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第2話「蓄積する疲れと眠りの贈り物」

「おい、大丈夫か?」

 編集長が心配そうな顔で私に声をかけてくる。昨日とは違い今日の私は寝不足だ。いや昨日もだけど……。

「大丈夫ですよ~……って言いたいところですけど、ちょっと眠くて……」


「まぁ連日遅くまで残ってるしなぁ……」

 私が寝不足なのは仕事のせいだけじゃないのだが、そこは伏せておくことにした。少し心配かけすぎたかもしれない。私は頬を両手でパンッ!と叩く。

「気合入れました! 今日もバリバリ働きますよ!!」

 私は意気込んでデスクに座った。


「お、おはようございます~……長いことお休みして、すいませんでした……」

 少し経ってからこしちゃんが編集部にやってきた。

「えぇっ? こしちゃん! もう大丈夫なの?」

「リリカさんがお見舞いに来てくれたので、もう大丈夫ですぅ……。ご心配をおかけしましたぁ……」

 こしちゃんは申し訳なさそうに頭を下げる。どうやらもう本当に大丈夫らしい。顔色もだいぶ良くなったように見える。


「良かったよ~! 心配してたんだよ~」

「あうぅぅ……ごめんなさい~……」

 私が少しからかうようにそう言うと、こしちゃんはまた申し訳なさそうに肩を落とした。

「ははは。まぁ元気そうで何よりだ! じゃあ今日からまたよろしく頼むぞ」

 編集長が笑顔でそう言うと、こしちゃんは「は~い」と気の抜けた返事をした。

 続けて「じゃ、じゃあ休んだこと怒ってないってことでいいんですか?編集長~」

と嬉しそうに尋ねたこしちゃんに、

「もちろんだ。いつも遅くまでやってもらってるんだから、少しくらい休んだくらいで怒ったりしないさ」

と編集長が返す。


「ふ、ふぅ……。あ、あたしもう元気出ましたぁ! 今日は絶好調ですよぉ!」

 こしちゃんは満面の笑みで腕をブンブンと振り回す。どうやら本当に元気になったようだ。良かった。

「はは。そうかそうか、それは何よりだ」

 編集長もそう言って微笑む。

「ほいじゃあ、こっからはいつものあたしってことで、よろしくでーす! 元気100%のこしちゃんでーす!」

 そして、こしちゃんは昨日まで休んでいたとは思えない勢いで仕事を始めた。その変わり身の早さには私と編集長は顔を見合わせて笑った。まぁ元気で何よりだ。


「あ!そうだ……! 実は編集長とリリカさんにお土産があるんですよぉ!」

 そう言ってこしちゃんは鞄から何かを取り出した。可愛らしいクマのキーホルダーだ。……そういえば編集長って可愛い物好きなんだった。本人は隠してるけど。

「あ……ああ……それを……俺に……?」

 編集長は手渡されたクマのキーホルダーをゆらゆらと揺らしながら、困ったように見つめる。


「え? 編集長、そういうの好きじゃないですか~。隠してるつもりかもしれませんけど、このあたしの目はごまかせませんよ★」

 そう言ってこしちゃんはドヤ顔で胸を張る。

「お、おう……。ありがとう……。い、いや~俺じゃなくて妹がこういった可愛い物が大好きでな。本当にありがとう!」

 本当は自分が好きな癖に、相変わらず素直じゃないな~。こしちゃんも同じことを思っているのかこちらにチラッと視線を送り、舌を出して微笑んで見せた。


「それから、それから。リリカさんには、これ! 」

 そう言いながら歩み寄ってきたこしちゃんが大きな袋を手渡す。

 中に入っていたのは、丁寧に包まれた枕……? だった。

「えぇ! こ、これは……?」

 私は受け取った枕(?)を見つめながら困惑する。


 どうしてこのタイミングで私に枕を……そう思ってこしちゃんの方を見ると、こしちゃんは「ふふーん」と少し得意げな表情で口を開く。

「枕を送る理由はですねぇ~……先週位からリリカさんが『最近寝つきが悪くて困ってる』って言っているのを聞いておりましてですね~。ほいで昨日リリカさんがお見舞いに来てくれた時に、結構目のクマちゃんが酷かったんですよ、マジで。あと滅茶苦茶疲れてるのが一目でわかったのですよ。あたしが体調崩したせいでもあるな~と、責任を感じた次第です。なので、リリカさんにぜひとも枕をプレゼントしたく! どうですか? この安眠枕めちゃくちゃいいんですよ!」

 こしちゃんは、まくし立てるように早口で喋る。どうやら本当に私のことを思ってくれているらしい。


私は胸がポカポカと温かくなっていくのを感じた。

「えぇ~!これわざわざ私のために? ありがとう……! 凄い嬉しいよ~……」

「あは♪ リリカさんにはいつも世話になってますんでね~。というわけでリリカさん、早速その枕を使ってたくさん寝てください!」

 そう言うとこしちゃんはオフィスの休憩室に布団を敷き始めた。

「え? えぇっ!? ど、どういうこと? 私はこれから取材が……」


「いいや、光羽……最近はずっとお前に頼りっぱなしだった……。こしも戻ってきたし、取材の日程も日付をずらしてもらえたんだ。残りの仕事なら俺とこしで十分だ。だから少しお前も休んでくれ」

