表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂糖細工の船  作者: 酒田青
第三章 無音室で裁かれる
18/30

3―2 水島

 老人は、ここでも椅子を作って座っていた。膝には三毛がいる。松子たちは何も言わなかった。老人は何故そんなことが出来るのか、誰も聞かなかった。

「三郎。君から見せてくれるか」

 水島はそれを聞くと、顔を真っ赤にして怒った。

「どうして僕が自分の大切なものを他人に見せなければならないのだ」

「これは裁判なんだよ、三郎」

 老人が厳しい目をして水島を見た。水島は戸惑ったように自分の持った白文鳥の人形を見つめた。

「裁判?」

「誰が千代を殺したか」

 すると、松子が虚脱したような声を上げた。青ざめている。一方で、水島は落ち着き払っている。

「千代はこの連中に殺されたのだ。何かされたに違いない」

「証明できるか?」

 水島は黙った。老人は頬杖をついて、柔らかな声でとうとうと語る。

「私はさっき言ったね。君のせいなんだよと。それは本当なんだよ」

「何を言うのだ。僕は何も悪くない。この連中が」

「君は千代を犯し続けた。何度も何度も。千代は私に言ったよ。苦しい一年間だったと。子供を孕んでしまった時は底無しの絶望に陥ったと。君は何故そんなことをしたんだ?」

「嘘を吐くな」

 水島が唾を飛ばしてわめいた。松子たちは少し離れた場所でそれを見ていた。軽蔑の目で。老人はため息を吐くと、

「じゃあ、見せてご覧」

 と言った。水島はためらって、小鳥の人形をてのひらで温めるようにした。

「早く」

 老人の声に、水島は脅えたように身をすくめた。それから、人形の羽をめくると、現れた鍵穴に自分の鍵を差した。小鳥がチッ、チッ、と鳴いた。そして、崩れた。砂のようになった白と桃色と黒の物体を、水島は床に撒いた。

 それから起こる光景に、三毛は驚いた。その場所からにょきにょきと建物が現れたのだ。白い漆喰塗りの蔵。そして、死んだはずの千代が現れたのだ。不思議そうな顔をした千代は、誰かに肩を抱かれ、蔵の中に連れ込まれた。誰か、というのは水島だ。怒って顔を真っ赤にしている。扉が、閉じた。

 息をするのも恐いくらいの数分間、三毛と松子たちはじっと閉じたままの扉を見つめた。松子は泣きそうになっていた。

 ようやく出てきた千代の格好は乱れ、髪は少しほどけていた。表情が無い。草履を履かずに歩いてどこかに向かっている千代を、水島が厳しい顔で止めた。

「お千代。これからは僕のものになると誓うか。誓わなければ」

「分かりました、兄様」

 千代は放心したようにそう言うと、消えた。残された水島は、一人で青ざめていた。

「さて、三郎。この時の君は明らかに認めているね。自分がとんでもない事をしてしまったと。千代も喜んでなどいないね。これからもこの絶望が続く事すら考えられずにいる」

 老人が話しているうちに、蔵は溶けるように消えた。幻影では無い方の水島は、泣きそうになっている。

「分かっている。僕は大変なことをした。分かっている。ただ、止められなかった。お千代愛しさに止められなかった」

「君は自分が千代を自殺させたことを分かってるね」

「分かっている」

「それでも君は許されないよ」

 老人は厳しい顔つきで水島を睨んだ。松子たちは冷然としている。

     *

「さて、君がここに来た訳を教えてもらおうか」

 老人が急に声を柔らかくした。水島が眼鏡の奥の目を細めた。

「何故?」

「必要なんだよ」

「何に?」

 老人はそれを聞かずに幻影があった場所を見た。そこには座敷牢があった。屈強な男たちに捕らえられ、水島は暴れていた。

「何をするんだ。離せ」

 そんな水島を、建物の入り口に立った壮年の男女がじっと見ている。何も読み取れない、無表情で。

「お千代は望んだんだ。望んで僕の子を孕んだんだ。それのどこが悪い」

「ならどうしてお千代は死んだ」

 立ち尽くしている男が、ぽつりと言った。女が震えるようにして泣き出す。

「お前たちは兄妹仲良くしていると感心していたのに。お千代が病がちだったのも今思えば想像がつく。お前のせいだよ、三郎」

「お父さん」

「お千代を返してください」

 搾り出すようにして隣の女が呟く。

「返してください」

「お義母さん」

「お前は大変なことをした。しばらくそこに入っていろ」

「学校は」

「退学届けを出す」

「そんな。僕の将来は」

「人でなしに将来などあるか」

 父親がそう叫ぶと、同時に水島は座敷牢に押し込まれた。父親がどこからか持ってきた、竹製の鳥籠を中に投げ込んだ。中から鋭い悲鳴が聞こえた。

「お千代が大事にしていた文鳥だ。お前が飼え。俺たちはもうそれを見たくも無い」

「お千代」

 水島は鳥籠を掴んで、中を覗いた。白文鳥がチチチ、と鳴いた。

「お千代」

 水島が鳥籠を抱きしめるのを見て、その場にいた全員がぞっとしたように身を凍らせた。

「瘋癲病院に入れるべきだが、身内の恥は晒せんな」

 父親の声がして、扉が閉じた。暗い中、水島は鳥籠に頬擦りをした。

「お千代。僕らはもう二人きりだ。誰にも邪魔されない」

 そう呟いている水島が、次第に体を消していった。体の下の方から順々に。頭が消える時、水島は恍惚とした表情になっていた。

 幻影が消えた。水島はぶるぶると震えている。老人は、

「これで君のことが分かったよ」

 と微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