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Crocus 2

 夕方の買い物客で賑わう商店街、その中心部を少し行き過ぎたところにある家電量販店。地上は五階に地下は二階までというこの辺では大型の商業施設で、店舗入口前に設けられている露店スペースこそ高雄達の目的地……携帯電話の販売店が出店されている場所。古めの機種から最新機種まで、色形様々な端末がズラリと陳列され、その周りでは販売員が寒さに負けず今日も元気に呼び込みを行なっていた。


「よぅし。準備はいいか? 突撃するぞ朝日ぃ!」


「はい」


「ひゃっほーい!」


「……頼むからあんまりはしゃぐなよー。あと騒ぐなよー」


 元気よく駆け出した榛名はまるでクリスマスプレゼントを選びにおもちゃ屋へやって来た子どものようなテンション。その背中をゆっくりと追いかけていく朝日はいたっていつも通りというか、彼女らしい落ち着いた様子である。

 両者の年齢差を疑いたくなる対照的な態度だった。役職だけ見ても、片や次期生徒会長だというのに。

 そんな二人……というより、ほとんど榛名に向けて注意の言葉を投げる高雄はさながら保護者のような立ち位置だ。


「……なんだってあんなに元気なんだか」


「まるで引率の教員ね」


「……そうだね。榛名だけなら、幼稚園から小学校低学年ってところかな」


 彼自身も自覚はしていたが、隣にいた深雪から言われてしまった。その口調、送られてくる目線は共に鋭くてグサリとくるものがある。それでも学園を出てすぐの時よりは幾分か柔らかくなっており、高雄は多少気が楽ではあった。


「それに比べて……霧島さんだったかしら。あの娘は随分と物静かね。榛名がうるさすぎるっていうのもあるけど」


「育ちの違い……ってやつかな」


 携帯電話選びに夢中な二人の様子を眺めつつ高雄はつぶやき、最後に「朝日はかなりいいとこのお嬢様だし」とも付け加えた。詳しいことまでは口にしなかったが、朝日の家庭事情は高雄が知っている情報だけを聞いても大抵の一般人は驚愕することだろう。おそらくは深雪も例外でなく。


「――随分と詳しいのね」


 誇張ではなく背筋が寒くなるような感覚に高雄は深雪の方へと顔を向けてみるが、べつに彼女が睨みつけてきていたりはしていなかった。その細い腕を組み、顔は前方を向けながらも目は閉じているだけである。

 けれど高雄は知っていた。それは深雪の癖で、彼女自身は無意識であっても何かに対して苛ついているか極度に機嫌が悪いときによく見せる姿勢であること――なにより、こうして隣に立っているだけで「不機嫌なのだろう」と感じ取れるだけの空気感というか、刺々しいオーラを纏っていた。


「あ、あぁ、うん……ちょっとね、色々と」


「ふぅん――べつにいいけど」


 深雪はとても言葉通りの雰囲気ではなさそうだったが、高雄に対して一瞥もくれることなく背を向けてどこかへ向け歩き始めてしまった。


「深雪、どこに行くんだ?」


「向こうの書店。元々あたしと榛名は生徒会で必要な物品の買出しで出かける予定だったってこと、忘れたの?」


「あ、そっか」


「そんなわけだから、あんたはこっちで子守りを頼むわね。買う物は決まってるからすぐ戻ってくるわよ」


「子守りか……まぁ朝日はともかく、榛名はその通りだな」


 深雪の言葉に同感しか抱けず、高雄はそう答えた。しかしよくよく考えると、知識がゼロに近い状態で携帯電話を買おうとしている朝日にも色々と説明せねばならず、その役目は四人の中で高雄にしか務まらなそうである。彼女に対しては子守りというより付き添いの説明員といった感じだが。


「――名前で呼ぶのね」


 いつの間にか深雪は高雄に対して振り向いていて、どのような想いを持ってかその一言をぼそりとつぶやいた。

 彼に向けられている視線は冷たいものではなさそうだが、決して温かみのある感情が乗っているわけでもなく……最も近い言葉で現すなら、「寂しそうな」といったところだろうか。


「えっ?」


「なんでもないわ――じゃ、また後で」


 彼女はそれ以上語ることはなく、目的の書店へ向かって行った。


(……名前?)


