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砂糖細工の船  作者: 酒田青
第三章 無音室で裁かれる
20/30

3-4 絹子2

「君はいつも孤独だった。だからこの船にいる事が幸福だった。君は私の所に来なかったけれど、これだけは知っているよ。この船で、君と繭子は花の妖精になるのだと言っていたね。どうして?」

「よく覚えているわね」

 絹子がうんざりとした表情で呟いた。

「言ってご覧」

「世の中の俗な事柄が全部嫌だったの。少女雑誌とか男装した女優への熱中とか。本を読むにしても彼女たちは表層的にしか読まないわ。下らない」

「君は賢い。それは確かだ。君は少し変わっていたのだね。だから周囲に溶け込めなかったんだ。そしてそれはお父さんの影響かな?」

 絹子が唇を結んだ。

「君が愛したというお父さんを見てみよう」

 床に舞い落ちた花びらが、再び舞い上がる。そこに見えてきたのは古めかしい作りの書斎と、机にいる、口の上に髭をたくわえた壮年の男だった。書斎の重たげな扉が開く。

「お父様」

 現れたのは絹子だった。微笑んだ顔が作り物じみていない。

「絹子か」

 父親は顔も上げなかった。

「お父様、私、先日の試験でも一番だったわ。今日発表されたの」

「凄いな。でも女学校だし、大した勉強はせんのだろうな」

「酷いわお父様。私の学校では語学が大変盛んよ。私、先生にフランスに行っても大丈夫だと言われたわ」

「そうか」

 父親がようやく顔を上げた。絹子はにっこり笑う。

「お前は美しいな」

 もじもじと、絹子が手遊びをする。

「お前が男だったらな。頭は良いし気が強い。男だったら私の跡を継げただろうに」

 絹子の顔が曇る。

「美しいから、お前も繭子も結婚には困らんだろうが、私は張り合いが無いよ」

「ご免なさい、お父様」

 頭を下げる絹子は、明らかに意気消沈している。

「お父さんは君を可愛がっていたか?」

 老人が尋ねる。絹子は顎を持ち上げて、

「勿論よ」

 と答えた。

「仕事や跡継ぎのことばかり考えているように見えるが」

「それでも頭の片隅には私たち家族の事があったわ」

「そうか」

 老人は考え込んだ。

「認められない悲しさが、君から感じられた」

「あなたが勝手に思っているだけだわ」

「君は少女らしい部分をお父さんに否定された。だから同級生の無邪気さが嫌いだったんじゃないか?」

「私はお父様みたいになりたかっただけ」

「そうやって友人が出来ない君は妹である繭子に依存していた。そうじゃないか?」

「そんなことないわ」

「じゃあ、見てみよう」

 絹子が老人をじっと睨む。花びらが舞う。

     *

「妖精になってしまいたいわね、繭子さん」

「え?」

 ここは姉妹の部屋だろうか。畳の上に文机が二つ、並んでいる。座布団は派手な縮緬製だ。小さな金髪の幼女をかたどったフランス人形が、和箪笥の上に載っている。

 十歳くらいだろうか。おかっぱ頭の絹子が千代紙をざくざくとはさみで切って遊んでいる。赤に青、白、緑。夢二が『港屋』で売っていたのによく似た、子供向けの千代紙だ。

「もったいないわ、絹子さん」

 隣の繭子が甲高い声を出した。こちらもお揃いの髪型で、同じような紙で鶴を折っている。絹子はそれを無視して、小さな千代紙を、更に小さな四角の山にした。

「いい? 見ていて」

 絹子はその山を手で掬うと、繭子の目の前でいきなり宙に投げた。紙が鮮やかに舞い落ちる。全ての紙切れが落ちると、二人はきゃっきゃと喜んで騒いだ。

「素敵。きれい」

 繭子が手を叩くと、絹子は誇らしげに笑った。

「花びらみたいでしょう?」

「花びら?」

「この間、少女小説で読んだじゃない。お花の妖精は花に包まれて、花びらだけを食べて暮らすのよ。私、とても憧れたの」

「素敵ね。あのお話は私も覚えているわ。でも私はお嫁さんになる方が良いわ」

 すると、絹子が憤慨して立ち上がった。

「現実的な事を言うのね。つまらない繭子さん。私はあくまで夢に生きるわ。一生少女らしくいるわ」

 繭子が困ったように首を傾げていた。その時、襖の向こうで声が聞こえ、二人は返事をした。

「繭子お嬢様のお友達がいらっしゃいました」

 繭子はぱっと顔を輝かせて立ち上がった。その袖を、絹子が引っ張った。繭子が振り返ると、絹子は険しい顔をしていた。

「駄目よ。あなたは私と遊ぶの」

「でも、呼ばれているし」

「外に出たら駄目」

 繭子は泣きそうな顔をした。女中が眉をひそめて二人を見ている。繭子は渋々、

「遊べないと言って」

 と女中に言った。

「困った姉だね」

 幻影が消えると、老人はため息を吐きながら呟いた。

「こういうことをずっと続けてきた結果がこれなのかな?」

 絹子の腕に、繭子がまとわりついて老人を睨んでいる。

「どうってことないわ」

 繭子が言い放った。

「絹子さんさえいれば私は満足なのだもの」

 絹子は少し目を泳がせた。

「絹子が繭子に依存した。それは何年も続いた。絹子は繭子の周りにある関係を全て断った。すると今度は繭子が絹子に依存するようになった。だからかな? だから繭子はそんな風になってしまったのかな?」

 絹子は黙っている。

「結婚する時はそれがどうなってしまったのだろうね」

 老人がそう呟くと、繭子は、

「結婚?」

 と首を傾げた。老人は力無く笑って、花びらが舞い上がるのを見つめた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 20/30 ・前作と比べて俗っぽいですね。特に絹子。 [気になる点] 老人が意外にも常識人!? [一言] 『すると、松子が虚脱したような声を上げた。青ざめている。』 『柔らかな声でとう…
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