金糸雀の歌
――歌うんだ――
最初は私の聞き間違いかと思いました。
しかし、彼は再び同じ言葉を口にします。
――歌うんだ。こういうときは歌うものなんだよ――
彼の場違いな提案がおかしくて、私は思わず笑ってしまいます。
若干の落ち着きを取り戻した私は、彼に対して反論します。
でも、私はこんなに泣いちゃったから。きっと、酷い歌声になりますよ。って。
すると、彼は私の頭を優しく叩くと、神妙な面持ちで告げます。
歌うのも水夫の大事な仕事だ。だから、歌え。って。
彼の言葉に微笑みを返すと、私は天を見上げて喉を開きます。
私の歌声が朗々と響き渡ります。
それが海原へと溶け込むと、まるで歓声が上がるかのように飛沫が巻き上がり。
瞬く間にその姿を変貌させる海の上で、私たちを乗せた小船は木の葉が舞うように踊り出します。
荒々しく揺れ動く船内は、なぜだか妙に心地が良くて。
私は彼の頭を膝に乗せると、優しく歌いかけました。
――俺は子守唄が必要な年齢じゃない――
そう言いながらも、彼の瞼は少しずつ下がっていきます。
そして……。
一際高い波が巻き起こり、木の葉はゆっくりと舞い降りていきます。
くるり、くるりと海の底へと進みゆくそれは、最期の時まで優しい、優しい歌声を響かせて。