 去り際に深雪が残した言葉と視線の意味するところを、高雄は計り兼ねて首を傾げる。しかしその事についてじっくりと推測しているような暇は与えて貰えなかった。深雪の離れていく背中を眺めていた彼の袖口を、何者かがクイクイと引っ張ってきていたからである。


「……朝日か。ちょっとビックリしたよ」


「すみません。声をかけたのですが、気づいていらっしゃらないようでしたので」


「えっ、呼んでた?」


「はい。三回ほど」


 どうやら高雄は自身で気づけないほど心ここに在らずな状態であったらしい。深雪のことも気にはなるが、それはひとまず置いておくことにして意識をしっかりと目の前にいる朝日に向け直した。


「それはごめん……で、なにかあった?」


「あちらに置かれている携帯電話について質問したいことができてしまったのですが、来ていただけないでしょうか」


「はいはい……」


 朝日の要望に答え、高雄は彼女と一緒に展示棚の前へと移動する。そして朝日は目の前に置かれていた端末を一つ、手に取った。


「えっと……聞きたいことって? その機種がいいとか?」


「いえ。これに決めたというわけではないのですが――」


 朝日はそう口にしながら、彼女の手のひらサイズにギリギリで収まっている折りたたみ式の携帯電話を開く。その動作は慎重かつ丁寧で上品な仕草で、傍から見ているとまるで記念品か形見の品でも扱っているかのようだった。


「ボタンを押しても反応しないんです。もしかして私が壊してしまったのでしょうか」


「へ?」


 そんな馬鹿なと思いつつ、朝日の手元を上から覗き込んでみる。スマートフォンでもないのに右手の人差し指でボタンを押している彼女の姿は印象的で――なるほどたしかに、彼女がいくら操作を試みてもメニューを表示している画面はまったくの無反応でピクリとも動いていない。

 しかし高雄は一目見ただけで、そうなっている原因が判断できた。べつに彼が優れているというわけではなく、朝日のような人間の方が珍しいのだろうが……。


「朝日……それはモック。むしろ動かなくて正常だよ」


「もっくん、というのはなんですか?」


「……なんか可愛いキャラ名みたいになってるけど違うから。『モックアップ』っていうもので、ようするに商品の模型だよ。この棚に置かれてるの全部」


「――模型だったのですか」


 反応だけ……とは言っても朝日の表情に変わりはないため、仕草だけを見ての推測だが、彼女はそれがただの模型であるなどこれっぽっちも想像していなかったようだ。


「しかし、画面は映っていますが」


「ハメコミで本物っぽく見せてるだけだよ。ちゃんと操作して確かめられるのは『ホットモック』って言って……えーっと」


 大して探す手間もかからず即座に発見できた。三つほどの棚を隔てた先にあるテーブル上に主要な機種のサンプル端末が設置されており、数人の客が操作の具合を確かめている。


「あそこに置かれてるやつなら電源入ってて操作出来るから、触ってみるといいよ」


「わかりました」


 勧められるがままにトコトコとテーブルに向かって行く朝日を眺めつつ、そういえば榛名の姿が見えないなと高雄は思い出す――彼の背中から、彼女の声が聞こえてきたのはちょうどその時だった。


「どーだ? 朝日にピッタリなケータイ、見つかったか?」


「榛名、今までどこに――」


 彼が振り向いた先にいたのは予想通り榛名だったが、彼女が手にしていた物は予想外。その両手に握られていたのは視覚的に食欲をそそりそうな湯気立つフランクフルト。しかしそれは一本や二本ではなく、両手指の間に挟まれた串の数は八本。まるで映画やゲームで見たことのある鉤爪(かぎづめ)のような光景だ。


