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砂糖細工の船  作者: 酒田青
第三章 無音室で裁かれる
25/30

3-9 優

「俺は自分のものを見つけられなかったよ」

 優は困惑したように自分の鍵を握った。

「君が大切にしているもの。それが何か、分からないのかい?」

「分からない」

「君自身だ」

 優が目を丸くする。老人が彼を指差す。

「君に鍵穴が開いているよ。鍵を差し込んでごらん」

 優は怪訝な顔で、自分の体を見た。そして、ぎょっと飛びのいた。

 胸に、穴が開いている。

「差し込むんだ」

「出来ないよ。何だよこれ」

「差せ」

 老人の口調が激しくなると、優はびくりと体を揺らして、鍵穴をもう一度見た。真っ暗な空洞。

「差すんだ」

 優は震える手で、鍵穴に鍵を差した。くるりと回すと、ガチャンと鳴った。

「あっ」

 優が叫ぶ。彼の口から黒い煙が勢いよく流れ出している。煙は、無限に見える白い部屋中に広がった。部屋に置かれた様々なものが、煙で隠れていく。

 何も、見えなくなった。しかし、椅子に座った老人と三毛、松子たち、優は見えてきた。

「これが君の過去か?」

 老人が不思議そうな顔で辺りを見回している。優は、口をもごもごさせながら、黒い部屋のどこかを見ている。

「あれは、君だね」

 老人が呟く。

 暗闇の中央に、丸くうずくまった優が浮かんでいる。それを、全員が眺める。静かに、じっと。何分も時がたち、ようやく老人が声を出した。

「君の中身はこんな風か」

「目を閉じると見えるんだ。この景色が」

「なるほど」

 途端に、暗闇は晴れ、元の風景に戻った」

「君の過去は松子から聞いているよ。親に、教師に、クラスメイトに、虐げられた」

「そうだよ。最悪の人生だ」

「それに君は自分の中しか見てこなかった」

「どういうこと?」

「さっきの幻を見たら、分かるだろう。君は自分しか見てこなかった。もっと、周りに目をやってもいいんじゃないのか?」

「でも、周りの奴らは」

「周りの奴らも君と同じさ。自分のことしか考えてないんだ。身を守るためにね。でも、君はあと少しで大人になる。人間はそれだけではないと、そろそろ気付くべき頃なんじゃないか?」

 優は黙った。不満げな表情を浮かべている。

「奇麗事だ」

「そうかな? 君がこれから行く世界を生きれば、気付くはず」

「俺がこれから行く世界?」

     *

 ふわりと、優の体が浮いた。慌てふためく優と同じく、松子、絹子、繭子、水島も宙に浮いている。

「君たちは旅立つべきだ」

「おじいさん」

 松子が老人に近寄ろうとするが、出来ない。

「もうこの船にはいられないよ。人殺しをしたからね。それに、少しは気付いたんじゃないか? 誰かと一緒にいられることの幸福に」

「嫌よ、ここから出たくないわ」

 繭子が頭を抱えてわめいている。絹子はじっと老人を睨んでいる。

「私は気付いたよ。それでもここから出られないことの悲しさに、悶えた」

「一体、僕はどうなるんだ? 教えてくれ」

 水島が怒鳴る。老人は微笑む。

「君たちの裁判をしていると言ったね。それはね、君たちに現実世界でどういうスタートをさせるかという裁判だったんだよ」

「いや。船の外なんていや」

 今度は松子が泣き叫んでいる。

「本来いるべき場所だ。この船は少しの間、魂を休める場所でしかないんだよ」

「魂を休める場所?」

 優が呟く。

「そう。私も誰も知らない、誰かが与えた、休憩所。私は誰にともなくこういう役目を仰せつかって、こんなことをしているんだ」

「おじいさん、おじいさん」

 松子が呼びかける。

「君たちと話すのも、これが最後だ。さようなら」

 松子たちが、一瞬で霧になった。そして、拡散して、消えた。

「君と二人でいよう、三毛」

 老人は膝の上の三毛の喉を、優しく撫でた。三毛は喉を鳴らさず、松子たちが消えた辺りをじっと見ていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 25/30 ・おじいちゃんいい人だった! [気になる点] 『松子の目がじわりと赤くなる。』 『三毛は喉を鳴らさず、松子たちが消えた辺りをじっと見ていた。』 ↑ こういう表現ができるよう…
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