいけど大丈夫なのかね?」
「…………大丈夫でしょう。安定はしていますからね、ええ」
妙な間があった。本当に大丈夫なのだろうか。
楓は思わず訝しげな表情を局長とモルターにぶつける。
しかし、共に意に介することもなく、局長に至っては楓ににっこりと微笑みを向けた。
「安心したまえよ、楓君。研究所長のお墨付きだからね」
局長はまるで安心させるかのような猫撫で声だ。
怪しい。かなり怪しい。
後ろの教隆も小さく疑惑の声を述べている。彼は部屋に入ってからずっとこの調子だった。
なんでも、教隆はモルターのどんでもない実験に付き合わされてからというもの、モルターに対して多大な苦手意識があるそうだ。
楓は以前から教隆の、モルターは人間じゃねぇ、あいつはやべぇ、と言う独り言を何度も何度も聞いていたためにその事を知っていた。
何があったのかは聞いていない。
話してもくれなそうだったから。
兎に角だ。
楓とeveとの対面は既に決定事項らしく、eveの研究室へと続く通路の前でモルターが両手で大きくジェスチャーし、
早くしろと言わんばかりに催促している。
ふう、と楓は溜息を吐いた。
行くしかないか。
楓はeveへと続く少し薄暗い通路を独り歩みだした。
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通路にはあまり照明はなく、代わりに何かのセンサーが一定に飛び出している。
比較的長そうな通路だが狭く、陰鬱としていた。気味が悪い。
少し足早に進む。
ふと、行き止まり。
左には頑丈そうな大きな扉。
それには室番号はなく、銀色の文字で【eve】とだけ書かれてあった。
此処が目的地のようだ。
突然に耳元の通信機が騒ぐ。
「部屋の前に着いたようだね」
軽快な局長の声。
ふと、右上に監視カメラがある事に気付いた。モニター越しに自分の姿を見ているのだろう。その黒光りしたレンズは楓をしっかりと捉えている。
「eveはこの中だよ。
じゃあ、開けるからね」
ガチャンと音が鳴り、ゴゴゴと随分と大仰な音を立てながらモーターが忙しなく動く。
開いた先は真っ暗な闇。
通信機が楓を催促した。
中に入ると唐突に電気が点く。
中央には卵状の檻と、磔の様な拘束台。
ふと、其処にいた生物が楓の目に映った。
「さあ、いよいよ対面だね」
何か聞こえた様な気がしたが、気のせいだろう。楓の意識は正面の生物に向けられそれ以外の全てのことは最早関係なかった。
「――天使」
そこには磔にされた美しい、美しい片翼の天使がいた。
細い所を修正しました。