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砂糖細工の船  作者: 酒田青
第四章 「その後」の日々
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4-1 二重

 老人は不思議な力で松子たちを船から消した。松子たちには新しいスタートが待っているのだという。松子たちのスタートとは何なのか。それは老人だけが知っている。

「松子さん、子供が出来たの」

 松子の目の前の女が、真剣な顔でそう言った。松子は頭痛を抑えるように額に手を当てて、黙っている。

「松子さん?」

 絹子が栗色の長い髪を揺らして、顔を傾げた。

「絹子さんなの? どうしてそんな風に」

 松子が呟くと、絹子が少し笑う。

「松子さん、『絹子さん』じゃないでしょ。いつもみたいに『絹子』って呼び捨てにしてよ。気持ち悪いよ」

 松子ははっと顔を上げて辺りを見回した。いつもの台所だ。クリーム色の床、壁。銀色のシンクに作業台、冷蔵庫。大きなテーブル。そして、目の前に洋服を着た絹子。

「どういうこと? これは」

 立ち上がって、見渡す。

「変よ。変。何かが変」

「どうしたの? 松子さん。変なのは松子さんだよ」

 心配そうに声を掛ける、絹子。それをじっと見つめる松子。

「絹子さん、いえ、絹子。あなたは何とも無いの?」

「何ともって?」

「変な感じがしない?」

「松子さん」

 絹子が怪訝な顔をする。松子が泣きそうになりながら、大きな声を出す。

「私の人生が二重になってる」

 その時、絹子の表情が変化した。目をぎゅっと閉じて、何かに耐えるような顔をする。目を開いた時、絹子は混乱を一かけらも見せずに、

「そうね、私も同じみたい」

 と静かに言った。

     *

「おじいさんは私たちの人生を用意して置いて、更にその中に船の私たちを中に入れたのでしょうね」

「そうね。そうとしか考えられないわ」

 松子と絹子は確認し合った。ここが日本であること。今は二〇一〇年の九月である事。松子が造形美術家として細々と活動している事。絹子が大学生である事。絹子が母の昔からの友人である松子の家に下宿している事。二人がついさっきまで仲良く会話を交わしていたこと。

「でも今はあなたと仲良くしたい気分ではないわ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 松子が声を上ずらせた。

「今こんな状況にあるのは私とあなただけなのよ」

「繭子さんは?」

 松子が黙り込む。

「優さんは? 水島は?」

「分からない」

 すると、絹子が突然金切り声を上げた。

「繭子さんがいないなんて、私どうすればいいのよ」

「絹子」

 松子が叱るように叫んだ。途端に絹子が黙り込んだ。じっと松子を睨む。

「考えましょう。それしかないわ」

 二人は話し合った。これまでの人生、つまり二人が日本で生きてきた方の人生からヒントを得ようと、考えた。

「松子さん。私思い出した」

 絹子の口調はいつのまにか松子と平凡に暮らしていた頃に戻っていた。態度も親しげになっていく。

「私が書いてるブログに、マユって子がよく書き込みしてくれるの。仲良くなって、本名とメルアド交換したの。本名、柚木繭子だって。私と同じ苗字だねって、話してたの」

「繭子さん?」

 松子が見たとき絹子の目は輝いていたが、不意に暗くなった。

「でも繭子さんの事、憎いって言っちゃったんだもん。もう会えないよ」

「そんなこと無いわ」

 松子が微笑む。

「あなたたちは本当に仲が良かったもの。きっと大丈夫」

「でも、繭子さんはきっと人殺しをしたことも思い出してる。人生が二重になったとき、繭子さんは悩むかもしれない」

 絹子は顔を手で覆った。松子は悲しそうに眉をひそめた。

「メールしてみなさい。そうしなきゃ始まらないし、あなた、繭子さんに会えないわよ」


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