アイラ 〜陽だまりの感謝〜
収穫祭に向けて、学内は賑やかだ。準備が進む中、リディアは大量の荷物を両腕に抱えたアイラの姿を見つけた。
「ちょ、アイラ様! 大丈夫ですか!? 」
「あっ、リディア様! 大丈夫ですよ! 市井にいたころはもっと大量に運ぶこともありましたから!」
その笑顔はまぶしいほどだったが、荷物の重さによろけたのを見て、思わずリディアは手を伸ばす。
「……もう、私も手伝います!」
「すみません……助かります!」
話を聞くと、アイラは収穫祭の舞台の衣装を作る係になったとのこと。仕立て屋で働いていた経験を買われたらしい。
夏に令嬢たちといざこざはあったものの、アイラの持ち前の明るさと何事にも努力する姿は多くの人たちの心を掴んでいた。
友人も増え、楽しく学園生活を送っている彼女。そんな姿を見るとリディアまで笑顔になれる。
(本当にステキな子。ヒロインだからってだけじゃない。本人の努力で自然と人を惹きつけるのね)
アイラとの繋がりはリディアにとって、とても大切なものになっていた。
***
舞台の衣装部屋の中には何着もの衣装が仮縫いの段階で積まれていた。どれもが秋の実りを思わせるような、暖色系の美しい配色。
「これは、アイラ様が考えたのですか?」
「はい! 秋なので、オレンジとブラウンを中心に。あと、主役である秋の王の役の方には深いワインレッドも……」
(主役はルシアンだったわね。確かにゲームでもルシアンが舞台に立つスチル絵があったわ。まるで秋そのものを纏っているような存在感。あの美しい衣装、アイラの作だったのね。知らなかった裏設定だわ)
そんな前世の記憶を思い返しつつ、リディアは笑顔を返す。
「ステキね。とてもいいと思うわ。あ、でも王の役なら、差し色として金色を入れた方が舞台映えするかも」
リディアの提案にアイラの瞳が大きくなる。
「金色、ですか?」
「ええ。貴族の正装ではよく使われるの。重みと高貴さを感じさせることができると思う」
「なるほど……! リディア様、やっぱりすごいです!」
その目が輝いた。こうして素直に相手を認め、褒められるのもアイラの長所だ。
「大したことじゃないわよ。アイラ様の配色がほんとに素晴らしいから」
(なんだか……いいわね、こういうの)
立場の違いを越えて、同じ目線で協力し合っているのが少しくすぐったくもあり、楽しくもあった。
今日は出演者の採寸があるとのこと。何人もの役者たちの採寸を、アイラは手際よくこなしていく。
「次は、秋の王役のルシアン様の採寸なんです」
そう言われて、リディアは考えた。
(そういえば、アイラとルシアンは顔を合わせたことがあるのかしら? もしかして、今日のこれが出会いになったり?)
リディアが今後のゲーム展開に考えを巡らせているところに、颯爽とルシアンが現れた。
「やあ、リディア嬢と——新顔だね。初めまして。ルシアン・クレイです。演劇部の王子を拝命しているよ」
“王子”の名に恥じない堂々とした立ち居振る舞い。そこにいるだけで光が差すような存在感。そして、当然のようにウィンク。
「あ……、アイラ・トゥルクと申します。本日は採寸、よろしくお願いします」
ぴょこんと頭を下げるアイラ。それに対していつもの人当たりのよいルシアンモードが炸裂する。
「アイラ嬢だね。よろしく頼むよ。さあ、採寸はどこからでもどうぞ。お望みとあらば心まで測っていただいても……」
「それじゃあ、腕からでいいですか?」
(わぁ、なんにも響いていない……)
隣で2人のやり取りを見守っていたリディアは笑いを噛み殺した。
(普通はもう少し照れるとか……興味を示すとか……)
しかしアイラは、全くブレずに真剣に手を動かしていた。測る、記録する、確認する。
目線はメジャーと記録用紙を往復するのみ。
周りでは彼のウインクで胸を押さえて倒れ込む被害者まで出てると言うのに。
(ああもう……これが“ヒロイン”の反応なの?)