「……なにがどうしてそうなったんだ」


「いやぁ、どのケータイにすっか悩んでたらハラ減ってさー。走って買ってきたんだよ。食うか?」


「遠慮しとく……」


 高雄の返答を待ってから、榛名は解放されたような喜びの表情で熱々の肉にかぶりつき始めた。

 「ジャンボフランク」という商品名で大きさが売り文句なはずのそれらも、彼女の食べっぷりにかかれば一本につきわずか二口で串だけの姿に変わっていくつい先ほど、大量のたこ焼きを食べたばかりだろうというツッコミは無意味だ。だって榛名だから。


「自分のケータイを選びながら、朝日へ簡単な説明くらいはしてくれるんじゃないかと期待してた僕がバカだったよ……」


「んな難しいことあたいに聞かれたって困るぜ。あたいだってタカに聞きたいこと沢山あるからなっ」


 どこから来る自信なのか知らないが、彼女はなぜか胸を張ってそう答えた。


「威張ってどうすんだ……まぁ、とりあえず朝日の所に行ってみようか。榛名のケータイ選びも手伝わなきゃいけないだろうし」


「頼りにしてるぜー。……あぐっ」


「あ、言わずもがなだけど触るのはフランク全部食べてから――ってもう残り一本!?」


「んぐっ――っと。これでいいだろ?」


 気づけば消滅していた七本にも高雄は驚いたが、最後の一本を一口でたいらげたのにも同じく仰天した。口が動いている様子がなかったということは丸飲みじゃなかろうか。


「よっしゃ、レッツゴーだなっ。えっとな、あたいがいいかなーって思ったのはあっちにあったやつと……」


「……はいはい。お供しますよ」


 嫌々というわけでもないが、あまり気乗りはしないのだという態度は見せつつ、しっかり榛名と朝日への説明と解説はこなしてやる高雄であった。



 それからおよそ十数分。高雄は彼女達へ大方の説明を終え、売り場から少し離れたところで二人が端末を吟味する様子をぼんやりと眺めている。


(あとは待つだけ……かな)


 幸いというか二人とも携帯端末でネット閲覧等をする気は皆無で、基本的な通話とメール機能さえ備えていれば後は機種の形状が各々の好みに合うかどうかだけになり……こうして彼女達自身の目で選んでもらっている。

 高雄が離れたのは売り場が混み合ってきたと感じて、他の客の邪魔にならないようにという配慮から。もちろんあの二人から質問等で呼ばれればすぐに戻るが、しばらくは大丈夫そうであるが。


「どう? ケータイ選び、進展した?」


 自販機にでも向かおうかと高雄が考えていた時、必要な買出しを終えたらしい深雪が彼のところへ戻ってきた。


「説明はしたから、今は色と形の検討中だよ」


「――そう。なら、もう少しかかりそうね」


 特に意味もないのだろうが、深雪は高雄とちょうど横並びに……手を伸ばせば届きそうという、近いとも遠いとも言えないような距離を保つ位置で立ち止まった。

 二人の顔は共に前を向き、榛名と朝日の様子を見守る形に。けれど高雄は隣にいる深雪の――主に現在の機嫌であったりその雰囲気が気になってしまい、チラチラと視界の端で彼女の様子を探るように確認していた。


「……持とうか?」


「結構よ」


「……そう」


 彼女が手にしていた、文具やら筒丈になっている画用紙やらが顔を覗かせているビニール袋を目にして、高雄が一言。そして彼の言葉に対して彼女が拒絶にも似たイントネーションで返答を一言。その短いやりとりを最後に、両者はどちらからともなく黙りこくってしまった。

 周囲の人込みが発する雑音の賑やかさと正反対に、二人をとりまく空気の温度と静けさは氷の上に立つような緊張感がある。高雄も全身が硬直するような感覚を覚え、何か声をかけようかとも思ったがその言葉が見つからない。


「ねぇ、ちょっと訊くけど――」


 深雪がはっきりと。高雄の側へとその顔を向け、他でもない彼へ言葉をかける。

 彼女が自分と二人きりになった時、面と向かった時にこんな空気になるのはなぜか――それはいつからで、何が原因で、いつまで続くのだろうかと――高雄がそんな思慮にふけっていた時のことであった。


「――あの話、いいかげん考えてもらえたかしら?」



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