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第一話:鋼鉄の街①

〈あらすじ〉

アイゼンタール領――ギルド連合の自治が支える都市。

母の命を受け、カイトは連合長に会うため、炉心館へと足を踏み入れる。


『夜明けのシュテルネ』第1話です。

※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体、事件とは一切関係がありません。


 晩秋の木枯らしが吹き付ける。

 カイトは外套のあわせを締め直し、懐をそっと確かめた。そこには、母から託された手紙が収められている。


 カイトは再びアイゼンシュタットを訪れていた。アイゼンタール領の中核都市であるこの街は、今日も活気に満ちている。

 ちょうどこの時期はギルド連合の会合が開かれ、他領からはギルド長と面識を得ようと商人たちが押し寄せる。そのため通りには大きな市が立ち、他領の特産品から異国の珍品まで、色とりどりの品を並べた露店が軒を連ねていた。晩秋から初冬にかけて開かれるこの大市場は街の名物で、それを目当てに足を運ぶ旅人すらいるほどだった。

 この季節のアイゼンタールは領民にとって繁忙期であると同時に、子どもたちにとっては年に一度の楽しみが訪れる時期でもあった。カイトも例外ではなく、この大市場を見物するのが毎年のささやかな楽しみで、昨日もそれを目当てに街を訪れていた。

 例年に比べれば露店の数こそ控えめだったが、通りに満ちる賑わいはむしろ熱を帯びていた。服喪の制約のために、商人たちが限られた時間を惜しむように声を張り上げているのだ。

 人々の喧騒を横目に、カイトは使命感と僅かな緊張を胸に抱いて、目的地へとまっすぐに歩を進めた。


 ――アイゼンタール領は、国内五つの領の中でも特異な地である。

 多くの鉱山を擁する産業の中心であり、領民の多くが手工業者として生計を立てるこの地は、国内で唯一、領主を持たない。自治権はギルド連合に委ねられており、市政の運営はギルド間の合議によって行われていた。

 そして、その合議の場となる建物こそ、今カイトが向かっている炉心館(ヘルツシュミーデ)だった。


 槌と矢床の間に王冠を戴く蛇が描かれた看板の下で、カイトは足を止めた。開け放たれた門の間を忙しなく行き交う人々が、たたずむ少年など気にも留めずに通り過ぎていく。――ここが、アイゼンタールの市政の中心、ギルド連合の集会所なのだ。

 カイトは胸の奥の震えを誤魔化すように深く息を吸い、意を決して門をくぐった。


 建物の中は、外観から想像していたよりも広く、天井の高い吹き抜けが開放感を生んでいた。入口を入ってすぐの一角には案内所があり、数名の案内人が来客の応対に追われている。列に並びながら、カイトは視線を周囲に巡らせた。

 案内所の奥は大きな広間になっており、来客に食事を提供するための場であると同時に、居合わせた者同士が情報を交換するための場でもあるようだった。並べられた卓では、真剣な表情で地図を広げる者、取引の相談らしき話を交わす者、あるいは噂話に興じる者など、目的の異なる客たちが思い思いに過ごしている。そのあいだを縫うように、女性たちが酒や料理を手際よく運び歩いていた。

 暖炉の据えられた壁には、各ギルドの紋章をあしらった盾がずらりと飾られている。そのなかに、自身が師事する親方の紋章を見つけ、カイトはわずかに心強さを取り戻した。

 そして広間のさらに奥──厳重に閉ざされた鋼鉄の扉が、静かに存在感を放っていた。


「次の方、どうぞ!」


 促す声に、自分の番が来ていたことに気づいたカイトは、慌てて窓口へ小走りで駆け寄った。

 

