れいんぼーちゃん 昏倒する
大八車の爆走してくる音は、遠ざかり始めたレインボーフェザードラゴンの気を引くには充分だった。
ゆっくりとその巨体を止め、首だけこちらを向けた。
ぎらりと奴の瞳が月光をはじいた。
「・・・くるぞ。リリー、アイリス、魔法の準備だ!」
その場に座り込みたい気分だが、そうもしてられない。
私は巨大な鳥と決着をつけるべく、そう叫んで再び石弓を構えた。
今度はちゃんと相手を傷つける矢を装備する。
(すまない、レインボー。
お前とはこうなる運命だったらしい。
それなら全力でもって、お前と戦おう)
「私の可愛いお嬢さんたち、準備はよろしくて?弓を構え!」
後方でユライアさんの声が聞こえる。
それとメイド部隊達が、弓を構えて姿勢を正す物音が。
最初に矢を放ったのは私だ。
迫ってくる巨大な鳥の顔に向かって、石弓を撃つ。
その後を、ヒュンと風を切る音とともにメイド部隊の矢が追ってゆく。
幾本かの矢が、レインボーの体に突き刺さった。
「グゲェェェエエ~」
耳障りな雄叫びを上げて、飛べない翼を羽ばたかせる。
ゆっくりとこっちに向かっていた、鳥の足がその場に釘付けになった。
「世界に宿る、万能なる力よ。
我の声に従い、眠りをもたらす雲となれ!」
魔法使いアイリスの呪文が完成して、レインボーフェザードラゴンの周りに、眠りをもたらす雲が纏わりついた。
だが、鳥は傷ついた痛みで興奮しているらしく、呪文は効果を表さなかった。
「炎の精霊よ、炎の矢となって、相手を焼き払え」
精霊に呼びかけて、リリーは炎の一撃を鳥に与えた。
彼女の右手から放たれた炎が、七色の羽を焦がした。
だが、厚い皮にはばまれ、たいしたダメージにならない。
「お嬢さんがた、第2撃いきますわよ!
弓の用意!弓で波状攻撃ですわ!」
ユライアさんのきびきびした声が、次々と命令を与えてゆく。
メイド部隊は、その命令に従って、一糸乱れぬ動きをみせる。
普段の仕事振りがうかがえる様な、チームワークの良さだ。
(ユライアさんが、傭兵隊の隊長になったら天下無敵だな。
てか、私たちを雇う必要があったのかな?)
ちらりとそんな風に思いつつ、私も石弓で鳥に矢を射つづけた。
だが、レインボーフェザードラゴンの分厚い皮膚が邪魔をして、矢ではほとんど致命症を与えられそうにない。
魔法使いの呪文も、精神力がつきたらそれまでだ。
矢も何時までもあるわけじゃない。
いつかは尽きる。
レインボーフェザードラゴンが倒れるのが先か。
私たちの矢が尽きるのが先か。
事態は膠着状態になった。
…が、先に切れたのは鳥のほうだった。
ちまちまと傷つけられる事に、ついに我慢ができなくなったらしい。
豪華な尾羽をばっと広げて、腰をおとし、巨大な足で地面を蹴立てはじめた。
奴の目が怒りに燃えている。
こちらへ突進してくる気だ・・・まずい!
「逃げろ!こっちへ向かってくる気だ!」
アイリスが良く通る声で、そう断言した。
「お嬢さんがた、一斉射撃!」
メイド部隊の乙女達が、全員弓を構えて同時に矢を放った。
もちろん、私とカメリアもだ。
レインボーフェザードラゴンは、その矢をもろともせず、こちらに向かって突撃を始めた。
速度が遅いのだけが、救いだ。
「逃げるぞ!」
私は声を荒げて、ユライアさんの前に立ちはだかった。
依頼主を守らなければ。
その時、短弓を撃ちつつ事態を静観していた盗賊のカメリアが叫んだ。
「リリー、闇の精霊を呼んで、シェイドの呪文を奴にぶつけろ!
相手は鳥だ!精神の呪文には弱いはずだ!」
そうか、その手があったか!
闇の精霊を召還して発動する呪文「シェイド」は、精神に作用して心を疲弊させる。
精神の力が限界に達すると、意識を失ってしまう。
人間や魔物や魔法生物なら、精神の抵抗も強い。
だが、相手が動物なら、この呪文は効果覿面だ。
リリーは、すぐさま闇の精霊を召還し始めた。
「夜の闇に住まう精霊よ、相手の心を闇に閉ざして眠りを与えよ」
彼女の呪文が完成すると同時に、頭上に闇よりも濃い闇の塊が現れた。
その塊はまっすぐに、突進してくる巨大な七色の鳥に向かっていった。
闇が七色の体にぶつかって四散する。
「効いたか?」
時が止まったように、一瞬、鳥は動きを止めた。
そして、地響きをたてて、ゆっくりとその場に倒れこんだ。
「…やりましたわね。ローザさん」
そう、ユライアさんがつぶやく。
「奥様!やりました。とうとう、やりましたわ!」
メイド部隊の1人が、ユライアさんに抱きついた。
そう、ついにレインボーフェザードラゴンを倒したのだ。




