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砂糖細工の船  作者: 酒田青
第三章 無音室で裁かれる
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3-3 絹子

「君は千代を犯すたびに狂って行ったようだね。千代が君を愛しているという妄想を抱くようになった」

「ここに来るたびにそのことに気付く。僕は狂っていた」

 水島は青ざめた顔でそう呟くと、

「お千代」

 と呟いた。

「千代は自殺ではなかった」

「お千代の草履が橋の上に揃えて置いてあった。だから僕たちは皆、お千代は自殺したのだと思った」

「違うね。船に呼ばれたんだ」

 三毛はぴくりと顔を上げた。呼ばれた?

「そして、千代は君が船に来てからの事を何でも知っていた。何故だと思う?」

「分からない。お千代は僕を愛してくれていたのだろうか」

「己惚れるな」

 老人の厳しい声に、水島は首をすくめた。

「君が恐かったんだ。隠れ続ける事も出来ただろう。だけどね、君が絹子に目を付けてからというもの、心配で仕方が無いといつも私にこぼしていたよ。案の定君は絹子と関係を持って、千代の時のように蝕み始めた。絹子。死んでいたのは君だったのかもしれない」

 老人の椅子から、少し離れて水島、かなり離れて松子たちがいる。その中の絹子が唇をぎゅっと閉じた。繭子が瞳を揺らがせている。

「君は船に来てからも殺人に近い事を繰り返した。絹子と千代。千代は君と会ったことで死んでしまった。代わりに絹子が生き残った。死なずに済んだから、君には将来があるよ、絹子」

 将来? 三毛は首を傾げた。

「千代は君を助けようと頻繁に君の前に現れた。だけど君のした事は何だ? 千代の前に水島を呼んだ。お陰で千代は死んでしまったんだよ。分かるかい?」

 絹子は無表情に老人を見つめた。老人はため息をついて、こう言った。

「次は絹子の裁判だ」

     *

「君は反省をしない。人を傷つける事を何とも思っちゃいない。そうだろう?」

 老人が尋ねると、絹子が微笑んだ。

「そうやって笑って何も答えないのは君の悪い癖だ。笑えば相手を侮辱できると分かっているからそんなことをするのだろうが、なぜそんなことをする?」

「知らないわ。私はただ笑っているだけ。他人がそれで傷つくという事に吃驚するだけだわ」

 ようやく絹子が口を開いた。

「君の笑顔で沢山の人が傷ついただろうね。松子がその筆頭だ。何故君は松子を嫌う?」

「繭子さんの三毛を取るからだわ」

 松子が眉をひそめて絹子を見た。繭子が小さくなって横目で松子を見つめている。

「繭子がそんなに大事なんだね。ところで何故君はここに来た?」

「知らないわ」

「見せてくれないか」

「嫌よ」

「君のお父さんを、見せてくれないか」

 絹子の顔色が変わった。繭子が首を傾げた。

「何もかも、君のお父さんの死から始まったのだろう?」

 乱暴に、円筒状の壜の蓋に鍵を差し込んだ。すると、瓶そのものが花びらの塊に変化した。絹子が撒くまでも無く、舞う。

「きれいね」

 繭子が微笑み、呟く。そんな繭子を絹子は痛々しそうに見つめると、老人を睨んだ。

「これでいい?」

「ありがとう、絹子」

 老人がそうささやいた時だった。何かが現れた。木造の教室だろうか。今よりも少し素朴な着物を着て、三つ編みを二つ垂らした絹子は、一人、ぽつりと部屋の隅に座って本を読んでいた。

「柚木さん。こちらにいらっしゃらない? 皆で今月号の『少女の友』を読んでいる所なのよ」

 絹子から離れた場所できゃあきゃあと騒いでいた袴姿の少女の一人が、絹子に話しかけた。絹子はにっこりと笑い、

「結構よ」

 と答えた。途端に少女たちは一斉に振り返ってじっと絹子を見た。最初の少女が困ったように尋ねる。

「どうして?」

「少女雑誌なんて下らなくて読めないわ。誘って下さってありがとう。でも余計なお世話だわ」

 少女たちは不愉快そうに顔を歪めた。際立って美しい少女たちの一人が絹子の元にやって来た。絹子の持っている本を取り上げる。絹子はじっとそれを見ている。

「洋書? フランス語ね」

「そうよ」

「あなた、優秀ですものね。だからといって他人を無碍に出来る資格があると思ってはいけないわ」

「どうして?」

「どうしてって」

「自分を美しいと思っている人ほど威張るのね。でもあなた、さほどきれいでも無くてよ」

 少女が顔を赤くした。自分より美しい絹子にそう言われると、黙るしか無かっただろう。少女は仲間たちに、

「柚木さんのことなんか誘わなくていいわよ。本当に威張っているのは自分だと、気付いてもいないんだから」

 と言い放って、本を乱暴に置いて帰っていった。絹子はその本をまた開き、無表情に読み始めた。

「これは君が女学生だった頃の出来事だね。君は孤独が好きだったのかな?」

 老人が言葉を発すると、幻は揺らぐようにして消えた。絹子は微笑んで、

「ええ」

 と答えた。老人は頬杖を突いて笑った。

「嘘だろう?」


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