「あら、随分若いお客さんですね。今日はどのようなご用件で?」


 にこやかに挨拶した案内の女性――胸元のプレートには”ビアンカ”と記されている――が、柔らかな声で問いかける。


「あの、連合長のゴルトシュミットさんにお会いしたいんです」


 その言葉に、ビアンカは一瞬目を丸くした。しかしすぐに困ったように眉尻を下げ、声の調子を落として言った。


「申し訳ないのですが……それは難しいですね。連合長はとてもお忙しい方で、今日も朝から会議づめなんです」


 その一言に、カイトは途方に暮れた。集会所へ来れば会えると思っていたのに、当てが外れてしまったのだ。母からは「直接手渡すように」と厳命されている。どうにかして、ここで面会を取り付けなければならない。

 カイトの表情が曇るのを見て、ビアンカはそっと身を乗り出し、声を潜めた。


「……事情があるのね?誰かに頼まれて来たの?」


 カイトは思わず頷いた。ビアンカは「やっぱりね」と小さく呟き、気遣わしげな目を向けた。


「気持ちは分かるわ。でもね……連合長に会いたいという方は本当に多くて、皆さん何か月も前から予約をされているの。だから、私の一存で例外をつくる訳にはいかないのよ」

「そこを何とかできませんか。どうしても今日、お会いしないといけないんです」

「どうにかしてあげたいのは山々なんだけど……こればかりはねぇ」


 食い下がるカイトに、ビアンカも申し訳なさそうに眉を下げつつ、首を横に振る。焦り始めたカイトの声は、気付かないうちに少しずつ大きくなっていた。


「本当に、大事な用なんです。ゴルトシュミットさんに、この手紙を渡さないといけなくて……!」

「随分威勢のいい声が聞こえると思ったら、カイトじゃねえか!」


 突然、背後からぬっと大きな影が差し込んだ。驚いて振り返ったカイトの目に飛び込んできたのは、熊のような体躯に無精ひげを蓄えた大男だった。どっしりとした大木のような存在感だが、カイトと目が合うと、途端に少年のような無邪気な笑みを浮かべる。

 その顔を見た瞬間、カイトは思わず声を上げた。


「ベルン親方!」

「よう、カイト。こんなとこで何してんだ?」


 ビアンカとカイトの顔を交互に見やりながら、ベルンが訝しげに問いかける。

 その視線を受けて、ビアンカが苦笑交じりに肩をすくめた。


「それが、連合長に会いたいらしくて」


 その一言に、ベルンは豪快な笑い声を上げた。


「わははっ、そりゃあ無茶だ!見習いが連合長に会おうなんざ、できるわけがねえ!」


 諦めろ、とカイトの肩を小突く。しかし、カイトは小突かれた勢いのまま、懐から手紙を取り出し、必死に言い返した。


「でも、どうしてもお会いしたいんです!この手紙を、母さんから預かってて……!」

「なに、ルイーゼ嬢からだと?」


 途端にベルンの目の色が変わり、カイトは思わず身を引いた。ベルンはそんな様子にも気づかず、ずいと歩み寄ってカイトの手元をのぞき込む。手紙――正確には封に刻まれた印――を認めた瞬間、ベルンは声を張り上げた。


「なんでそれを先に言わねえ!」

「え、それって、いったい何の――」


 カイトが戸惑いの声を漏らすより早く、ベルンは振り返り、客人で賑わう奥の間に向かって怒号を飛ばした。


「ビアンカ、()()()()()()!――おい、阿呆ども!会議も商談も、今日は全部取りやめだ!商人連中はさっさと帰んな!」


 その声は、暖炉の火の音も、食器の触れ合う音もかき消すほどに轟いた。周囲の客たちは思わず手を止め、ざわめきと戸惑いの視線を交わす。商人たちは慌てて荷物をまとめ、行き交う足音が通路に反響した。

 カイトが困惑していると、今度は低く唸るような音が建物全体に響き渡った。音の発生源を探して辺りを見渡すと、いつの間にか姿を消していたビアンカが吹き抜けに立っており、彼女の半身ほどもある巨大な鞴を両手で力強く動かしている。鞴の先には装置が取り付けられており、空気が送り込まれるたび、そこから重低音が響く。

