【1】amorphous-
【1】amorphous-
2015年 夏
日本 国連 seven 対策局 東京本部
目を覆いたくなるほどに明るい蛍光。新たに試験導入されたそれは些か眩しすぎた。
その光に照らされた無機質でくすみのない白の通路には窓は無く何処までも伸びるトンネルのようである。
通路は狭くは無い。むしろ人が横に並んでも5人は通れるほどなのだが、全てが白に統一されたその無機質な空間は不思議と人に閉塞感を与えるようになっていた。
そんな通路を1人の男が革靴をカツンカツンと響かせ進んでいた。
屈強そうで大きな身体。対策局の制服に身を包む彼の右胸には対策局の副局長を示すバッジが光に反射し自己を主張している。
彼の行き先は通路の奥、訓練室である。そこに彼の目的の人がいるはずだった。
近づくにつれ乾いた銃声が一定の間隔で聞こえてくる。時にリズミカルに、はたまた計ったように一定に。
どうやら今日は訓練室に入り浸りらしいな。
自然と彼の顔から笑みがこぼれた。少し足早になってさえもいる。しかし、そのことに彼自身気づいてはいない。
ふと、目の前はもう訓練室だった。
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訓練室の中には1人の青年が存在した。
美しい青年。まだ少しあどけなさの残る彼は丁度3日前に20歳を迎えたばかり。
そんな彼の瞳、氷の様に透き通り人によっては冷たさを感じさせるそれは今、自分の手の中に収まる銃を見つめていた。
ふう、と一息。
ゆっくりと眼を閉じ全身の力を抜く。
銃を持つ両手はだらりと下に降ろしている。
唐突にブザーの音が響く。
そして機械の合成音声。
女性の声の様なそれはカウントダウンを始めた。
サン。
ニイ。
イチ。
ゼロ。
青年が目を開き一瞬で全身の筋肉を動員する。だらりと伸びた手は即座に張り詰め素早く銃を構えた。
目の前には10個の的。白のボードに黒の点が乗ったそれらが皆、違った方向にバラバラのスピードで動いている。
青年の眼が迷い無く点を穿った。
――今だ。
一撃。
青年が打ち出した鈍色の鉛玉は寸分も違わず黒い点に吸い込まれていく。
その後は早かった。
即座に全ての点を撃ち抜いてゆく。
左から順番にボードの点は刳り貫かれ空虚な孔を残すのみとなった。
そして青年はゆっくりと銃を降ろした。
再びため息。
手には銃の反動が残っていた。
先程の機械音声は忙しなく賛辞の声をリフレインしている。
一回、二回、三回と声が駆け回り、銃が吐き出した硝煙の匂いとそれが部屋を満たした。
ヘンテコな音に、独特な匂い。
青年はこの変な空間が好きだった。それが何故かは分からない。だけど不思議と惹かれるものがあった。よく分からない彼だけの世界。
しかし、それは突然に終わりを告げる。
世界を破ったのは無感情な扉の音。
それが不協和音と成り調和を崩す。
彼の世界はシャボン玉の様に儚く一瞬に消え去った。
どうやら誰か来たようだ。
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部屋に入るとやはり目的の人がいた。
丁度訓練を終えたところなのだろう、傍の椅子に座り一息ついているようだった。
それにしても中々の成績だったようだ。
モニターには10/10の数字が幾つも並んでいる。
全く素晴らしい限りだ。親として鼻が高い。
ふと、此方を見つめる彼の視線に気づいた。ああと、いけない。思わず要件を忘れるところだった。
「どうかしましたか? 西条副局長」
おっと、先を越されてしまったな。
それにしても西条副局長か……、なんだか随分と他人行儀だな。
西条 教隆は青年の言葉に少しむむっと思いつつ答えた。
「ちと、お前に用事があってな。
ああ、あと2人の時はお父さんと呼んでもいいのだぞ? 楓よ」
いや、むしろ呼んでくれと言外に訴えかける。青年、西条 楓は少し呆れた風に言った。
「何言ってるんですか? 今は仕事中でしょう?」
確かにそうだが……。
悔しそうな表情を浮かべ唸る教隆。
く、くそぅ。
「それより何か用事があるんですよね? お父さん?」
お、おお‼︎
思わず口から感嘆の声が漏れてしまった。っと、いけない。用事だったな。
「あ、ああ。そうだ。次の任務についてだな」
「次の任務……」
楓の顔がスッと変わった。仕事の際には彼の顔はいつも冷静でどこか厳しいものになる。
「次の任務はちょっと特殊だ。内容もかなり厳重に秘匿されている。だから続きは局長室ってことだな」
「なるほど。分かりました」
楓は立ち上がり、
では、行きましょう
と続けた。
「もう、いいのか?」
時計を見ると11時丁度。まだ約束迄には時間がある。もう少し休むことも訓練することも出来るはずだ。
「ええ、もう何もありません。何も」
「そうか」
ふと、思いつき台の上にあった訓練用の銃を手に取る。
そのまま構えて撃つ真似をした。
バン。
想像の弾は真っ直ぐ進む。
しかし、楓の開けた跡を通ることは無かった。
やっぱり、デスクワークばかりで鈍ったかな。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
教隆たちは部屋を後にした。
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局長室へと続く通路には2人分の足音が交互に響く。
コツコツ、コツコツ、
コツコツ、コツコツ。
先の通路とは違い此処には外を映す窓があり、そこからも光や音が漏れ出していた。
ふと、窓に視線を移す。
外には摩天楼が幾つも乱立し、地面を隙間なく覆っている。
下にはその合間を縫うように沢山の人が蟻のように蠢き列をなしている。
空には一面に隙間なく青が広がり、太陽が空気を焦がしている。
そこにはいつもと変わらない日常の風景があった。
楓は正面に視線を戻す。
前を行くのは副局長、西条 教隆。
父。
いや、本当の父ではない。
育ての親だ。
本当の父は10歳の時に死んだ。
死んだらしい。
正直、覚えていない。それどころか母の顔も、兄妹の顔さえもだ。
医者の話によると重度のショックによる記憶障害のようだった。
だから、覚えてない、というより思い出せないの方が正しい。
残っている家族の手がかりは、詳細記録と書かれた紙の上の文字群。
それと、1枚の写真。
写真はそれ以外事件の時に燃えて無くなってしまったらしい。だから1枚。
その写真には朗らかに笑う少年と見知らぬ4人の男女たち。共通するのは笑顔。
それらが写っていた。
事件が起きる前の、過去の自分の世界。
記録紙には【seven】が起こした事件とあった。そこで自分は生き残った。そして代わりに家族と過去を失った。
あの時はよく分からなかった。
それは今でも変わらない。
自分のこと、家族のこと、過去のこと、
【seven】のこと。
考えれば考えるほど、なんだか自分という存在が曖昧になっていく気がした。
本当の自分が分からない。
ああ、わからない。
大まかな設定を載せました。