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Crocus 3


「……あの話っていうと?」


「――真面目に聞いて欲しいわね」


 深雪が口にした質問の意味を把握出来てはいたが、高雄は真剣に向き合うことをかわそうと、いたずらっぽくそう聞き返す。

 しかし深雪には見透かされていたようで、最初からそうしていたのか彼の言葉がスイッチになったのかは分からないが、睨みつける一歩手前の厳しい視線を高雄に向けた。

 その雰囲気に押し負けてというか、避けるようにして彼は視線を逸らしたまま彼女の言葉を聞く。


「いつまで図書委員に甘んじているわけ?」


「……図書委員をやってちゃいけないなんて決まり、なかったと思うけど」


「――いいわ。何度でもハッキリと言ってあげる」


 深雪が次に口にするであろうことは、高雄からすれば容易く予想が出来るもので……「またその話か」と、正直うんざりする話題だった。とはいえ彼女を黙らせるような気の利いた文句の一つも思いつかず、彼女からの言葉をただ受け止めるしかない。


「生徒会に入りなさい」


 はたして彼の予想通り。もはや何度聞いたかも忘れてしまったほど耳にした、彼女からの勧誘。

 だから彼は、これまた何度口にしたか分からぬ答えを返そうとした。


「――悪いけど」


「答えは同じだよ……って? いいかげん、真面目に答えて欲しいんだけど」


「……これまでも、真面目に答えてたんだけどな」


「いいえ」


 深雪はピシャリと彼の答えを否定した。次いで、まるで責め立てるように言葉を続けていく。


「あんたは一度だって、真面目に取り合ってないわ……いつも誤魔化して、のらりくらりと逃げるだけで……」


「――ちゃんと答えてるだろう。入る気はないって」


「その理由がふざけてるって言ってるの」


 予想通りではあったが、やはり手厳しい答えが返された。

 しかし彼女が納得していない彼の返答は、高雄からすれば真面目にそう思っているから答えているわけで……ふざけているとかダメだと言われたところで、どうしろというのか。


「……なにも僕じゃなくったって、他にいくらでも良い人材はいるだろうに。榛名の学年……今の、二年生とかにさ」


「そりゃあね、探せば他にも人材はいるわ……少なくとも、能力的な意味での人材不足とはならないでしょうね」


「だったら――」


 言い返し、可能ならばたたみかけてこの話を終わらそうとした――そんな意図を含んで振り向いた高雄の目と、深雪からの視線が重なる。彼女の表情はなんとも言い表し難いもので、複雑な感情が入り混じっていることだけが感じ取れるものだった。

 少しだけ戸惑い、次の言葉が出なくなった高雄と対極的に……言いたいことは山ほどあるのであろう。深雪の方から、次の口火を切る形になってしまう。


「他に人材がいないわけじゃない……けどね、それでもあんたを勧誘しているの。……どうしてか、わからない?」


「……なんで僕が誘われるのかっていう理由に関しては、わからないね。人材不足ってわけじゃないなら、なおさら」


「――生徒会を、より良くするためよ」


 もしかしたら言葉の端はきつかったかもしれないが、彼に威圧するつもりは全くなかった。しかし今度は深雪が彼からの視線を避けるように顔を背け、向こうにいる榛名達の姿を眺めながら次なる言葉を口にする。


「……榛名も、それを望んでるわ」


「生徒会を良くするとか、榛名がそんなこと考えるとは思えないけど」


「たしかに、そこまで難しいことは考えてないでしょうけどね……あの娘はただあんたにも近くにいて、一緒に活動して欲しいってだけでしょう。いつも生徒会室を抜け出した後に行く先は図書室なんだし」


(……近くで一緒に、か)


 深雪の発言の意図するところ、榛名の望みを高雄は理解しているつもりではある。彼の推測ではあるが、おそらく榛名は昔に戻りたいのだ。

 彼らがまだ幼かった頃。『お城組』の名のもとに、いつも三人揃って駆け回っていた……鮮明に思い出せるのにもはや遠く、懐かしい思い出。

 正しく言うならば、きっと榛名は戻したいのだろう。それは時間を、ではなく――彼らが毎日を共に過ごしていた――あの頃のような関係を。


「処理しなきゃいけない仕事はいくらでもあるし、榛名も触発されてやる気を出してくれれば生徒会全体の能率向上にも繋がるわ。だから――」


「無理だよ」


 高雄は静かに、そう答えた。


「……昔とは違うんだからさ」


 違うのだ。

 何かを間違えたのか、正しかったのかはわからない。けれど、どこかで違ってしまった。


 いつの頃からか高雄と深雪の間には確執が出来上がり、まるで冷戦と言えるような関係に。

 榛名だけは昔とほとんど変わらず……そこが彼女のよさでもあるが、今でも小さな子どものように振る舞い、両者とそれなりに上手く付き合っているようには見える。しかし、それだって幼少時と同じというわけにはいかない。

 榛名が「最近は付き合いが悪い」とよく口にする通りで、高雄も深雪も昔のように一緒になって馬鹿をすることはほとんどなくなり、どこか一歩引いたところから彼女を見守るにとどまっている。


 彼が口にした通り、昔とは違うのだ。

 違ってしまった原因、現状のようになってしまった原因が当人にわからぬ以上、昔と同じように集ったからといって昔と同じ状態に戻れるはずがない。


 それはまるでジグソーパズル。

 ピースの形が変わってしまえば二度と元の絵に戻ることはなく、戻すことは出来ない。


「……それは、あんたが現状に甘んじていい理由にはならないと思うけど」


「甘んじるも何も、今のこれが僕の精一杯だって」


「嘘よ。あんたは――」


「無理だよ」


 高雄はその言葉をもう一度口にした。先ほどよりもハッキリと、ほとんど無意識に拒絶の気持ちを込めて。

 再び彼へと顔を向けた深雪の視線をかわすように、今度は高雄が顔を背けて話を続ける。


「誘ってもらって悪い気はしないけど……生徒会なんて、僕には務まらないよ」


「本気で……そう思ってるわけ?」


「……思ってるよ」


「――そう」


 彼の返答を一応は受け止めた深雪が白い吐息混じりにつぶやいた言葉は、どこか寂しげにも聞こえる。


「変わる気は――変えようとは、思わないのね」


「そんな必要があるとは思えないからね……だから、他の人をあたった方がいいよ」


「――そう」


 彼女はまた同じ言葉をつぶやく。

 紙に記せばたった二文字……その奥に隠れているであろう、彼女が抱いている感情は何か。それを考察するような気分にはなれず、それ以上の話を打ち切ってしまいたくて。高雄は榛名と朝日のもとへ静かに立ち去ろうとした。


「――最低ね」


「そうだね……僕は、最低だ」


 ゆっくりと歩き出し、背後にいる深雪との距離がひらきつつある中で、高雄はオウム返しのようにそう答えた。


「ええ。最低よ――今のあんたは」


「………………」


 高雄は何も答えず、深雪もまたそれ以上何も言うことはしなかった。

 彼女が最後に残した言葉が、彼に届いたかどうかは定かでない。



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