 体の芯から痺れるようなその音が止むころには、人でごった返していたはずの広間には、カイトとベルン以外誰もいなくなっていた。それを確認して、ベルンが満足そうに大きく頷く。


「よし、これでやりやすくなったな!」

「――何が『やりやすくなったな』だ、このど阿呆!大事な商談が貴様のせいでおじゃんになっただろうが!」


 突然、頭上から鋭い声が降ってきて、カイトは飛び上がるほど驚いた。見上げると、吹き抜けの手すりから身を乗り出す壮年の男が、真っ直ぐこちらを睨んでいる。

 白髪まじりの金髪を後ろへなでつけ、分厚い眼鏡をかけた、神経質そうな男。細工職人だ、とカイトは思った。


「そんなにカッカするなって。あいつら、どうせまた揉み手しながら来るんだからよ」

「黙れこの唐変木!お前のどんぶり勘定で滅茶苦茶になった予算を補填するのに、俺がどれだけ苦心していると思ってる!」

「いやあ、連合長は大変だなあ?さっさと交代できてよかったよかった!」


 呵々大笑するベルンに、カイトは目を丸くした。――あの人が、連合長だって?

 カイトが呆然としている間に、男――ゴルトシュミットは階下へ降りてくる。その間も、ベルンを罵倒する手はいっさい緩めない。


「お前がしょうもない理由で俺を推したせいだろうが!クソ、こんなことなら持ち回り制になんぞしなければよかった!」

「おいおい、今更何言ってんだ。あん時、真っ先に賛同してたのはお前だろうが」

「貴様が俺より先に推薦されると思ってなかったんだよ!」

「わはは、俺様、人望あるからなあ」


 ゴルトシュミットは階段を降りきると、苛立ちを隠そうともせず、ベルンの胸倉をつかみそうな勢いで詰め寄った。


「で――何だ。どんな理由があって、ふいごを吹いた?」


 先ほどまでの罵声とはまるで違う、低く押し殺した声だった。返答次第では容赦しない、と言外に突きつけるような圧があった。その一言で場の空気が張りつめたように感じて、カイトは息をのんだ。

 だが、そんな剣幕に怯む様子もなく、ベルンは鼻を鳴らし、腕を組んでふてぶてしく答えた。


「んなもん、一つしかねえだろうが。――こいつが、手紙を持ってきた」


 そう言うと、ベルンはカイトの肩を押し、ゴルトシュミットの前へ進ませた。訳も分からず身を縮めるカイトへ、鋭い眼差しが落ちる。視線は少年の顔から胸元へ、そして握りしめた手紙へと移り、封蝋の上でぴたりと止まった。――幾何学的な星紋を中心に、古い誓句が刻まれた印。


「……星誓の指輪か」

「ああ。こいつはカイト。ブロートバウム家の跡取り息子だ」


 射貫くような視線が、初めてカイトの瞳を捉える。戸惑いと緊張で体をこわばらせたカイトは、言葉を発することもできず、ただその視線を受け止めるしかなかった。

 数秒の沈黙ののち、ゴルトシュミットは長く深いため息をつく。


「……話は盟炉の間で聞こう。ついて来い」


 短く告げると、ゴルトシュミットは広間の奥、固く閉ざされた扉へ向かって歩き出した。カイトは慌ててその背を負った。

 ベルンも無言でゴルトシュミットの横に並び、時折カイトへ視線を送る。その目は「しっかりついて来い」と告げているようで、カイトにはそれが何より心強かった。

 やがて、重厚な扉がゆっくりと開かれる。その光景を見つめるうち、カイトの手には自然と力がこもり、指先がわずかに白くなる。

 扉の前で大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。胸に響く鼓動を感じながら、カイトは冷たく重い鋼鉄の扉を潜り抜けた。



※ルビが正しく記載されていない箇所を修正しました(2025/12/02)。

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