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砂糖細工の船  作者: 酒田青
第二章 香辛料入りの少年
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2―5 交流

 あれ以降、絹子と水島は会っていない。三毛のいる深夜のロビーに二人は現れていないし、絹子はますます優と会うのに没頭しているからだ。

 ロビーまで出てきて、絹子は彼を明るい日差しの中でためつすがめつ見つめる。そして、「丸い目ねえ」だとか「手足が長いのね」だとか優を褒める。優はお人形扱いを受けるのに苦笑いして、もう一人の女に目を向ける。繭子はそんな視線など何食わぬ顔をして黙殺して、いつものようにつまらなそうな顔をしている。三毛を拾ってそちらはそちらでお人形遊びをしているときがある。そんな時の優の目は不満げだ。

「あの、繭子さんはおいくつですか」

 珍しい優の質問に、絹子が目を輝かせる。繭子は答えず、三毛の鼻を弾いて戸惑わせては遊んでいる。代わりに絹子が答える。

「数えで二十歳よねえ」

「結構年上ですね」

 優の声のトーンが下がる。そんな彼を絹子は上目遣いに睨んでいる。その目の形は蛇のそれに似ている。優の体が跳ねる。

「繭子さんは駄目よ。あの人、好きな人がいるのよ」

 また絹子の顔が柔和になる。優は動揺しながら笑って返す。彼は微笑みという笑い方を知らない。だから大きく笑って返す。

「でも、この船の中にはいないでしょう?」

「どうかしら」

 絹子がにやりと笑う。その笑いに優はまた戸惑う。

     *

 松子の精神力が消耗してきている。三毛はそう感じる。何かにつけてため息をついて、なよなよと頼りなさげに椅子に座る動作は病人のようだ。何故こうなったのだろう、と三毛は考えて、優と絹子のことを思い出す。松子に冷たくする二人。絹子は繭子と松子が三毛を取り合うような形になってからずっとあの調子だが、松子にばかり話しかけ、それでいて松子を見下したような態度の少年と絹子がよく遊ぶようになってから、松子は落ち込む事が多くなった。

「嫌な感じがするのよ、三毛」

 松子がひざの上の三毛を撫でる。

「私は何にもしてないのよ。それにあの人たちと交流しているつもりはないのよ。それなのに何だか疎外されてる気分になるの。あの時だって」

 と、松子は手に持っていた煙草を吸った。

「私、あの人に親切にしたはずよ。それなのに何故あんな態度を取られるのかしら」

 ため息と共に、甘い煙が小さな口から漏れ出す。三毛はその匂いをかいで、いい匂いだ、と思う。

「おじいさんに会いに行こうかしら」

 松子の声が急に軽くなった。顔を見ると目を輝かせ、少しだけ笑っている。三毛は、また「おじいさん」か、と目を閉じた。

「おじいさんに話を聞いてもらうのよ。あの人とても親切だし、聞いてくれるはずだわ」

 松子が急に立ち上がろうとした。三毛はそれを察して松子の足が斜めになった瞬間に床に飛び降りた。松子は彫刻だらけの部屋を器用に歩いて洗面所に行き、仕度を始めた。三毛の耳に、松子が髪をといたり顔を洗ったりする音がまざまざと聞こえてきた。三毛も付いていくつもりだ。だが、老人は三毛に会ってくれない。三毛は老人を見たことが無い。三毛が船に来た時、老人は水島や松子の時のように歓迎してくれなかった。優の時も、現れなかった。

「さあ、準備が出来たわ。行きましょう」

 と言う松子は、うねった髪が少し大人しくなったくらいで、いつもと大して変わりは無かった。松子はあまり着飾らない。絹子や繭子とは対照的だ。

 白い廊下を歩く松子に、三毛が従う。たどり着いたのは回廊に取り付けられた階段で、松子はそこを上った。三毛がもたもたと階段に前足をかけていると、松子は振り返って掬い上げてくれた。三毛は抱かれながら四階に上昇した。またもやくねくねした廊下を歩いて行くと、途中で松子は立ち止まった。真っ白で、いやに細長いドアの前だった。プレートの数字は四〇六六。松子は三毛を下ろし、ドアをノックする。返事は無い。

「おじいさん。入りますよ」

 そう言って、中に入ってしまった。三毛は置いてきぼりだ。しばらく待っていると、中から話し声が聞こえる。松子の声が延々と続くかと思うと、低い声が相槌を打つ。三毛が知る老人はこの声だけだ。つかみ所の無い、物静かな声。しばらく話した後、松子の短く落ち着いたらしい声が聞こえてきて、ドアは開いた。松子は清清しそうな顔をしている。話してすっきりしたのだろう。その表情は明るい。

「おじいさん、眠ってたわ。起こしちゃった」

 松子はまるであどけない子供のように、にこにこ笑っていた。眠っていたのか、と三毛は松子を見つめる。老人はいつも眠っている。

 いつから眠り続けているのだろう?

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