採寸を終え、メモを整理しながら、ふと気になってリディアは聞いてみた。
「アイラ様、ルシアン様のこと、どう思いますか?」
「え? ルシアン様ですか? とても素敵な方ですよね!」
アイラがニコニコと答える。
「そうよね。顔も整ってるし、スタイルも良いわよね」
(あれ? この反応、少しは興味があるのかしら?)
リディアがそう思った瞬間、アイラの熱弁が繰り広げられた。
「そうなんです! あの体型、衣装の作り甲斐があります! 特に肩幅と背丈のバランスが完璧で、ジャケットラインが映えるんです! 絶対にこの衣装、似合うと思うんですよ。このバランスは仕立ての黄金比と呼ばれていて——」
「……そっち!?」
リディアは思わず声が出た。
でもその“ズレ”が、なんだか心地よかった。
***
収穫祭の舞台は大成功に終わった。ルシアンも他の演者たちも、その素晴らしい演技で観客を魅了していた。そしてその舞台に深みを与えたのは、間違いなくアイラの作った美しい衣装だ。
翌日、2人は“打ち上げ”と称して学園のカフェテリアにいた。
「昨日は大成功だったわね」
「はい! すっごく楽しかったです!」
興奮で頬が上気し、生き生きと話すアイラ。彼女は輝ける場所を見つけられたのね、とリディアは嬉しくなる。
「今日は打ち上げだもの。ケーキ3つセットにしちゃいましょう!!」
「いいですねっ!」
カフェテリアのカウンターでそれぞれメニューを選んで席についたふたり。そこに出てきたのは——
「あれ?」
「えっ?」
リディアの目の前には、ミルクティーとプチケーキ三種、キャラメルナッツ、洋梨のムース、カシスのチーズタルト。
そして、アイラのトレイの上も——
「ミルクティー、キャラメルナッツ、洋梨、カシス……全部同じ!?」
驚愕の完全一致。ちなみにカフェテリアのケーキもお茶も貴族令嬢御用達なだけあって、20種類以上ある。
「なんか、ちょっと怖いですね!」
アイラは驚きながらも、どこか嬉しそうだ。
「なんで全部かぶるのよ!」
(好みが似ているな、とは思っていたけど、ここまでかぶるもの?)
それは偶然か、必然か。今の2人にはわからない。笑い合いながら、同じミルクティーを一口すする。ほんのり甘くて、ほっとする味。
笑いの余韻がふわりと落ち着き、ふと静けさが訪れた。
その沈黙を破ったのは、アイラだった。
「リディア様」
名前を呼ばれ、リディアが視線を向けると、アイラはカップを両手で包んだまま、少しだけ視線を伏せていた。
そしてゆっくり顔を上げ、心からの笑顔をリディアに向けて言った。
「私と、友達になってくださって……ありがとうございます」
「どうしたの? 急に?」
アイラは真っ直ぐにリディアを見て、続けた。
「あの春の日、リディア様が声をかけてくださって。貴族でも怖くない人がいるんだってわかりました。それで、今回もこうやって学園の行事に参加できたんです。だから……全部、リディア様のおかげなんです」
ミルクティーの湯気がふたりの間をやわらかく揺らしている。
その温かさと同じくらい、胸の奥がじんわり熱くなった。
「……こちらこそ、ありがとう」
不意に泣きそうになった。
皆から眉を顰められていた悪役令嬢“リディア”の姿はもうない。真っ直ぐに自分を見てくれるアイラの存在はリディアにとっても光だった。
穏やかな秋の陽気に包まれて、リディアは満ち足りた気持ちだった。
(間違いなく、アイラは私の……友達。胸を張ってそう言えるわ)
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