 私が困惑していると、編集長がそんなことを言った。

「えぇっ! いやでも……!」

「大丈夫、大丈夫~。リリカさん休んで休んで!」

 私は抗議しようとしたが、こしちゃんも編集長も意志が固い様子だ。これはもう何を言っても無駄だろう……。


 でも確かに、仕事をして家に帰ったところで眠りにつけない。それに昨日みたいに仕事中に居眠りなんて繰り返したら、それこそ皆に迷惑を掛けてしまう。

 ここは素直に休ませてもらった方がいいかもしれない。


「わ、分かりました……。じゃあお言葉に甘えて……」

「うむ、しっかり休めよ」

 編集長はそう言って優しく微笑むと、休憩室を後にした。


「リリカさん、その枕ガチでぐっすり寝れるんでたくさん寝ちゃってくださいね~。あ、何かあったら呼んでくださいな~☆」

 こしちゃんもそう言い残して、作業部屋に戻って行った。


 2人の心遣いがありがたい。ここなら家と違って安心して眠れそうだ。

 敷いてもらった布団に入り、体を横たえる。

 枕に頭を乗せるとなんとも心地の良い、フワリフワリとした気持ちになってくる。まるで自分が空をゆっくりと漂う雲になった気分だ。

 すぐにウトウトとし始め、眠りにつくのはあっという間だったと思う。



「ふわぁ……。本当に寝ちゃった……」

 結局あの後、私はこしちゃんの敷いた布団に横になった途端、すぐに寝てしまったらしい。そして今に至る。

 夢……見ないでぐっすりと眠れたなぁ。

 気が付いたら目が覚めていたって感覚。こんなの久しぶりだ。

 こしちゃんのくれた枕は、こしちゃんが言うように”ガチでぐっすり”だったな~。

 だんだんとクリアになってきた思考が、そろそろ起きなければと布団の中の私に告げる。


「ん~っ!よく寝たぁ……。今何時だろ……」

 私は伸びと小さいあくびをして、スマホの画面を見る。時刻は午後5時を回ったところだった。

「えぇっ!? もうこんな時間なの!? さすがに寝すぎだよ!!」

 私は慌てて飛び起きる。オフィスへ駆け込むと、編集長がデスクで作業をしており、こちらに気が付くと手を止めて

「おっ、目が覚めたか。どうだ? 少しは疲れが取れたか?」

と声をかけてきた。


「あ、はい……おかげさまで……」

 私は少し気まずく感じながら答える。まさかこんな時間まで寝てしまうとは。こしちゃんも編集長も起こしてくれてよかったのに……。

「はは、いいさいいさ! こしも俺もお前のおかげで助かったんだ。それに今日は特に大きな仕事もなかったしな」

 そう言って笑う編集長に、私も少し笑顔を返すことができた。

「そういえば、こしちゃんは……?」

 私がそう尋ねると、編集長は資料を机の上に置いてから答えた。


「あぁ……あいつは今買い出しに行ってもらってるんだ」

「買い出し?」

 何の?と聞く前に、編集長がその答えを言った。

「ほら……お前今日は何も食べずに寝てしまっただろう……?だから晩飯にと思ってな……」

 私はそれを聞いて少し恥ずかしくなった。確かに何も食べずに寝てしまったけど……まさかそこまで心配されていたとは……。


「あ、あはは……。お気遣いありがとうございます……。でももう大丈夫ですよ~。ぐっすり寝たおかげで体調もバッチリです!」

 私はそう言って笑顔を見せるが、編集長は少し顔を曇らせながら口を開く。

「そうか……? 俺はまだ少し疲れてるように見えるんだが……」

「そ、そうですかね……?もう本当に元気なんですけど……」


「たっだいま~☆」

 編集長とそんな会話をしていると、買い出しに行っていたこしちゃんが帰ってきた。

「あ、こしちゃんお帰り~! わざわざ私のために買い出し行ってくれたんだってね。ありがと~!」

「いえいえ~。リリカさん! もう大丈夫ですか?元気百倍になりました?」

 こしちゃんはそう言いながら私の顔を覗き込んでくる。

「う……うん……おかげさまで……」

 私はそう答えるが、こしちゃんは編集長の方を見ると神妙な顔で頷いた。


「編集長……リリカさん、やっぱりまだちょっとお疲れのようです……」

「やはりそうだよな」

 こしちゃんの言葉に、編集長は私の方を見る。私は少し焦りながら口を開く。

「い、いや~もう本当に元気なんです!心配ご無用ですよ!!」


 そんな私の言葉をよそに、こしちゃんは私に語りかける。

「リリカさん……今日の夜空いてますか? あたしと飲みに行きましょう」

「えっ? でもこしちゃん昨日まで風邪……」

「行きましょうよ~!!」

 突然のお誘いに戸惑う私。というよりもこしちゃんお酒飲んでも大丈夫なのだろうか?


「あたし、リリカさんに元気になってもらうために良いお店見つけておいたんですよ!だからそこに行きましょう!ねっ!」

 キラキラとした笑顔でそう語るこしちゃんに、私も思わず首を縦に振る。

「う、うん……じゃあお言葉に甘えちゃおうかな……?」

 私がそう言うと、こしちゃんは子供のようにその場で飛び跳ねた。

「やたーっ!決まりですね!!ということで編集長、今日は定時で帰らせていただきます!」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!

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