2―12 老人
松子と優と三毛が呆然としていると、絹子と繭子が砂糖菓子ホテルから出てきた。手を繋いで。水島は泣いている。砂糖の床を何度も叩いては泣いている。
「この方が千代子さんには幸せだったのだわ」
絹子が言うと、繭子が頷いた。
「このままここにいたら、あの人に蝕まれて、いつかは死んでしまっていたもの」
「ここに、水島さんを連れてこなければ良かった」
と、松子。顔が青ざめている。優は不可解そうな顔をしている。
「お前たちのせいだ」
水島が叫ぶ。
「お前たちがいたから千代は死んだのだ」
「まあ」
心外そうな繭子に、絹子が顔をしかめてささやく。
「千代子さんをあんな風に不幸にしたのは自分の癖に」
「どうしよう」
松子が泣きそうな声で呟く。三毛は気配を感じた。
真っ青な南の海の空と海が境目がないほどに融和して見える。潮の匂い。砂糖が焼ける匂い。全てが混ざり合って妙なもののように感じられる。その中に何かがいるのだ。三毛の感じた事の無い何かが。
「君たちはとんでもない事をしたね」
しわがれた声。聞き覚えのある声。優が他の人々に倣って振り向くと、三毛は驚くべきものを見た。真っ白な老人。長い髭を胸まで垂らし、髪も長くしている。そして真っ白なローブを着ている。顔立ちはヨーロッパ人のようだが、肌が浅黒かった。酷く背が高い。老人は、砂糖菓子ホテルの玄関口に、真っ直ぐに立っていた。
「おじいさん」
松子がすがるように叫ぶと、老人は長いため息を吐いた。
「松子、長いこと煙草は吸っていないんだね。良い事だ」
「最近は幸せで、煙草なんて要らなかったんです。なのに、こんな事が起こるなんて」
松子はうなだれていた。次に、老人は絹子と繭子の姉妹の方を見た。
「絹子に繭子。君たちは仲直りしたんだね」
「だって絹子さんがあの人に脅されていただけだと分かったのだもの」
と繭子。老人は頷いて、
「そして君のお父さんの事はまた忘れているんだね」
と問う。繭子が無邪気に首を傾げる。絹子が老人から目をそらす。
「三郎」
泣いている水島に、老人が声をかける。
「悲しいか。でも君のせいなんだよ」
「僕のせい? ふざけるな」
そして、最後に三毛を抱いた優の方を見る。
「船の生活はどうだい? 二人とも」
優はただ黙っている。三毛はじっと老人を見つめている。それを見て、老人は身を翻す。
「全員、無音室に来てくれ」
老人はドアを押して中に入った。すたすたと歩いていく。
松子たちはそれに従い、船に吸い込まれていった。